第106話弟子達の怒り

「実は……グレイスなのですが……呪い課に行くと言って出て行きまして……」

「呪い課に? それは、知り合いに会いに行った……という事でしょうか?」

「は、はい。実は先日王の補佐官だと言う方が我が家に訪ねていらっしゃいまして……その方が……その……グレイスは……他国の間者だと有り得ない事を言って来たんです」

「他国の間者……」

「は、はい。それでグレイスはそれは誤解だから話しをしてくると言って、城へ向かったのですが……」


 ニーナはグレイスの両親の話しを聞いて頷く。


 王の補佐官は自分の勘違いを確信し、グレイスを捕まえようとしたのだろう。


 そうすればベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサが城に戻って来る。


 そう安易に考えたのだろう。


 だけど……


 単純なアルホンヌやクラリッサならまあともかく。


 研究以外全て面倒臭がり屋のベランジェと、この国や弟子の聖女達を愛し、育て上げたシェリルが、簡単に他国へ行くなどとどうして考えられたのか、ニーナには補佐官の思考が不思議でならない。


 これは国としての考えではなく、その補佐官一人の考えなのだろうか?


 ニーナがそんな考えを巡らせていると、隣に座るクラリッサが爆発した。


「補佐官……許せない、あんな人当たりの良い、可愛いグレイスを間者だと決めつけるだなんて……」


 クラリッサはギリギリと歯を鳴らし、まるで戦場にいるかの様な表情となった。


 グレイスの両親の前で、可愛らしい恋人候補としての姿を見せる事など、もう吹き飛んでいるようだ。


 補佐官。


 ズタボロにしてやる!


 いや、クラリッサ渾身の一撃による、百叩きの刑にしてやろうかっ!


 グツグツと煮沸るマグマの様に、炎の騎士クラリッサは誰も抑えられない程に燃えていた。


 それを見たグレイスの両親は、(カッコイイ!) と頬を染め、目を輝かせる。


 やはりそこはグレイスの両親だけあって、感じ方がグレイスとそっくりなようだ。


 ある意味最高な好印象をグレイスの両親に与えたクラリッサだが、それが嫁に繋がるかは分からない。


 クラリッサ様素敵!


 そう思わせる事だけには成功していた。


「クラリッサ、落ち着きない。大丈夫よ、疑いだけでグレイスをどうにかしようなどと思う愚かな補佐官など、王城にはいないはずですよ……」


 そうは言ってもやはりニーナの不安は拭えない。


 何故なら国の重要人物四人が、他国へと引き抜かれたと思っているならば、何をしても取り返そうと思うところだろう。


 それもグレイスは平民。


 貴族の、それも王の補佐官に何をされたとて何も文句は言えない、いや、言い返せないだろう。


 ただし、グレイスはベランジェの補佐官。


 そう、グレイスには今その役職が付いている。


 有名人の補佐官を襲うなどと、王城の補佐官であっても下手な事は出来ないはす。


 だが、余りにも不可思議な行動をする補佐官相手に、ニーナの不安は膨れ上がる。



「私の大切なグレイスを間者だと言って誘拐するだなんて! 許せない! 爆弾を投げ込んでやる!」


 クラリッサだけでなく、今やグレイスを母(妻?)の様に慕っているベランジェも怒り心頭だ。


 ワナワナと震え、自分の魔法袋を覗き何かを確認している。


 きっと大人になって作った、最高傑作の糞爆弾が袋の中にあるのかを確認したのだろう。


 どうやら王の補佐官は、知らないうちに糞ボマーにまで火をつけてしまったようだ。


 逃げることをお勧めしたい。




「俺の仲間に手を出しやがって……ただじゃおかねーからなっ! 街中引きずって歩いてやる!」


 グレイスの事を命の恩人だと思っているアルホンヌも、けたたましい魔力を爆破させる寸前だ。


 仲間であり、弟の様であり、そしてニーナによる 【死ごき部】 の心優しいマネージャーでもあるグレイス。


 いつも練習後には冷たいお茶を用意してくれたり、レモンの蜂蜜漬けなんかも用意してくれていた。


 アルホンヌもまた、王の補佐官に怒りを覚えていた。


 俺の命の恩人に手を出した補佐官野郎ぶっ殺す。


 補佐官はこの国から脱出するべきかもしれない。




「フフフ……久しぶりに大暴れ出来そうですわねー……」


 武道派聖女シェリル。


 大聖女になってから封印していた拳を、今鳴らしている。


 慈悲深い聖女であるシェリルだが、仲間に危害を加えようとする人物を許せるほど甘くはない。


 グレイスは子供達の教育の後は、いつもシェリルを気遣ってくれた。


 温かいお茶を入れ、少し肌寒い日には、グレイスが編んだ毛糸の膝掛けをシェリルに掛けてくれもした。


 可愛い息子。


 シェリルの中でグレイスはそういった存在だ。


 その大切なグレイスを騙し、城へ呼び出し、拉致監禁している。


 到底許せる事ではない。


 シェリルは今、聖女の笑みではなく、戦闘狂の笑みを浮かべていた。


 王の補佐官、許すまじ。


 磔にしてボコボコにして見せましょう。


 大聖女とは思えない危険な思考をシェリルは抱えている。


 補佐官には姿と名前を変えることをお勧めしたいところだ。




「貴方達、少し落ち着きなさい……」

「「「「ニーナ様?!」」」」


 可愛いグレイスがどうなっているのか分からないのに落ち着いてなどいられない! 四人はそう答え様としたが、ニーナの表情を見て押し黙る。


 6歳児とは到底思えない魔力が、今や体から溢れ出しそうになっている。


 それに人を殺せるのでは無いかと思える程、悪魔のように美しい笑顔。


 ニーナこそ大切な家族を疑われ、今まさにグレイスが危険な目に合っているのでは?! と思うと、補佐官どころか王城を潰してしまいそうな様子だった。


「グレイスのお父様、お母様、安心して下さいませ。私達が今からグレイスを迎えに行ってまいりますわ」


 予定では呪いの本と、歴代聖女の書物を確認してから、城へと向かうはずだった。


 けれどニーナは、今すぐ城へ討ち入る覚悟を決めていた。


 王の補佐官。


 バーソロミュー・クロウ。


 首を洗って待っていらっしゃい!


 怒らせてはいけな少女の怒りを買ってしまった事を、王の補佐官はまだ知らないのだった。

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