第32話離れの大掃除

 アランとベルナールのベンダー男爵家での生活もすっかりと落ち着き、二人には星の屋に移り住んでもらう事になった。


 これは二人を客では無く、ベンダー男爵家の一員と認めたからと言う意味もある。


 王子であるアランがいつまでも未婚の女性……そう、シェリーとニーナと同じ屋敷内で生活している事は世間体が悪い。


 勿論こんな田舎の出来事など誰の耳にも入らない可能性も有るが、この先アランが自国へと戻る可能性がゼロでは無いのなら、貴族としての隙は与えてはいけない。


 それに何と言ってもシェリーは美少女だ。


 今はお喋り大好きで、食いしん坊の小さな女の子かも知れないが、あと数年もしたら誰もが振り返る様な美女になる事は、妹としての欲目を抜いてもニーナには想像がついた。


 その時に王子のお手付きなどと言う良からぬ噂がシェリーに流れても困る。


 シェリーには絶対に良縁に恵まれて欲しい。


 これはアランとシェリー、二人を醜聞から守る為の処置でもあったのだが、ニーナの一番の理由は少し違った。


 離れも温室も大掃除しなければならないわっ!


 そう、掃除大好きのニーナとしては、いつまで汚らしい離れや温室が自分の視界の中に入る事が許せなかった。


 ベンダー男爵家の母屋はシェリーとザナの頑張りのお陰もあって、スッカリ綺麗になっていた。


 それに庭も魔法を使いこなせる様になったロイクのお陰で、日々美しくなって行っている。


 咲いてる花がほぼ野菜の花だと分かっていても、やはり整えられた庭を見るのはニーナとしては嬉しい。


 庭と言うか……畑と言えなくも無いけれど、それでも美しければ問題ない。


 裏庭もファブリスがディオンやアラン達の訓練の為、アスレチックの様な物を作り上げたが、それも問題ない。


 美しいからだ。


 ならば残るは未だに草ボウボウの中に建つ、離れと温室のみ!


