第107話その頃のグレイス③
グレイスは呪い課から引っ張り出され、今、王の補佐官だというフリフリピンクシャツの男性に、取調室の様な場所に連れてこられていた。
間者グレイス。
グレイスは今日その誤解を解くために王城へとやって来たのだが、まさかその場で捕まるとは思っていなかった。
それに頼りにしていた呪い課の課長が
「ちょっとちょっと、グーちゃんを連れて行かないでよー」
と慌てて連れて行かれるグレイスを止めようとしてくれたが……
王の補佐官は「五月蠅い! お前も騙されているんだぞ!」と全く聞き入れる気は無い様だった。
はたしてグレイスが説明をして、どこまで信じてもらえるか……
それにニーナの事も、どこまで話して良いのだろうか……
それにフリフリピンクシャツ……あまり似合っていないような気がする……
グレイスは王の補佐官を見つめそんな事を考えながら、鼻息荒いバーソロミュー・クロウと向きあっていたのだった。
「さあーて、間者グレイス……フッフッフ……この私がジックリと話を聞かせて貰おうかなぁ……」
「えーと……話をするのは構いませんが、先ず私は間者ではありません」
グレイスは落ち着いていた。
王の補佐官であるバーソロミュー・クロウを目の前にしても、余り緊張はしていなかった。
これまでこの王の補佐官よりも、よっぽど重要人物であるベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサと生活を共にして来たグレイスは、服装の趣味がちょっとだけ悪い補佐官を見ても、特に怯えることは無かった。
何より、ニーナの存在に比べたら、王の補佐官なんて可愛い物だ。
そう、今や神や女神になったと言われているセラニーナ(ニーナ)様と、グレイスはいつも一緒に居る。
もう今のグレイスは、呪いの葉書に怯えていたころのグレイスではない。
そうベンダー男爵家の常識に慣れたグレイスの心は、ドラゴンの体のように強くなっていた。
今のグレイスはチキンハートではなく、ドラゴンハートだ。
それにベランジェのお世話のお陰もあって、まるで修行を積んだ仙人のような心構えにまでなっている。
王の補佐官如きに、ドキドキするはずが無いのだった。
だがしかし!
恐ろしい現実を知らない王の補佐官は、そんなグレイスの落ち着き払った態度が癪に障った。
ドンッ! とテーブルを叩くと、グレイスの鼻に自分の鼻がくっつきそうなほど顔を近づけて来た。
おじさんの口臭はかなりきついが、グレイスはお漏らしをしたベランジェを思い出しどうにか我慢した。
これがクラリッサ様ならどんなに良いだろうかと想像し、誤魔化した。
そう、どんな時でも心優しいグレイスなのだった。
「良いか、グレイス。お前が間者だというのは調べが付いているんだぞっ!」
「……調べ……ですか?」
「そうだ! 間者グレイス! お前が敵国の王子の指示に従い、呪いの力を使いあの四人を誘拐した! それが私の調べた結果だ! どうだ図星だろう! 悔しいか?!」
アハハハハーと笑う補佐官を、グレイスはまたジッと見つめながら考える。
敵国の王子って誰の事だろう? もしかしてアラン様の事? だけどアラン様は友好国の王子だよね? 敵国じゃないよね?
それに私があの四人を誘拐するって……
そんなのどう考えても、それに命が幾つ有っても無理だけど、この補佐官様……頭大丈夫だよね?
