第108話帰って来た有名人

 グレイスの実家を出たニーナ達一行は、馬車を飛ばし、王城へと向かっていた。


 馬車の中は今一人を除き、全員が臨戦態勢に入っていた。


 大切な家族であるグレイスを誘拐された。(※怒りで忘れていますが、グレイスは城へは自分で行っています)


 こんな事許せるはずがない!


 もし、グレイスの髪の毛一本でも傷つけようものならば、ただじゃーおかない。


 ニーナ、ベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサ。


 この五人は、今から国を崩壊させてやる! と意気込んでいるのではないかと感じるほどの、ピリピリ、チクチクした張り詰めた空気を醸し出していた。


 そしてそんな中、落ち着いている人物が一人。


 闇ギルド長のカルロだ。


 グレイスの事は勿論心配だが、とにかくこれからどうなるのか楽しみで仕方がない。


 この五人が本気になれば、国を滅ぼすのは容易い事。


 アレクには悪いが、ニーナが新王になったら面白いかもしれない。


 元闇ギルドの仕事人だったファブリスも、ニーナ女王誕生を喜びそうだ。


 それに自分自身の仕事も、これまで以上にやり易くなる。


 カルロはニヤニヤしそうな顔を抑え込み、葬儀に参列している時の様な表情をどうにか作っていた。


 これでもカルロは闇ギルド長。


 演技はそれなりに得意だった。




「カルロ、城の補佐官と名乗った者の家名は何でしたか?」


 ニーナの問いかけに、故人をしっかりお見送りした気分のカルロが答える。


「はい、ニーナ様、バーソロミュー・クロウ、クロウ家です」

「クロウ……バーソロミュー・クロウ……クロウ侯爵家の子息かしら?」

「ニーナ様、ご存知で?」

「いいえ、クロウ侯爵の名前を知っているだけよ。バーソロミューと言う名の者は知らないわ。フフフ、知り合いだったら直接屋敷に押し掛けていたでしょうけれど……」


 ニーナが知っているクロウ侯爵は、バーソロミューの祖父にあたる。


 なので現クロウ侯爵の事はニーナは知らない。


 その息子で、三男坊のバーソロミューの事など知らなくて当然だ。


 けれど自称天才推理家であるバーソロミューが、闇ギルドで家名を堂々と名乗ったため、クロウ侯爵は今この瞬間にニーナにターゲッチューされてしまった。


 クロウ侯爵家。


 屋敷ごと吹っ飛ばされない事を祈るばかりだ。



「クロウ侯爵? そんな奴いたか?」

「私も覚えがない。グレイスを誘拐する仲間だろう、全員同じ目に合わせてやる」


 アルホンヌとクラリッサの記憶にはやはりバーソロミューも、クロウ侯爵家も残ってはいない。


 それもそのはず、クロウ侯爵家は文官の家系。


 戦いにしか興味がない、騎士の二人の記憶に無いのは当然だった。


「クロウ侯爵ねー……うーん、知らないなー」

「フフ、私は存じてますわ。何度も夜会で声を掛けられましたから……」


 人にあまり興味がないベランジェが、クロウ侯爵を知らないのは当然だ。


 そもそも引きこもり研究家のベランジェは、クロウ侯爵とは顔も合わせた事もないかもしれない。


 けれどシェリルはしっかりと覚えていたようだ。


 夜会でしつこかった男、クロウ侯爵。


 まだ聖女だったシェリルに「愛人にならないか?」と声を掛けてきた。


 その後どうなったかは、賢いシェリルは口には出さない。


 だが、クロウ侯爵からのお誘いはその後二度となかった。


 そんな事情を知らなかった皆は、尚更怒りが込み上げてきた。


「グレイスだけでなくシェリル姉にまで手を出すだなんて!」


 クラリッサが叫ぶ。


「ぜってー許せねー、屋敷ごとぶった斬ってやる!」


 アルホンヌが吠える。


「親子共々口に私の爆弾を入れてやる!」


 シェリルを姉のように慕うベランジェが、一番恐ろしことを言う。


「フフフ……もう昔の話ですわ。それに……やるなら私が殺りますわ……」


 シェリルが素直なことを言った。


 自分の獲物は自分で始末する。


 グレイスを誘拐された怒りから、今のシェリルからは大聖女である事も抜け落ちている。


 クロウ侯爵家は、親子で危険人物たちに火をつけたようだった。



「まあまあまあ、皆様落ち着きなさい。今一番大事なのは、グレイスの無事を確認する事ですのよ。お仕置きはその後……フフフ、皆でたーっぷり可愛がってあげましょうね……」


 ニーナの言葉に皆が頷く。


 怒らせてはいけない6歳児を怒らせたバーソロミュー・クロウ。


 カルロは葬儀の出棺を見送るような顔をしながら、これからどうなるかとワクワクしていた。


 そう、バーソロミュー・クロウが、出来るだけ面白いことをしでかしてくれると良いなーと、そんな恐ろしいことを期待しながら……





 そして城の門に着き、ベランジェが代表して門兵に声を掛ける。


 いなくなったと聞かされていたベランジェの登場に、門兵数人が驚きを隠せない。


 それに馬車の中には同じ様に行方不明とされていた、大聖女であるシェリルや、金の騎士アルホンヌ、そして炎の騎士クラリッサもいる。


 全員が帰って来てくれた。


 やっぱりこの国を捨てたわけでは無かった。


 色々な噂が流れていたけれど、やっぱり休暇だったんだ!


 そんな思いが込み上がり、門兵達はホッとしたが、馬車内の有名人たちの表情を見て、そんな浮ついた気持ちは吹き飛んだ。


 アルホンヌ様とクラリッサ様は戦場の敵へ、今まさに立ち向かおうとするかのような表情だ。


 大聖女様のシェリル様でさえ、凍てつくような笑みを浮かべている。


 そして声を掛けてきたベランジェ様は、今にも自分たちの口に何かを詰め込んできそうな鬼気迫る顔をしていた。


 そしてなのよりも馬車の中で異質だったのが、幼い少女。


 その顔はとても美しく、将来絶世の美女になること間違いないと思われる幼い子供なのだが、発している気迫がドラゴン以上のものだった。


 一人馬車の中で沈痛な面持ちをしていながらも、楽し気という不思議な雰囲気の男性に、助けを求めるように門兵は視線を送った。


 だが男性は(俺にはどうにもできませーん)と首を横に振るだけで、何も言ってはくれない。


 恐ろしい……


 城が滅ぶかもしれない……


 いやその前にここを通さなければ、自分達が消え去るかもしれない。


 門兵達は何も言葉を発することなく、深く頭を下げ粛々と馬車を通した。


 ベランジェ達がどこへ向かうかは、怖くて聞けない門兵たちだった。

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