第87話伝説の聖女

「セラ・ナレッジ様がベンダー男爵家の始祖……?」


 ニーナはその考えに行きつくと、ごくりと喉を鳴らした。


 もしそうだとしたら……


 シェリーもニーナも聖女としての素質が有る事も、能力が高いことも分かる気がした。


 それに才能に嫉妬され逆恨みされる可能性も……


「ファブリス、もう一度地図をここに広げて下さる?」

「はい!」


 ニーナは一番古い地図をもう一度広げた、そこには薄っすらだが消えている文字が見て取れた。


 そうセラの森を囲むように、三つの町の名前が記されていた。


 それは……


 ユビキタス、クエリ、ゼロディ。


 この町が隣町で有り、隣の隣町でもある。


 ユビキタスの町は森に食べられてしまったのだろう。


 だからユビキタスの森と、ベンダー男爵領の辺りでは呼ばれている。


 もしユビキタスの森が、負の感情を持つ人間を引き寄せる森だとしたら。


 ユビキタスの町が寂れ、人々に元気がなくなった時どうなるか……


 ニーナはその考えに行きついた時ゾッとした。


 ベンダー男爵家に掛けられている呪いは、こうやって人の命を奪い続けながら続いている。


 そしてこのままでは隣町も、また隣の隣町も飲み込まれてしまうだろう。


 今の所、町の人達に負の感情はそれ程なかったように思う。


 ニーナが町を訪れた時、店員は元気に接客してくれた。


 けれど……


 町の中を歩く人は殆ど見かけられなかった。


 それに元気に遊ぶ子供の姿も一度も見ていない……


 もしこのまま何もせず寂れて行けば、町が、そしてそこに住む人々がどうなるかは分からない。


 そう、魔道具技師のダンクがいい例だ。


 あれだけの才能が有りながら隣の隣町でくすぶっていた。


 それはきっと心に悲しい感情を持っていた事だろう。


 ベンダー男爵家もこのままでは森に飲み込まれてしまう可能性がある。


 いや、それを狙っての呪いだったのかもしれない。


 それを食い止めて居たのがベンダー男爵家だったとしたら……


 そしてそうならないために当主であり、母親であるアルマは森へと行った。


 夫や子供、そして使用人たちを守るために……


 ただ、アルマがどこまでこの呪いの内容に気が付いていたかは分からない。


 夫のエリクを救いたかった。


 多分それがアルマの考えだったのだろう。


 ただしこの呪いは年月をかけて途轍もなく大きなものになっている。


 きっと地図上からセラの森と、そしてベンダー男爵領が消えた時期が呪いの掛けられた時期という事だろう。


 ニーナは今度はセラの森が大きなものになった時期の地図を広げた。


 そこをじっくりと見る。


 やはり消えかかった文字でベンダー領……と書かれているのが見て取れた。


 けれど男爵領ではない。


 森や隣町、それから隣の隣町も含め、全てがベンダー大公領と書かれていた。


 ベンダー大公と言えば先々代の王の弟。


 一人の聖女と恋に落ち、表舞台から消えたとされている王子。


 もしこの時期に呪いが掛けられていたとしたら……


 王子が表舞台から消えたことも納得できる。


 それに大公領も一代限りだったのだろう。


 その後男爵位に変わっていたとしても納得だった。


 ただし……地図から消されている事はニーナは納得できなかった。


 王家は何かを知っていた?


 自分たちを守るためにベンダー大公を見捨てた?


 いや、違う。


 きっとベンダー大公自身が王家を守るために自領に引きこもったのではないだろうか?


 そしてこの事は誰にも話されないように厳重に管理されていた……


 全てはこの国を、そして王家を守るため……


 そうなると……


 王家管理の書物を読み漁らなければ詳しい事は分からないかもしれない。


 そう考えたニーナは、今日の王立図書館での調べものの結果次第では、いずれ王城に乗り込まなければならないだろうと、そう考えて居た。


 現王、アレクサンドル・リチュオル。


 アレクもまたニーナにとって息子の様な存在の一人であった。


 果たしてあの子がこの事をどこまで知っているのか……


 アレクの幼い頃を思い出し、ニーナは大きなため息を吐いたのだった。




「ニーナ様ー、面白いもの見つけましたよーん」


 チュルリとチャオが満足気な顔をしてニーナの下へやって来た。


 重苦しかった気持ちが二人の笑顔を見て軽くなる。


 ニーナの推理がどこまで当たっているかは分からないが、かなりの高い確率でユビキタスの森は町を侵食していくだろう。


 ニーナはその事実に気が付いたことで大きな重圧に押しつぶされそうだったが、仲間の存在で心が落ち着くことが出来た。


 そうニーナは一人ではない。


 心強い弟子たちや、その仲間がいる。


 それにニーナが鍛え上げた家族も、きっとこの呪いを解く手助けをしてくれるだろう……


 ホッとしたニーナはチュルリ、チャオに視線を向ける。


 するとその手にはボロボロに汚れた本を持っていた。


 表題には


『呪い、呪われ、呪、呪い、あなたにピッタリの呪いを授けましょう』


 と、記されていた。


 今は薄汚れてしまった本のようだが、元は学者や、研究者が読む本というよりは、年ごろの少女が読みそうな可愛らしい見た目であっただろう事が、ピンク色の表紙で何となく分かった。


 そしてそのピンク色とは到底結びつかない様な、禍々しいエネルギーのような物がその本からは発せられていた。


 ニーナはチュルリとチャオが良くこの本を見つけられたと驚いたとともに、手に持っていても本に感情を持っていかれないこの二人にも驚いていた。


 そうチュルリとチャオはこんなお気楽な見た目だが、そこは城の花形である呪い課に在籍していただけあってかなり優秀な研究家。


 とくに呪いに関してはスペシャリスト。


 こういった探し物は得意中の得意。


 自分が知らない呪いを探す。


 それはこの二人にはご褒美でしかないのだった。


「ニーナ様、この本の、ホラここから十ページほどが抜かれているんっすよ」

「怪しいですよねー。それもこーんなピリピリした毒吐いてる本を捌くだなんて、すっごく勇気ある人だと思う、凄いよねー」


 ニーナもその本に触れてみる。


 ニーナには癒しの力があるからか、ニーナに触れられた本は、その部分が少しだけ綺麗になったように見えた。


 その様子にチュルリとチャオは「おー!」と目を輝かせ拍手を送る。


 新しい発見は二人にとって最高の喜び。


 けれど普通の聖女の力ではこの本に負けてしまうだろう。


 ニーナだからこの本を抑え込むことが出来ている。


 チュルリとチャオの凸凹優秀コンビは、その事にも気が付いていた。


「この本を借りて帰れるかしら?」

「うーん……多分ベランジュ様なら大丈夫かなー? って思います」

「でもニーナ様、その本スッゲー嫌な感じするっすけど、持って帰って大丈夫なんっすか?」


 ニーナはそこでクスリと笑う。


 この程度の呪いの本など、絶対的強者であるニーナからしたら可愛い物でしか無い。


 今や向かう所敵なしとなった6歳児ニーナ・ベンダーがこの程度の憎悪に負けるはずが無いのだった。


 恐ろしい……


「フフフ……大丈夫ですわ。私がこの子を綺麗にして見せますからね……」


 そう言って呪いの本を抱え満面の笑みで微笑んだニーナは、年相応の可愛い少女なのだ

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