第116話名推理の行方

「アレク、落ち着きなさい。私達はまずグレイスの安全を確認したいの……」

「はい、ママン、失礼いたしました……」


 怒りから補佐官に鼻先がくっつきそうなほど近づいていたアレクは、一歩だけ下がり、そのまま補佐官を睨みつける。


 ベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサは、相変わらずの恐ろしさだ。


 ただカルロだけはこんな面白い場面は見逃せないと、皆の様子をソファーに座り優雅に眺めている。


 一人だけ完璧に観客だ。


 こんな面白い芝居はないと、もうニヤニヤ顔を隠しようが無いようだった。


 そう、ここにいる皆が仲間であり、家族であるグレイスを誘拐した補佐官を、許す事など無いだろう。


 八つ裂きが良いか?


 磔が良いか?


 それとも炎で焼いてしまおうか?


 皆が浮かべるその表情からは、そんな気迫がうかがえる。


 それがカルロには楽しくって仕方がない事だった。




 そしてそんな皆を落ち着かせるように、ニーナは優しい笑顔(ニーナ的)を浮かべ、補佐官に話しかける。


 勿論視線を合わせるため、宙に浮いたままだ。


 補佐官がニーナの笑顔を見て「ひぃ……」と声を漏らすが、そんな些細なことは気にもならない。


 グレイスの事を一番に考えている今のニーナには、お漏らししそうな補佐官などどうでも良いことだった。


「それで……バーソロミュー・クロウ殿、私の可愛いグレイスはどこですの?」


 補佐官はニーナの言葉を聞き、今命の危機に直面しながら後悔していた。


 自分の素晴らしい推理能力を、補佐官は疑いもせず、過信しすぎていた。


 そう、もっと良くグレイスの事を調べるべきだった。


 あの怒りんぼな城の掃除の夫人たちの話を、もっとよく聞くべきだった。


 第16事務課の事務課長の言葉にも耳を傾けるべきだった。


 そして呪い課の課長……


 役に立たないと思っていたが、彼の言う事は正しかったのだ。


 そう、皆が「いい子」だと褒めるグレイスを、何故間者などと勘違いしたのか。


 後悔をしても今更遅いことは分かっているが、謝って許されるのならば、何度でも謝りたい。


 グレイスを解放し、平謝りする。


 だからどうかお許しください!


 恐怖から言葉が出ない補佐官は脳内で必死に謝っている。


 今や自称名探偵も、ニーナの前に形無しだった……


「もう一度お聞きしますわ。バーソロミュー・クロウ殿……私の可愛い家族のグレイスはどこにいるのかしら?」


 補佐官はフルフル震えながら覚悟を決めた。


 黙っていてもいずれバレることは確実だ。


 だったら長引かせるよりもさっさと引導を渡し、処罰されるべきだろう。


 この国を守るためには、自分の罪を認めるしかない。


 補佐官の自分に酔った名推理が、今国の危機を招いていた。


 補佐官としての最後の仕事は、それに向きあう事だとバーソロミュー・クロウは遂に覚悟を決めた。


「あ、あの……ググググ、グレイス……さ、様は……」


 そこまで言うと喉がごくりと鳴る。


 報告書を読んでグレイスがどこにいるか知っているアレクが、言葉に詰まる補佐官を見かねて代わりに答えようかとしてくれたところで、補佐官は頑張った。


 そうこれ以上王に迷惑はかけられない。


 怖いけど頑張ろう! 踏ん張ろう!


 それはバーソロミュー・クロウの、ありったけの勇気だった。


「グ、グレイス様は……し、城の地下にある……重犯罪者収容専用の牢に投獄されておりまして……」


 その言葉を聞き、一番に動いたのは勿論クラリッサだった。


 補佐官のヒラヒラピンクレースシャツの襟元を掴み、簡単に持ち上げる。


 女性とは思えない力強さに、補佐官はまたまた「ひぃいいー」と声が漏れる。


 美人の怒った顔は迫力がある。


 クラリッサに間近で睨まれ、もう補佐官は気絶寸前だ。


 いや、本当に気絶出来たらどんなに良いか……


 怒り心頭のクラリッサが補佐官に向かって吠えた。


「この大馬鹿者っ! 何故グレイスをそんな危険な場所へ閉じ込めたんだっ!」


 クラリッサは補佐官を投げ飛ばす。


 「キャー」と可愛らしい悲鳴を上げて勢い良く飛んだ補佐官を、今度はアルホンヌが捕まえる。


 首根っこを掴み、この国一と言われるだけの騎士の存在感丸出しの睨みを、補佐官に遠慮なく向けた。


「お前まさか……ウチのグレイスを拷問しようとしてたんじゃないだろうなぁ?」


 補佐官は「ひぃいいー」とまた声を上げながら、勢い良く首を横に振った。


 そう、今日は拷問をする気など無かった。


 だけど素直に口を割らなかったら……もしかしたらそうしていたかもしれない……


 そんな心が漏れたのか、アルホンヌにも投げられ倒れ込んでいる補佐官を、シェリルが冷めた目で睨みつける。


「オホホホー、では私がグレイスの代わりに貴方を拷問して差し上げましょう……フフフ……自らサンドバッグになって下さるなんて……助かりますわね……」


 シェリル様は美しい。


 けれどその美しい手が今日は何よりも怖かった。


 血の気が失せた補佐官の目の前に、今度はベランジェの気持ち悪い笑顔が入って来た。


「んふふふ、私のグレイスを虐めるだなんて許せないねー。さあ、君がどっちの爆弾が良いか選びなさい。エーレファンとゴートル……フフフ……どっちが良いかなー?」


 魔獣エーレファンとゴートル。


 どちらもある物がとても臭いと有名な魔獣だ。


 その爆弾を選べ……


 ベランジェの言葉は補佐官に益々恐怖を与えた。


 もう王であるアレクは止める気も起らない。


 そう、ここ迄来てしまったらニーナ一行を止めようは無いのだ。


 国の戦力全て集めても、勝てるか分からないだろう。


 それにきちんとした取り調べも、調査もせず、いきなり重犯罪者としてグレイスを扱った補佐官には、王のアレクも呆れていた。


 報告書も捕まえてからのものだけ……


 間者と勘違いしたグレイスを捕まえた手柄を、一人占めしようとした結果がこれだった。


 あきれてものが言えない、アレクはそんな心境だった。


「フフフ……皆様、落ち着きなさい……」


 天使の様な優しい声が、補佐官の耳に入る。


 許して貰える! 補佐官がホッとしてニーナに視線を送る。


 だがそこには恐ろしい少女の笑顔があった。


「先ずはグレイスをその牢屋から助け出しましょう……フフフ……バーソロミュー・クロウ殿に仕返しをするのはそれからでも遅くは有りませんわ。後で皆でたーっぷり可愛がって差し上げましょうね……」

「「「「はい、ニーナ様!」」」」


 天使の様な悪魔な少女。


 たった6歳の少女の美しい笑顔を見て……


 補佐官が何よりも怖いと感じた瞬間だった。



☆☆☆



おはようございます。白猫なおです。いつも応援ありがとうございます。(=^・^=)

ストックがまたまた心配になって参りましたので、暫く一話投稿にさせて頂きます。m(__)m

元聖女様の小説を始めてから読者様との交流が出来るようになり、毎日の投稿がとても楽しい物になりました。皆様のお陰で活力を頂いております。この場にてお礼申し上げます。(=^・^=)


新章ではアレクの家族や補佐官(バーソロミュー・クロウ)の家族も出したいなーっと思っています。楽しんで頂けるといいなーを心掛けこれからも頑張ります。よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る