第103話不安の中の帰宅

「マダム、お帰りなさいませ」

「フレーベ、ただいま帰りました。屋敷に変わった事はなかったかしら?」

「はい、何も問題ございません」

「そう、有難う」


 ニーナ達は屋敷に戻ると、フレーべに異常は無いかを確認した。


 大聖女神殿の一件があった為、多少は心配をしていたが、ニーナの強固な魔法が効いている屋敷は、やはり何の問題も無いようだった。


 それも当然だ。


 ニーナの魔法を破る力を持つ魔法使いを探すとなると、世界中を回らなければならなくなるだろう。


 元よりセラニーナは素晴らしい魔法使いだった。


 そしてニーナ・ベンダーになり修行をしっかりと積み、父親であるエリクにたっぷりの癒しを与え、毎日ギリギリまで魔法を使っている。


 そしてユビキタスの森でたっぷり魔素も浴びている。


 お陰でニーナは恐ろしい6歳児になってしまった。


 そしてこの屋敷には大聖女だったセラニーナの魔法と、危険な6歳児のニーナの魔法が重ね掛けしてある。


 見た目は可愛い屋敷だが、どんな要塞よりも頑丈だろう。


 攻め込もうとする勇者がいたとしたら、別名愚か者とも言えるかも知れない。


 勇気と無謀を履き違える者がこの国にいない事を祈るばかりだ。




「たっだいま帰りましたー!」


 そんなご機嫌で元気な声が聞こえ、ニーナはホッとする。


 大切なシェリーやディオン、それに他の子達も無事に帰って来た。


 クラリッサとアルホンヌがいれば大丈夫だと思ってはいたが、やはりそれでも心配だった。


 とくにアランとベルナールは他国の人間だ。


 いちゃもんをつけられ、城へしょっ引かれでもしたら、本物の王子だとバレてしまった事だろう。


 もしかしたら不法入国だと国際問題にまでなりかねない。


 勿論その時はニーナが助け出す事は間違いないが、それでも出来るだけ争い事は起きない方がいいだろう。


 大聖女神殿には城の補佐官という人物からの手が回っていたが、皆の元気な様子から街にまでは手が回っていなかったのだろうとニーナは一安心した。


 けれど皆の後からカルロがやって来た事で、ニーナは街にも補佐官の手が伸びていたのだと気が付いたのだった。


「ニーナ様、お久しぶりでございます」

「カルロ……詳しく話を聞かせて頂けるかしら?」

「流石ニーナ様ですね、私が何をしに来たのかもうお分かりなのですね……」

「ええ、こちらも色々とあったものですからね……」


 ニーナ、カルロ、クラリッサ、アルホンヌ、ファブリス、シェリル、ベランジェが席へと着く。


 子供には聞かせられないと、アラン、ベルナール、チュルリ、チャオが、ディオンとシェリーを庭へと連れて行ってくれた。


 今日は街で買い食いがあまり出来なかった様なので、庭でお肉を焼こうと大喜びだ。


 それを見たニーナはすぐにシュナに視線で指示をだし、子供達を見守る様にとお願いをする。


 なんて言ってもチュルリとチャオがいる。


 それは命の危険と隣り合わせの料理が出る可能性もある。


 料理に至ってはアランとベルナールはほぼ役に立たない。


 ここはシュナに命懸けで頑張って貰うしかなかった。

 



 そんな子供達が部屋から出て行くと、カルロが早速口を開く。


「実は先日闇ギルドに、王の補佐官だと名乗る態度の悪い男が参りまして……」

「王の補佐官?」


 カルロの言葉を聞いて、闇ギルドに顔を出したのも、今日大聖女神殿に手を回した補佐官と同一人物だろうとニーナにはすぐに分かった。


 カルロは頷くと、その後街でのその補佐官の行動を調べた情報を教えてくれた。


 ディオンやアランが剣を購入した武器屋に顔を出したこと、それから肉屋へも行き情報を集めていた事。


 そしてシェリーとシェリルが行った文具屋へも足を運び、情報を金で買っていた事。


 ベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサの事だけを探しているのではなく、ディオンやシェリーの事まで探っている。


 それに「異国の王子……」とその補佐官が呟いていたと、カルロは教えてくれた。


 きっと異国の王子とはアランを指しているのだろう。


 もしかしたらアランが四人を異国へと連れて行ったと、その補佐官は考えているのかも知れない。


 冷静にそう分析したニーナの顔には、今冷たい笑みが浮かんでいた。


「補佐官が本当に王の者使いの者であるかは分かりませんが、ニーナ様を含めアラン様、そしてディオンやシェリーの事を探っているのは確実です……」

「そう……カルロ、有難う……とても助かりました」


 ニーナの可愛らしい笑顔を見て、カルロを含めた弟子達皆が視線を逸らす。


 ただファブリスだけはニーナをウットリと見つめている。


 ニーナの笑顔が何よりも怖かった。


 怒っているのが丸分かりだからだ。


 王の補佐官はなんて馬鹿な事をしたのだろうと、弟子達は皆思っていた。


 なんせ獅子の尾を踏むどころか、ドラゴンの尾を踏んでしまっている。


 弟子達に城へ戻って来て貰いたいのならば、もっと違うやり方があった筈なのに……


 シェリーやディオンに危険があるかも知れないと気が付いたニーナが、大人しく黙っている筈がない。


 今日がこの国最期の日になるかも知れない。


 弟子達はそう覚悟を決めていた。


「カルロ、申し訳ないけれど、送って頂きたい所があるの……」

「は、はい! お任せください! このカルロ、どこへでもお送りいたしますよ! えへ」


 ニーナの笑顔が怖すぎて、カルロが別人の様になっている。


 他の四人はブンブンと首を縦に振り、ニーナ様の行きたいところへ行きましょうと肯定している。


 ファブリスだけは相変わらずだ。


 ニーナを見つめるそのうっとり顔は、少し危ない人の様だった。




「では、グレイスの自宅へ送って下さる?」

「えっ? 城では無く? グレイスの自宅ですか?」

「ええ、先ずはグレイスの家族が無事かを確認致しましょう。グレイスは城にいた人間ですからね、何か疑われているかもしれません。さあ皆様、直ぐに参りますわよ!」


 ニーナはキンキンに冷え切った笑顔を浮かべ、立ち上がった。


 この国が滅びない事を祈りたいと、一緒に立ち上がった弟子たち皆がそう思っていた。

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