と、少し失礼なことも考え始めていたグレイスだった。
「えーと……補佐官様……」
「なんだ? グレイス。 遂に白状する気になったのか?」
「えーと……お話ですと、私がベランジェ様たち四人を誘拐したとのことですが、補佐官様はあの方たちの実力はご存じなんですよね?」
「当然だ! 私は王の補佐官バーソロミュー・クロウだぞ! あの方たちの強さは十分に分かっている!」
「でしたら、私一人で四人の方を誘拐するのは、どう考えても無理だと思いませんか?」
「ハハハハ、それはお前があの方たちに呪いをかけたからだろう!」
「私が、呪いを、掛ける? ですか? ベランジェ様のような呪いに詳しい方に? ですか?」
「うっ……そ、それは武器を使ってだなぁー……」
「武器? この国一の騎士であるクラリッサ様やアルホンヌ様相手に武器? ですか?」
「そ、そうだ! その……大聖女であるセラニーナ様の死体を盗みだし、それを使って四人を誘いだしたんだろう?! この卑怯者がっ!」
「死体……大聖女であるシェリル様が死体に騙されるんですか?」
「ううう五月蠅い! ナーニ・イッテンダーと共謀したことは既に分かっているんだからな! 言い逃れなど出来ないぞ!」
「貴方こそ何言ってるんですか? このままだとこの城は大変なことになるかもしれませんよ……」
「クッ、貴様……王の補佐官である私を脅すのか?」
「いいえ、私は事実を言ったまでです。今日は王都にベランジェ様もいらしています。補佐官の私が戻らなければ、城に迎えに来てしまうかもしれませんよ……」
(それに……ドラゴン以上に恐ろしい方も一緒に……)
グレイスはその言葉は飲み込んだ。
セラニーナ様の秘密を勝手に話すわけにはいかない。
でもあの優しい人達だ、皆心配して迎えに来てくれるだろう。
それにベランジェ様は、今やグレイス無しでは生きていけないと言うぐらいだ。
きっと約束の時間に戻らなければ心配し、大騒ぎになるかもしれない。
ベランジェ様が来る時は、絶対にニーナ様も一緒だろう。
その時ニーナ様はどうするだろうか?
家族思いの心優しいニーナ様。
グレイスの事も家族だと思ってくれている。
そしてあのアルホンヌとクラリッサでさえ弱音を吐くほどの 【死ごき部】 の教官。
そう考えるとグレイスは補佐官の命が本気で心配だった。
だってニーナ様はあの可愛らしい見た目で、クラリッサ様やアルホンヌ様よりも何十倍も強いから……
城どころか国を崩壊させてしまうのでは?
心優しいグレイスの、そこまで心配して上げての「城は大変なことになる」という言葉だった。
だが、残念ながらグレイスを捕まえ、上機嫌の補佐官に、そんなグレイスの気持ちが届くことはなかった……
「フハハハハハ! 私はそんな言葉で騙されたりはしないぞ! 間者グレイス! 貴様の悪事を必ずや王の御前で暴いて見せようっ! アーハッハッハッハー」
グレイスは忠告をした。
ちゃんと危険だよと教えてあげた。
だけど聞かなかったのは王の補佐官だ。
バーソロミュー・クロウ。
優秀な? 王の補佐官。
だが今や彼の一つの勘違いから、この国に大きな危機を招いている。
いや、今ならまだ間に合うかもしれない。
そう、すぐさまグレイスを解放し、ニーナ達が迎えに来たら「すみませんでしたー」と平謝りすれば、きっと国の崩壊だけは免れるはず!
それに補佐官の命も……
きっと消えることは無いだろう……
だが自分の推理に酔いしれている補佐官は、聞く耳を持たない。
残念ながら自分の寿命のカウントダウンを、止めることは出来なかった。
「おい、間者グレイスを牢屋に閉じ込めておけ! 一番厳重な凶悪犯用の牢屋だ! 見張りも10人は付けろ、こいつはこの国を揺るがす要注意人物だからなっ!」
補佐官はグレイスを立たせると、背中を蹴り、護衛に引き渡した。
転がったグレイスは、小さな擦り傷を作った。
その恐ろしさを補佐官は知らない。
皆が可愛がるグレイスに手を出してしまった……
グレイスの背中にはくっきりと補佐官の蹴り痕が残り、擦りむいた手には血がにじんでいた……
ああ……恐ろしや、恐ろしや……
もしかしたらこの国は今日で終わるかもしれない。
国民は脱兎のごとく逃げ出すべきだろう。
王の補佐官が自分のしでかしたことに気が付くのは……
もう間もなくだ……
彼の幸運を祈りたいと思う。
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