第14話二人の成長

 ついにファブリス指導によるディオンの剣の稽古が始まった。


 勿論貧乏なベンダー男爵家に剣など置いていない。


 その為庭に落ちていた木の枝を、ファブリスが剣に見える様に綺麗に削ってくれた。


 もとより体を動かす事が大好きで運動神経の良いディオンは、水を得た魚の様に生き生きとしていた。


 朝早く起きてのランニングも嫌がること無く自ら進んで行い、筋力をつける為だと聞けば廊下の雑巾掛けなど嬉々として行っていた。


 その様子を見てニーナは孤児院に訪れた時の子供達を思い出した。


 子供達は愛されたくて、自分だけに注目を集める事を望む傾向にあった。


 慰問に訪れたセラニーナの気を引きたいが為に、小さな子を虐める子がいたぐらいだ。


 今ディオンは自分に期待が掛かり、嬉しい状態なのだと思う。


 両親ともに甘えられない状態の中、ディオンは長男だからと、これまで自分より年下の二人の妹に注目が集まる事を我慢していたのだろう。


 ディオンだってまだ十歳だ。


 甘えたい盛りだろうが、そんな我儘を言う事は無かった。


 けれど今、夢中になれる物が出来、その上皆に期待されている。


「お兄様、強くなって私達を守って下さいませね」とニーナが声を掛ければ、それはそれは嬉しそうに笑っていたし


「ディオン、カッコいいー!」とシェリーに褒められれば、照れ臭そうに笑っていた。


 この頑張りならば学園の特待生の生徒に選ばれる可能性があるだろうと、剣の稽古を始めて一月も経つとニーナの希望は確信に変わっていた。


(お兄様は後は一般教養だけですわね。こちらは今の調子ですと後一年も有れば大丈夫でしょう)


 そう思いながらも、問題は勉強の為の学用品だった。


 流石に一度もペンに触った事も無いのに、試験を受けるのは無理があるだろう。


 それにセラニーナの記憶の中の試験とは、今の時代の問題とも違いがあるだろう。


 近いうちに現金を集める事と、教材を集めなければならない。


 これからもやることはごまんとある。


 立ち止まっては居らないと、益々気合が入るニーナだった。




 そしてもう一人の兄弟であるシェリーの方は、基本文字はきちんと書けるようになり、今は順調に文字を覚えつつあった。


 けれどこちらも全て土の上での練習のみだ。


 実際に綺麗に書けて居るのかは、シェリーもディオンも早めに紙とペンを手に入れて見てみなければならない。


 それにしても……屋敷中どこを探しても筆記用具が無いことも可笑し過ぎる。


 貴族の屋敷ならば必ず何かしらあるものだ。


 まるでわざと文具を無くし、文字として残せないようにしているのか……


 はたまたどこかに隠してあるのか……


 そんな事を考えながら、ニーナはシェリーの淑女レッスンを始め出していた。


「お姉様、ダンスを覚えると王子様と踊れるかもしれませんわよ」

「おうじさま? 美味しそうな名前だねー」

「はい、美味し物を沢山持っている方ですから、きっとお姉様よりも背の高いケーキを用意してくださいますわ」

「本当?! 大きなケーキ食べたい! あたしダンスがんばるよー」

「お姉様、わ・た・く・しでございますわ」

「おお、さようでごじゃりました。わたくしがんばるのですわ、おほほほほー」


 シェリーの言葉使いも徐々に直して行っている。


 シェリーもディオンもニーナの真似をすればいいと思っている所があるので、少しずつだが言葉遣いも、仕草も改善し始めていた。


 そして何よりもこの兄弟の一番の才能が、顔が良いことだ。


 貧乏男爵家でなければ、シェリーもディオンもこの顔だけで婿や嫁の貰い手が決まりそうだ。


 けれどそう言ったたぐいの人達は二人の顔しか見ていない事になる。


 出来ればニーナとしては二人の内面の朗らかなところや、素直な所を見てくれる相手と結ばれてもらいたい。


 だからこそ二人の妹として、変なところへは婿にも嫁にも出すわけにはいかない。


 出来れば上位貴族の伯爵家辺りにシェリーには嫁いで貰いたいし、ディオンも評判の良い家の娘を嫁にもらえる事が出来れば望ましいだろう。


 もしシェリーが聖女として大成したら、一国の王子の妻になることだって叶うだろう。


 その時本人がどう選ぶかは分からないが、王妃になる可能性がゼロでないならば、出来る限りの教養は教え込んでおきたい。


 それにディオンも騎士として名がはぜれば、王女を妻にする事も出来るかもしれない。


 そう考えればニーナは出来るだけの事を、二人にはして上げたかった。


「お姉様、明日は刺繡を頑張りましょうね」

「うん、あたし……ううん、私、刺繡もすきです。がんばりますわ」


 ダンスレッスンが終わり、少し休憩に入ったシェリーに明日の予定を伝える。


 シェリーはディオン程の運動神経は無いにしても、体を動かす事が好きな為、ダンスレッスンは嫌いでは無い様だ。


 けれど一番好きなのは刺繡のようだった。


 ベンダー男爵家には端切れや、刺繡糸が何故かふんだんにあって、刺繡の練習には困らない。


 ただし少し年代物の糸には感じるが、そんなものは練習には関係ないし、刺繡してしまえば分かりもしない。


 シェリーの刺繡の腕前が一人前になったら、魔法陣を縫い込める刺繡の図案を教え込もう。


 それは聖女には不可欠になる。


 今、シェリーとディオンの二人の成長が、ニーナとなったセラニーナの一番の楽しみになっていた。



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