 ニーナは一気に掃除するためにある作戦を考えていた。



「皆様、お集まり頂き有難うございます」


 離れの前にディオン、シェリー、アラン、ベルナール、ファブリス、ザナが集まり、今ニーナの話に耳を傾けている。


 掃除をすると言われて集められた為、皆汚れても大丈夫な服装だ。


 まあ、ベンダー男爵家での普段着は常に汚れても大丈夫な服装なのだが、そこは本人達だけが分かるちょっとした違いがある。


 つまりまあ世間からしたら今日の皆の服装は酷い格好という訳だ。


「今日は魔法を使う練習の一環としてお掃除競争をしたいと思います」

「「お掃除競争?」」


 ディオンとシェリーが可愛く首を傾げる。


 ニーナはそれに頷き、話を続けた。


「はい、お掃除競争です。離れと温室をお掃除いたしますが、速さと美しさ、そして遊び心を競いたいと思います」

「「遊び心?」」

「はい、簡単に言いますと、破れたり、割れたりしている所を上手く隠しながら綺麗にして下さいと言う事です」


 ニーナは何となく分かってくれたのか、うんうんと頷く皆にチーム分けを聞かせる。


 星の屋はアラン、ベルナール、そしてファブリス。


 花の屋はディオン、シェリー、そしてザナ。


 温室はニーナ一人だ。


「えっ、それってニーナが勝つんじゃない? ニーナ魔法上手だし」


 ディオンの言葉に頷く。


 皆もそうだと思っているのか頷いている。


 確かにセラニーナで有れば温室の掃除など一瞬かもしれない。


 けれどニーナはまだ子供で魔力量もそこまで多くはない、休みを入れなければ魔力切れをおこす可能性も有るし、温室の薬草の見分けも必要となる。


 なので掃除以外で時間が掛かるのだと話をすれば、皆納得してくれた。


 そして……


「優勝チームには巨大プリンをプレゼント致します」

「「巨大プリン?!」」

「はい。バケツサイズのプリンですわ、食べ放題ですわよ。それもエクトルがフルーツや果物もトッピングして下さるそうです」


 ニーナの言葉にシェリーとディオンは大喜びだ。


 今や二人の大好物となったプリンは最高級のデザートになっている。


 ニーナもそれに気がつき、特別なご褒美の時にしかプリンを作ってはくれなくなった。


 魔法の能力の差なのか、エクトルの作るプリンとニーナが作るプリンでは味が少し違うのだ。


 だからこそ、食べ放題と言われ二人の目はハンターその物になった。


 そして大人達。


 アランやベルナールはプリンは一度しか食べたことがない。


 ベンダー男爵家に来て初めてプリンを知った。


 あの甘さ、柔らかさ、喉越し……


 それも今日は特別バージョンらしい。


 子供の手前はしゃぎはしていないが、絶対に食べたい! と気合いが入っていた。


 そしてファブリスとザナ。


 二人も勿論ニーナの作るデザートのファンの為、譲れない戦いが始まると、ごくりと喉を鳴らした。


 決して垂れそうになった涎を飲み込んだ訳では無かった。




「それでは参りますわね。良いですか、ヨーイ……ドン! でございますわ!」


 ニーナの掛け声で皆自分の担当の建物に飛び込んで……は行けなかった。


 先ずは屋敷に入る前にシェリーの背丈並みの草を刈らなければならない。


 シェリーとベルナールは風魔法で草を刈っていく。


 けれどニーナの方へ振り向けば、ニーナの一振りで草達は勝手に抜け、勝手に整頓されて行く。


 気が付けばもうニーナは温室の入り口へと着いていた。


「わー、ニーナ早いよー!」

「それに滅茶苦茶綺麗! 勝手に抜けた草達、背の順で並んでるよー!」


 ニーナとディオンの驚きの言葉に、他の皆も一瞬手が止まる。


 いやいや、化け物……いや、特別な存在の人間と自分たちを比べてはいけない。


 それよりも手を動かせと気合いを入れ直し、やっと建物の入り口に着いたと思ったら、温室が凄い光に包まれた。


 皆が視線を送れば、あんなに汚かった温室のガラスはピカピカのキラキラに輝いていた。


「まだ、大丈夫だ。温室のガラスは割れている! ニーナ様とて直すには時間が掛かるだろう」

「はい! アラン様、我々は我々の戦いですね!」


 アランとベルナールは焦りながらも気合いを入れ直す。


 ニーナの速さに気を取られ、掃除が雑になるのは本末転倒だ。


 ただでさえ苦手な掃除だ。


 味方にファブリスがいるから何とかなっている。


 集中、集中だ、と二人はブツブツと呟いていた。



 そして時間はあっという間に夕暮時、離れのニチームとも掃除が終わり、離れの外へ出るタイミングはほぼ同時だった。


 温室のニーナはきっともうゆっくりとお茶でも飲んでいる頃だろうと思ったが、どこかにいるであろうニーナに声を掛けても、うんともすんとも温室から返事はない。


 ファブリスとザナの脳裏に過った言葉は ”魔力切れ” もしやニーナは温室内で倒れているのでは?! そう思った二人は、すぐさま駆け出した。


「ニーナ様! ニーナ様!」


 ニーナを呼びながら温室内を進んでいく、他の皆もファブリスとザナの考えが分かったのか心配そうな表情で後について来た。


 そして温室の一番奥へと足を踏み入れると、そこには……


 毒を持つ薬草達に囲まれニヤつく幼女がいた。


「フフフ……まさかこんな所でお目にかかれるとは……ウフフ、実験が楽しみね……ウフフフ」


 


 この結果巨大プリンは皆で分け合う事になった。


 その上珍しい毒草を手に入れたニーナが、ご機嫌でチーズケーキを新しく作り、皆に振舞ってくれた。


 けれど皆が少しだけ食べる事に躊躇した事は言うまでもない。


 次の日皆の健康にはなんの問題は無かったため、ホッとした人が居たとか居ないとか……


 これでベンダー男爵家は無事住みやすい屋敷へと様変わりしたのだった。

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