第26話ニーナの密談
アランとベルナールとの話はそれで終わり、今夜はお開きとなった。
けれどニーナはファブリスに視線で合図を送り、後で部屋に来てもらう事にした。
アランは部屋を出るときニーナに振り向いた。
そしてベルナールと共にもう一度頭を下げ、「宜しくお願いいたします」と声を掛けてきた。
悪い子達ではない。
礼儀正しいいい子達だ。
ニーナは二人に頷きながら、またそう思った。
普通高位の貴族であればもっと高圧的な高飛車な態度をとっても可笑しくない物だ。
セラニーナが聖女の時も、そう言った嫌な貴族には何度も会った。
けれど彼らは始めから態度が低く、子供であるディオンやシェリーの話も馬鹿にすることなく、きちんと耳を傾けていた。
人としては素晴らしく、貴族としては劣等生。
それは民には好かれただろうが、貴族たちには嫌われたことだろう。
ニーナは「ふう……」と大きなため息をついた。
アランのあのダークブロンドの髪色は珍しいものだ。
そしてニーナはあの髪色を持つ人物と、セラニーナ時代長年の友人関係にあった。
その相手はセラニーナに結婚を申し込んできた相手でもあり、隣国の王子であり、そしてその国の王になった男でもあった。
その彼の名はアランデュカス・ラベリティ王。
”アラン” と名のつく彼に良く似た青年を見て、ニーナはアランが誰であるのかが想像が付いていた。
ニーナが自室へ戻り、寝る準備も整え終わった頃、ファブリスがそっと部屋へとやって来た。
足音を立てず屋根裏をつたいやって来たファブリスは、やはり元裏稼業の人間と言える様だった。
普段の穏やかな笑顔を浮かべるファブリスを知る者からしたら、今のファブリスは別人に見える事だろう。
ニーナは確かにファブリスに部屋に来て欲しいと思ってはいたが、ここ迄周到に誰にも見つからないように来いと言っていたわけでは無かった。
ただ水差しでも持って、普通に部屋に来てくれたらそれで良かったのだが、ファブリス的には知らない者が居れば警戒することは当然で、今後はこの真面目な青年にはしっかりと指示を出さなければならないと、また心に書き込んだニーナだった。
「ファブリス呼び出してごめんなさいね、疲れているでしょう……」
森へも行き、その上客人を拾い、ディナーの後は話し合いもした。
それは人が少ないベンダー男爵家では大仕事になる。
けれどファブリスは笑顔で首を横に振る。
森でのことも、屋敷でのことも、ファブリスにはそこまで疲れる事では無い様だ。
闇ギルドにいたころを思えば、今は比べ物にならない程落ち着いた生活が出来ているらしい。
夜きちんと眠れるだけで幸せだと笑顔で答えたファブリスを見て、ニーナは絶対に自分が幸せにして上げなければという思いが尚更強くなった。
「それでニーナ様、ご用事とは? あの二人の監視ですか?」
ファブリスの言葉にニーナは首を横に振る。
あの二人を警戒する必要などなにも無い事はファブリスも分かっていたのだろう、ニーナを見てクスリと笑った。
あの二人は今頃ぐっすりと寝ている事は想像できる。
初めて訪れた屋敷で、初めて会った人たちに囲まれたとしても、彼らは警戒する気も無いだろう。
彼らはそう言う守られるべき存在としてこれ迄育ってきたのだ。
自分たちの周りは安全で安心だと、ずっとそう思ってきたに違いない。
そう、彼らは世間知らずに育て上げられてしまったのだ。
「ファブリスにあの二人を鍛えて貰いたいの……」
「鍛える? あの二人をですか?」
ファブリスが驚く姿を見て、ニーナはクスリと笑う。
もう大人のアランとベルナールを教育することはディオンを指導することとは全く違う。
特にベルナールはとっくに成人していて、メイドのザナと変わらない位の年に思えた。
そう考えると教える方も大変になる。
けれど彼らは素直だ。
それが彼らの成長を促してくれるとニーナは信じていた。
「フフフ……何も世界一の騎士に育て上げて欲しい訳ではないのですよ。ただ自分で魔獣を倒せるぐらいの力を付けて頂きたいの……」
「フー……それならアラン様の方は少しお時間いただければ大丈夫でしょうが……ベルナール様の方は……」
ベルナールには剣の才能がない。
ファブリスの言いたい事はニーナには良く分かっていた。
「ええ、大丈夫ですよ。剣の稽古と同時に魔法の勉強も二人にはさせますから。ベルナールの方はそちらで補えるでしょう」
ファブリスは明らかにホッとした様子で頷いた。
ベルナールに剣だけで魔獣を倒せるようになれというのは、流石に酷な事はニーナにも分かっていた。
それは事務官に勇者になれと言って居る様な物だからだ。
「剣の稽古は全てディオン……お兄様と一緒に行ってください。アランにもディオンにもお互いが良いライバルになる事でしょう。魔法はお姉様とお兄様、そしてアランとベルナール、全員私が受け持ちますわ」
「畏まりました」
「大変になると思いますが、宜しくお願い致しますわね」
笑顔で頷くとファブリスはドアを使わず部屋を出て行った。
そしてニーナは布団に入りほくそ笑む。
思いもかけずいい人材が入った。
あの二人はどう見ても貴族にしか見えない。
遠くの街へ行くときは、あの二人を使えばニーナが作ったものは高く売れる事だろう。
その前に彼らの教育と、近くの町への買出しが必要だけれど……
ニーナは今夜はいい夢が見れそうだと、笑顔のまま床についたのだった。
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