第95話王都の噂③

【街の便利屋 どんな小さな依頼でもお受けいたします! お気軽にお申し付けください!】


 補佐官のバーソロミュー・クロウは、今便利屋の前にいた。


 肉屋の主人からの情報で、冷酷の王子はこの便利屋と繋がりがある事が分かった。


(敵国からの攻撃を私が食い止めなければ!)


 名推理爆発中の補佐官はすっかり (我こそが英雄なり!) と冷酷の王子を倒すべく、敵の拠点かもしれない便利屋に強気で乗り込もうとしていた。


 そう、これで敵を捕まえ、ベランジェ様、シェリル様、アルホンヌ様、クラリッサ様を、自分の力で敵の魔の手から救い出すことが出来る!


 それは全て自分の手柄になる!


 そうなれば第一補佐官に出世間違いないだろう!


 と、補佐官はほくそ笑み、便利屋の扉を叩いた。


 そして受付へと進むと、便利屋という名の店に不釣り合いな、滅茶苦茶怖そうな男が受付のカウンターに立っていた。


 客なのに何故かジロリと睨まれ補佐官は心の中で「うっ……」と声を出す。


 そう城の補佐官のプライドから心の中でだけだ。


 自分には護衛もいるし、補佐もついている。


 何も怖い事など無い。


 自分を安心させるために護衛と補佐へと視線を送れば、彼等は皆受付の男性から視線を逸らしていた。


 その姿を見てちょっとだけ、そう、ちょっとだけ怖くなった補佐官だった。




「あー……王城の補佐官をしているバーソロミュー・クロウだが、店長に会いたい、取り次いでもらえるか?」


 何とか勇気を振り絞り、補佐官は受付の男性に声を掛けた。


 声が震えなかっただけでも立派だと、補佐官は自分を心の中で褒めていた。


 すると受付の男性にジロリと睨まれ「約束は?」と聞かれた。


 その顔がまたまためっちゃ怖い。


 お気に入りのピンクのフリフリシャツは、恐怖から背中と脇が汗でぐっしょりだ。


 だけど国を守るため負ける訳にはいかない。


 言葉の出なかった補佐官は、何とか首を振り、約束はない事を伝えた。


 するとまた受付の男性にギロリと睨まれる。


 ここは本当に客商売の店か? と補佐官が心配になる程、受付の男性の態度は恐ろしいものだった。


「申し訳ございませんが、ご予約の無い方はお取次ぎできません、お引き取りを……」

「なっ! わ、わ、わ、私を誰か分かっていてそんな事を言っているのか?!」


 補佐官は粋がっているが、足はフルフルと震えている。


 だが、この店の受付は男一人、こちらは補佐と護衛を含め五人のチームだ。


 負けるはずはない!


 人数で圧勝だ!


 だけど何故か全く勝てる気が起きない補佐官だった。




「ええ……先程聞きたくもないのにお名前をお聞きしましたので存じ上げておりますよ……補佐官のバーソロミュー・クロウ様。ですがここでは王城の役職など通用しないのですよ……お引き取りを……」


 受付の男性はそう言って笑ってはいたが、補佐官はちょびりそうだった。


 だって目が怖いんだもん!


 強がって「フンッ」と言って店を逃げるように飛び出したが、内心怖くって怖くって仕方がなかった。


 震える足でどうにか外に出て、日差しを体いっぱいに浴びると、やっと生きている事が実感できた。


 太陽って素晴らしい、希望にあふれている。


 補佐官が生まれて初めてそう感じた日となった。




「クソッ、折角尻尾を掴めたと思ったのに!」


 便利屋から離れた事で気持ちを取り戻した補佐官は、悔しさから歯ぎしりをギリギリと鳴らし、慣れぬ庶民の街の中を進んだ。


 きっとピンクシャツの歯ぎしり男は怪しい人間に見えたのだろう、街の子供たちに指をさされ笑われたので「ガウガウッ!」と脅かしてやった。


 私はこれからこの国を守り英雄になる男。


 子供に笑われている場合ではない。


 そう、そんな英雄になる夢があの便利屋で打ち砕かれた補佐官は、イライラしてしょうがなかった。


 やっとあの四人を救いだせると思ったのに、この有様だ。


 あの便利屋には絶対後で抗議文を送ってやる!


 店を出てぽかぽかの太陽を浴びた事で、補佐官はまた強気な自分を取り戻せていた。


 そこでふとある店の張り紙が気になった。


【大聖女様とお姫様が来た文具専門店! 受験の準備は是非我が店を、縁起が良いでっせ】


「な、なんだ……この張り紙は……姫様が街へ出たなど聞いていないぞ!」


 そう、補佐官にこの国の姫が街へ買い物に出たなどそんな情報は入っていなかった。


 だがしかし、そこで報告書に書いてあった事を思いだす。


 そう、姫様がシェリル様と買い物に来たことが書かれていた。


 それがこのお店!


 神は自分を見放してはいなかった。


 やはり英雄になるのはこの私。


 運を取り戻した補佐官は元気いっぱい店に飛び込んだ。



「頼もうー!」


 補佐官は新しい手掛かりを前に、既に国を守った気分満々だ。


 さっきの便利屋とは違いニコニコ顔の店主がやってきてホッとする。


 そう客に対してはこれが普通だよね! うんうんと、補佐官は何かに納得していた。


「お客様いらっしゃいませ、今日は何かご入用でしょうか?」

「ああ、済まない、少しお聞きしたいのだが、大聖女様がいらしたというのは本当だろうか?」

「ああ、あの張り紙を見られたのですね? ええ、本当です。先日いらっしゃいました」

「先日? 先日とはいつの事だ?」

「えーと……あれは確か……うーん……いつだったでしょうかねー」


 じれったい店主の態度に補佐官はイラっとした。


 ゴホンゴホンと後ろで補佐官の補佐官が、何かを伝えようとしている所を見てハッとする。


 そうどうやら無料では何も話せない、という事のようだ。


 補佐官はすぐさま「王城用にペンを購入したい」と100本程の注文を入れた。


 すると店主の口はすぐに緩みだし、聞いた日付はやはり冷酷王子が剣の購入に来た日と同じだった。


 あの報告書の内容は全て間違いない様だ……


 という事は……


「やっぱり……敵国の姫か……そして冷酷王子の妹だろう……店主、他にその姫の情報は何かないのか?」

「うーん……うーん……情報ですか? えーと……何か有りましたかねー」


 またまた歯切れが悪くなった店主を見て、今度は「メモ用紙100枚!」と注文を入れた。


 するとその瞬間店主は何かを思いだしたようだった。


「姫様から頂いたお菓子がこれまた美味しくって、王都では見たことも無いオレンジと緑色の不思議な焼き菓子だったのです」

「み、緑とオレンジの焼き菓子?」


 補佐官は色を聞いて気持ち悪いとドン引きしたが、店主はうっとりとした表情になった。


「あの美味しさ、触感、それに優しい甘さ……この国には売っていない、そんな味でした……」


 もうこれで決定だっ!


 やはりシェリル様を含めたこの国の重要人物四人は、異国に誘拐されたという事だ。


 補佐官は店主に礼を伝えると、大急ぎで城に戻った。


 敵がこの国を狙っている!


 直ぐに戦いの準備を始めなければならない!


 補佐官の思考は危険な方向へと突き進んでいたのだった。

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