第3話 送る

彼女は、何者なのだろうか。


貧しいアパートで兄と2人で暮らすクテグ・テ・ジョンは、古い日本製のパソコンから送られてきた日本人からのメールを食い入るように見ていた。



日本と言う国は知っている。アジアの中でも島国にして先進国として世界と外交し、形落ちした日本製の商品は、この国でも有名で、安く買い取られている。



クテグ・テ・ジョンが、小説を書いているこのパソコンも日本製だ。



アジアが合同で主宰している小説のコンテストに自分の小説を送る前に、自国の言語が英語と違い、主語が逆だがエントリー出来るかと言うメールを主宰に送ったつもりでいた。



クテグ・テ・ジョンの兄は、金にもならない小説なんて親族の恥だ、小説を書いている暇があるなら、亡くなった母親の兄である伯父さんの畑で働けと急かす。



でも、小さな頃からの貧しい暮らしの中での唯一の夢だったのだ。小説家になる事は。



病で亡くなった母親が、貧しい生活費を切り詰めて、子供の頃から毎年10冊の本を買ってくれた。



親族からは、そんな仕事に役に立たないものを買い与えてろくな息子にならないと母親を罵ったが、母親は亡くなる直前まで本を買い続けた。




狭い部屋には二百冊以上の本が、なだれるようにえる。



「あなたの好きな道に、進みなさい」

かすれるような母親の最期の言葉だった。


昼間は、3歳上の兄と伯父さんの畑で日が落ちるまで畑を耕して、夜は明け方まで執筆をする。



貧しい国だが、文学ではアジアの一部とヨーロッパでは2、3人の著名人を出して作家となり海外で生活している。



伯父が自分の畑を、病で亡くなって死んだ母親を見捨て出ていった父親に似た、自分達兄弟に残してくれるとは思えない。



働かせるだけ働かせて、畑が大きくなったら自分の子供達に譲るのが関の山だ。



兄は、「母親の兄さんが俺達、兄弟を家族だと思ってくれているはずだ。お前は親戚を疑うばっかりだ」と聞く耳すらもたない。



パソコンで書いた小説は、海外の小説のコンクールに何度か入賞しかけては落ちている。



せめて、1つの賞にでも入賞して本を出版して海外に出て、貧しい暮らしから兄を楽させてやりたい。



その一心で母親が亡くなってから、クテグ・テ・ジョンは小説を書き続けている。



とあるヨーロッパのコンクールで落ちたが、1人の審査員に目をつけてもらい、もう1度だけ短編小説を送れとメールがきた。



コンクールが主宰する国に送ったはずのメールは、どうやら他の国に届き、気を取り直し、メールを打ち直した。



焦りと睡眠不足と疲れが募り、どんなジャンルの短編小説が良いのか?と送ったメールが、全く違う人の所に届いていたらしい。



帰ってきたメールは、アジアでも島国だが先進国の日本からだった。



「自分は日本人で、SAKURA DOBASHI と言う名前で、貴方の国の言語が分からず困っている。あなたの名前は、クテ・グテ・ジョンですか?」

英語で、返信が来た。



正直、中学しか出ていないため英語は読むのに、試行錯誤だったが何とか分かった。



「僕はクテ・グテ・ジョンです。25歳です。小説を書いています。あなたは日本人だと分かります。僕は小説家になるために、頑張っています。あなたに僕の小説を読んでもらいたい」

ヨーロッパの審査員からのメールは、数ヶ月経過しでもない。



他の海外のコンクールは、半年先までない。




クテ・グテ・ジョンは、藁をもつかむ思いで英語でメールを打ち、送信した。



「誰でもいい、誰かに届いて欲しい。母さんが最期まで望んでくれた、僕の夢だ」

クテ・グテ・ジョンは、パソコンを閉じて、朝日が上ろうとしている窓の外を見る。



どこかで太陽は、上がり、月は下がる。なのに、世界はこんなに不公平だ。




1間しかない部屋で、後ろで眠っている兄がそろそろ起きる。



朝日の光に、瞳から送り出された涙をぬぐい、クテ・グテ・ジョンは、もう1度だけ気の重い1日を連れてくる太陽をにらみつけた。




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