第53話隣の隣町へ

 ニーナはファブリスと今日初めて隣の隣町に来ていた。


 すっかり転移に慣れたファブリスは、ベンダー男爵家から離れている隣の隣町へも余裕で転移出来た。


 ニーナ様の補佐としてこれぐらい当然の事。


 ファブリスは巨大な存在となりつつあるニーナの補佐として、成長出来ることに誇りを持っていた。


「ニーナ様、今日は何をお買い求めで?」

「ええ、今日は魔法陣を描く杖を買いたいと思っておりますの」

「杖? ですか?」

「ええ、皆でお出掛けする為には杖がどうしても必要なのですよ」


 杖と言えば魔導士が使う物、と言うイメージがファブリスには強い。


 ニーナで有れば杖を使わずともそんじょそこらの魔導士には負ける事はないだろう。


 それでも杖が必要と言う事は、大掛かりな魔法を使うと言う事だ。


 魔法陣。


 一体ニーナ様はどれ程の物を描くのか。


 そして……


 皆でのお出掛け。


 そこには自分も入っているのかと、ニーナから離れたくないファブリスにとっては一番気になるところだった。



 隣の隣町は、隣の町より少しだけ大きい。


 シェリーやディオンから聞いていた通り教会はあるが、寂れて居て司祭もいない様だ。


 店は隣の町よりは少し多いが、それでも賑わっているとは言えない。


 商店街も寂れていて、とても商店街とは言えない有り様だ。


 いつかここを客でいっぱいにしてみたい。


 ニーナはまたまた余計な野望まで思い描いていた。


「ニーナ様、あそこが魔道具の店です」


 ファブリスの言葉にニーナは頷く。


 隣の町には残念ながら魔道具屋はなかった。


 ディオンとシェリーの情報で隣の隣町に ”玩具屋さん” があったと聞き、ニーナはそれが魔道具屋ではないかと気が付いた。


 そしてファブリスに相談し、自分の予想が正しかった事を知った。


 田舎町の魔道具屋だ、どれ程の物があるかは分からない。


 けれど最低限の物でも良い。


 ニーナはお出掛けの為、杖がどうしても欲しかったのだ。


「こんにちはー」


 父親役のファブリスが店に入り声を掛ける。


 灯りが殆どない薄暗い店は魔道具屋と言うよりは、ガラクタ屋と言う方が正しい様な店だった。


 店内には元魔道具(・・・・)だっただろう物が所狭しと並び、分解されてしまったのか、中身が見える状態になっていた。


 そして魔道具人形らしき物もあったが、それは天井から吊るされ、まるで呪いの人形の様になっていた。


 これでは気味悪がって誰も寄り付かないだろうとファブリスは思ったが、ニーナは人形を見て目をキラキラさせていた。


「お姉様のお土産に良いかも知れないわ」


 ファブリスは怖がるのでは? と主に突っ込みそうになったが、その気持ちをグッと抑えどうにか笑顔を向けるに留められた。


 ニーナ様と出会って心も強くなった。


 笑顔を浮かべたファブリスは、自分をひっそりと褒めていたのだった。


「あいよー、誰だー」


 誰だって客だよ。


 勿論ファブリスはそんな事も言わない。


 多分この店には客などずっと来ていないのだろう。


 服は汚れ、髭を伸ばし放題の店主を見て、ファブリスはそう感じた。


 けれど綺麗好きなはずのニーナは、そんな汚らしい店主を見ても何故か嬉しそうだった。


「あんた達客かい? まさか冷やかしじゃないだろうなー」


 店主はどう考えても客に向ける顔ではない物を、ニーナとファブリスに向けてきた。


 ファブリスが客だと返事をしようと思ったところで、ニーナが前にズズズイッと出た。


 ニーナは魔道具屋に来た興奮からか、もう既に親子設定も忘れている様だ。


 ファブリスはいつもの事だと、こちらも気にしない事にした。


「初めまして、私はニーナと申します。店主様、もしかして今杖をお作りでしたの?」


 店主とファブリスがニーナの言葉に驚き目を丸くする。


 薄汚れた店主を見ただけで、ニーナが何故杖を作っていた事が分かったのか不思議だったからだ。


 けれどニーナの言葉は店主の返事を待たずに続いた。


「その汚れ具合ですと、魔獣の骨ではなく、魔木を使った杖作りですわね? もしかして反発されました? 宜しければ私濃厚な聖水を持っておりますわよ。ウフフ……」


 ニーナの言葉にポカンとしていた店主だったが、脳にやっと言葉が届いたのだろう、ゆっくりと動きだした。


 そして小さなニーナの前に膝を着くと、真面目な顔で喋りだした。


「あんた……魔道具が分かるのか?」

「はい、店主様には負けますが、多少は心得がございますわ。店の魔道具達もキチンと中まで見せていて、部品に欠陥が無い事をアピールしてらっしゃるのですわね。それに魔道具のお人形達も皆素直そうな良い子達ばかりですわね」


 ニーナの言葉を聞くと、店主は目頭を押さえ動かなくなってしまった。


 感動しているのだろう、それはファブリスにも覚えがあった。


 けれどニーナは店主が急に頭でも痛くなったのかと心配気だ。


 下から店主を覗き込み、「大丈夫ですか? 癒しを掛けますか?」と声を掛けていた。


「あんた、気に入った。ニーナだったか?」

「はい、ニーナ・ベンダーでございます」

「俺はダンクだ。今日は何しに来た?」

「はい、杖を購入しに参りました。店主様の様な立派な魔道具技師の方の杖でしたら安心ですわ。私、とっても楽しみになりましたもの」

 

 ダンクと名乗った店主はまた感動したのだろう、またまた目頭を押さえ固まった。


 きっとこんな田舎町では魔道具など誰も理解してくれなかった事だろう。


 多少魔道具を知っているファブリスでさえこの店を気味悪く感じたのだ。


 知識のない町の人間達は尚更だったのかも知れない。


「よし、ニーナ、奥に来い、あんたにピッタリの杖を準備するぜ」


 ダンクはそう言うとニーナとファブリスを店の奥へと誘導した。


 ニーナは嬉々としてその後に付いていったのだった。


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