第104話グレイスの自宅へ

 闇ギルド長のカルロの馬車の中。


 ニーナは相変わらずの冷え切った笑顔だった。


 そんなニーナに一緒について来たのはベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサ、そして馬車の持ち主のカルロだ。


 ファブリスは残念ながらお留守番だ。


 一緒に行きたいと、泣き出しそうなファブリスだったけれど、尊敬するニーナに 「この屋敷を任せられるのはファブリスしかいないですわ!」 と言われてしまえば、ファブリスは残るしかなかった。


 ニーナのその想いは本当で、もしもの時、そう、隠れなければならないような緊急事態が起きた時、ファブリスの闇ギルドでの経験はとても頼もしい。


 なので誰かが攻め込んで来たら、戦わす隠れるようにと、ファブリスには指示しておいた。


 まあ、あのガチガチに結界が張られたニーナの屋敷に近付ける者がいたとしたら、それだけで素晴らしい魔法使いだろう。


 ニーナならばスカウトしそうなぐらいだが、今はそんな事はどうでも良かった。


 そう……


 王の補佐官。


 バーソロミュー・クロウ。


 その人物の事で頭が一杯だったからだ。


 もし、グレイスに何か有ったのならば……


 その時はどうしてくれようか……と、そんな恐ろしいことでニーナの脳内は占められていた。


 今ニーナの頭の中を覗けば「殺」で全てが埋まっているかもしれない……


 補佐官には知らず知らずのうちに、命の危機が迫りつつあった。




「クラリッサ、どうしたのですか?」


 ニーナは補佐官暗殺計画の中、ふと、目の前に座るクラリッサに落ち着きがない事に気が付いた。


 クラリッサには珍しく、髪を触ったり、服を触ったり、馬車の窓ガラスに映る自分を見たりと、あからさまにソワソワして可笑しい。


 いつものように、戦いがあるかも? と喜んでいる様子ではない。


 頬を少し染め、少し恥ずかしそうで、そう、まるで恋人との逢瀬の前のようだ。


 ニーナが不思議がるのも当然だった。


「あ、え、あ、あの、ニーナ様、わ、私、可笑しいところは有りませんか?」


 その態度が可笑しい……と言いたかったが、ニーナはグッと我慢する。


 そして何故クラリッサがソワソワしているのか、6歳児ながら人生経験の豊富なニーナはピンッと来た。


 ニーナの笑顔が和らいだ事で、他のメンバーもホッと息を吐く。


 先程まで馬車の中はニーナの圧でピリピリとしていた。


 馬車の中の狭い空間ではニーナの圧は殺人級だった。


 それが急に温かな物に変わったのだ (クラリッサ! ナイスアシスト!) と誰もが思っていた。


 するとニーナは聖母の様な優し気な笑みを浮かべ、クラリッサに話しかけた。


「フフフ、クラリッサ、貴女はいつでも美しいから大丈夫ですよ」

「で、でも……ドレス姿でもありませんし……」

「まあまあ、貴女の魅力は服装で変わったりしませんわ。それにグレイスが戦う貴女を見て「クラリッサ様はカッコイイ」と褒めていましたのよ」

「えええっ? ほ、本当ですか?!」

「ええ、ですからもっと自信を持って頂戴、普段通りの貴女で十分魅力的ですよ。グレイスのご家族ですもの、きっと貴女を気に入るはずですわ」

「えっ?! そ、そうでしょうか?!」

「ええ、私の自慢の娘ですもの、グレイスの相手に相応しいに決まってますわ。ねえ、シェリル?」

「ええ、結婚式は大聖女神殿で私が執り行いましょう。この国一の騎士様の結婚ですもの、国を挙げてお祝いしなければね」

「はいはーい、じゃあ、私は祝いに花火を作って打ち上げるぞー! 妹と私にとっても大切なグレイスの結婚だからねー、あ、でも仕事中は私の補佐(妻)だからね」

「じゃあ、俺は結婚式の料理用にたっぷりと魔獣を狩ってくるかなぁー」

「ハハハ、じゃあ俺は披露宴を受け持とう。闇ギルドの力を上げて盛大な物にしてやるからなー」


 ニーナの機嫌が和らいだ事で、皆クラリッサとグレイスのラブ大作戦に大乗り気だ。


 恋愛に興味がないはずのベランジェ、アルホンヌ、カルロが、慣れないことに動揺し、背中に汗を掻きながらも笑顔で二人はお似合いだと褒めちぎる。


 空気を読める大聖女のシェリルは、早く二人の子供の顔が見たいとニーナの喜びそうな話題を振る。


 それは楽しみだとニーナが益々可愛い笑顔を浮かべれば、皆は心の中でガッツポーズだ。


 クラリッサが「でも暫くは恋人同士でいたい」と言えば、カルロが良いデートスポットを闇ギルドで徹底的に調べ上げると、ギルド長の力を見せ付ける。


 グレイスの両親に会ったら、先ずはお付き合いを許可して頂こう! とそんな話で盛り上がっていると、街に詳しいカルロの案内で、街で一般的な大きさの、まさに王都では平凡なグレイスの自宅に着いた。


 緊張するクラリッサにニーナは優しい笑みを浮かべ、大丈夫だと肩を叩く。


 グレイスのいないところでいつの間にか結婚話にまで盛り上がっているが、クラリッサとグレイスはまだ恋人同士でもない。


 そう、ただの同僚でしかない。


 その上クラリッサの気持ちに、グレイスはまったく、微塵も、これっぽっちも気が付いていない。


 ニーナが怖い。


 という変な緊張感から、誰も一番大切なそこに突っ込む者はいない。


 結婚に向けてのグレイス本人の意思はどうなる事か……


 知らぬは本人ばかりなり。



 そしてグレイスの自宅の扉を叩く。


「はーい」 と女性の声が聞こえると、クラリッサは益々緊張してガチガチになった。そう例えるならばニーナの結界レベル程だ。


 恋人の(まだ恋人ではありません)自宅を訪れる。


 それはこの国一番の魔法騎士であっても、緊張する事のようだった。


「はい、どちら様でしょうか?」


 玄関口へやって来たのは、グレイスによく似た母親らしき人物だった。


 知らない人間が、大勢玄関口に居たので母親は驚く。


 また城の人?!


 とそう思っていると、下の方から可愛らしい声が聞こえて来た。


「グレイスのお母様、ご機嫌よう。私はグレイスの雇い主である、ニーナ・ベンダーと申します。グレイスはまだこちらにいらっしゃいますか?」


 そう優しく微笑んだニーナを見て、グレイスの母親は固まった。


 確かにベランジェ様に付いてベンダー家というお屋敷へ行くとは聞いてはいたが、その主がまさかこれ程幼い少女だとは思わなかったからだ。


 グレイスの母親はニーナを見て「取り敢えず中へどうぞ……」と答えるのが精一杯だった。


 グレイスは一体何をやっていたのだろう……


 間者とまで勘違いされる仕事?


 それもこんな小さな子の下に付いていた?


 昔から手の掛からなかった優しい息子の事が、ちょっとだけ分からなくなったグレイスの母だった。

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