第19話森へ

 今日は森へ行く日。


 ニーナは軽装に着替え、準備万端で玄関へと降りて行った。


 今日ニーナと一緒に森へと行くのは、兄のディオンとファブリスだけだ。


 シェリーは少し残念がっていたが、家事魔法を覚えてからはそれを使う事が面白くって仕方がないらしく、屋敷の掃除を頑張るのだと張り切ってくれていた。


 これ迄、ベンダー男爵家での家事を出来る範囲でになっていた成果のお陰か、シェリーの家事魔法の実力は年齢よりも高いため、大人と同じように出来ることが楽しくって仕方がないのだろう。


 それに掃除魔法はディオンよりもシェリーの方が得意だ。


 その事もシェリーのやる気の要因になっている一つだった。


 ニーナはそんなシェリーの姿を見て、王城のメイドとして仕える道もあるなと考え始めていた。


 王妃付きのメイドなどは女性の就職先としては花形だ。


 シェリーがこのまま家事好きに育てばそれも良いだろうと、選択肢の一つとして考えて居た。


 シェリーが望む道を用意してあげたい。


 それがニーナの思いだった。



「お兄様、ファブリス、今日は宜しくお願い致しますわね」


 腰に棒で出来た剣を携えたディオンと、大きなリュックを背負ったファブリスが玄関へとやって来た。


 今日は一日森で過ごすと話してあったため、ファブリスは大荷物となったようだ。


 そんなファブリスとディオンにニーナはある物を渡した。


 小さな手作りの袋だ。


「お兄様、ファブリス、これは簡易の魔法袋です」

「「魔法袋?」」

「はい、本来は魔法袋専用の生地で作る物なのですが、ベンダー男爵家に大量にある布の中から、それに近いものを選び私が作ったものです。多分……一年は持つのではないかと思うのですが……こればかりは試してみない事には分かりません。今日は大型魔獣を倒すつもりですから、これが無ければ困りますでしょう。ですから大急ぎで作りましたの、時間が無くて刺繡は名前だけしかいれておりませんが、お許しくださいませね」


 ディオンは魔法袋など初めて見たため、素直に受け取り「有難う」とニーナにお礼を言った。


 けれどファブリスは闇の中で生きていた時代がある為、魔法袋の価値を知っていた。


 ニーナに聖女セラニーナの魂が入った事で、これ迄も何度も驚くことは有ったが、今日ほど驚くことは無かった。


 ただの聖女というにはセラニーナは凄すぎる存在にも思えていた。


 セラニーナが研究好きの大聖女だったことを知らないファブリスは、自分の名が入った魔法袋を抱え、お礼を言いながらも只々驚くばかりだった。



 そして森へは歩いて行く。


 屋敷の外へと初めて出るニーナは、幼い子供の様にワクワクとしていた。


 それはベンダー男爵領を始めて自分の目で見る事が出来るからでもあった。


 今後のベンダー男爵領復興に向けての情報を仕入れるためにも、領内をしっかりと見る事は欠かせない事だった。


 けれどニーナの期待をよそに、人っ子一人領民と会う事は無かった。


 その上森へと向かう道は、ニーナの身長では草原ぐらいしか見えない。


 宙に浮くことも考えたが、流石にその状態の際に領民に出会ったら、大騒ぎになるだろう事はニーナでも分かった。


 ただし森へ着くまで誰とも会わなかったことで、やっぱり宙に浮きながら森まで来ればよかったとニーナが思っていた事は、ディオンもファブリスも知らぬことだ。


 ベンダー男爵家の皆にセラニーナだった事実を話したことで、ニーナのニーナらしく振舞うという枷が今やすっかりと外れていた。


 それにニーナ自体、ベンダー男爵家立て直しの為ならばセラニーナの記憶をフル活用する気でいた。


 このまま大聖女、そして賢者とまで言われていたセラニーナが、本気で活動し続ける事でどう世界に影響が出るかは……この時は誰も知りえもしないのだった。



「お兄様、ファブリス、普段捕まえている魔獣はどんなものがおりますか?」

「はい、普段はウサギや鳥系の小動物が多いですね……森の奥へ行けばマナバイソンを見かける時も有りますが……」

「そうですか、確かにこの森は魔素が強いですものね。マナバイソンが居ても可笑しくは有りませんね。因みにグリフォンは見かけたりはしませんでしたか?」

「はぁ、流石にそれは……」


 グリフォンと聞いて、ファブリスは困り顔になった。


 流石にそれ程の魔獣が出てしまうと、二人の子供を守りながら対応するのはファブリスには無理だったからだ。


 けれど金の亡者になりつつあるニーナは本気でグリフォンと出会う事を期待していた。


 それとマナバイソンを捕まえる事が出来たら、幾らになるだろうかと……既に脳内で計算まで始めていた。


 ウサギや鳥ではダメだわ。


 せめて熊や猪あたりの魔獣でないと、大した金額にはならない……


 本当は一気にお金を稼ぐためにドラゴンでも出てくれれば良いのだけれど……


 などとニーナが考えて居ることを知ったら、きっとファブリスは卒倒することだろう……


 


 三人は小さな魔獣たちを倒しながら順調に森の中を進んだ。


 ディオンには魔法を使った剣の扱いをニーナは教えた。


 属性が火と水それに雷もあるディオンは、戦う事に向いている。


 その上運動神経、反射神経も良いため尚更だった。


 ただし火や雷は森では火事になりやすいこともしっかりと叩きこむ。


 ディオンは真剣な表情でニーナの話を聞き、何故かファブリスまで耳を傾けていた。




「ニーナはなんでそんなに強いの? 聖女様ってみんなそんなに強いの?」


 一発で的確に魔獣を倒していくニーナを見ながら、ディオンが羨望の眼差しを向け不思議そうに質問をして来た。


 ファブリスもコクコクと首を縦に振っている。


 そう、聖女と言えば本来守られるべき存在で、戦いの場では祈りを捧げるだけの存在でもある。


 けれどセラニーナは特別な聖女だったのだ。


「お兄様、私は大聖女でしたの、ですから世界中を回る必要があったのです。幾ら護衛で騎士が付いているとはいっても戦えない存在の者が居ては巡業では邪魔になりますわ。最低限自分の身を守ろうと心掛けていましたら、ある程度強くなれたのですわ」

「じゃあ、ニーナだけが変なんだねー」


 ディオンに変だと言われてニーナはガックリと肩を落とした。


 確かに聖女としては変わり種であったことは申し開きも無い……


 けれど兄に変人扱いされたことには、流石に少しだけショックを受けたニーナだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る