危険度上昇 後編
「……近くにいる中で一番平気なのは零士、か」
沈黙を破るように呟いたのは田神先生だ。
眉間に深いしわを刻んで考え込んでいる。
その顔が上げられると、とても言いづらそうに言葉を紡いだ。
「……とても、とても嫌がられるのは分かっているが……」
そう前置きをされて嫌な予感しかしない。
「聖良さんの護衛は主に零士に頼む」
「え⁉」
「はぁあ?」
ものすごく嫌そうな声が私と零士の口から出てきた。
そりゃあそうでしょう。
私達がどれだけ仲悪いと思っているのか。
田神先生だって分かってるはずなのに。
まあ、だから前置きがあったんだろうけれど。
「無理、ぜってーやだ」
「断固拒否します」
先に零士が拒絶し、私も続く。
零士と同じ意見になるのは
「二人とも……仲が悪いことは重々承知で言ってるんだ。将成は中等部で校舎が違うのに常に守れるわけがないし、何より近くにいる愛良さんの護衛についてもらいたい」
「……それは、はい」
浪岡君が私の護衛につけない理由は分かる。
私としても愛良の守りを薄くしてほしくなんかない。
「でも、それなら津島先輩や俊君でも……」
何とか零士以外をと他の二人の名前を出してみるけれど、それも却下される。
「駄目だ。学年が違っていてすぐに駆け付けられない二人をメインの護衛にするわけにはいかない」
「……でも……俺は愛良を……」
「危険度が増していることは分かっているだろう?」
零士は尚も
「え? 危険度? 増しているって……どういう……?」
私の護衛の話をしていて危険度という言葉が出てきたなら、私が狙われやすくなっているということだろうか。
でもどうして突然その危険度が上がってしまったのか。
戸惑いながら聞くと、答えてくれたのは高峰先生だった。
「危険度が増したのは……聖良さん、あなたが咬まれて血を流したからよ」
硬い声に高峰先生を見ると、その表情も強張っていた。
「え? どういうことですか?」
私が咬まれて血を流して、どうして狙われやすくなるというのか。
まあ、岸は狙ってきそうではあったけれど……。
本気で分からない私に、高峰先生は言い聞かせるように続けた。
「本当の“花嫁”である愛良さんには劣ると言われているけれど、あなたの血も愛良さんに匹敵するほど強い力と魅力があるの。あなたが咬まれて血を流した瞬間、学園中の吸血鬼がその魅惑の気配に気付いたわ」
「……え?」
話していることは何となく分かるのに、意味が理解出来ない。
理解が追いつかない。
学園中の吸血鬼が、その魅惑の気配に気付いた……。
気配とか、良く分からない。
そんな曖昧なことを言われても、理解出来るわけがない。
でも、高峰先生の目は冗談を言っているようには到底思えなくて……。
田神先生や、他の皆。
嘉輪までも沈痛な表情をしている。
理解は出来なくても、そういうものだと納得しなければならないことなんだと分かった。
私と愛良の血が、吸血鬼達には御馳走に見えるってこと。
魅了されるほどに、惹きつけられるものだということを。
そして、その気配を学園中の吸血鬼達が今日知ってしまった。
知らなければ良かった。
知らなければ、そういう気配はするけれど狙ってはいけないものだと理性が抑えられる。
でも、もう知ってしまったんだ。
理性では抑えられない吸血鬼も増えてくる。
……そういうことなんだろう。
「……分かってるよ。でもな、それは愛良も同じだろ? 俺が絶対こいつに付かなきゃいけない理由なんて――」
「あるだろう? 今さっき、それが証明された」
分かっていても私の護衛に付きたくない零士は尚も拒否する。
でも、田神先生に遮られた。
いざというとき
同じクラスで一番近くにいる石井君はダメだった。
津島先輩や俊君が駆け付けられたとしても、彼らに触れた場合はあくまで取り繕えるといった程度。
怖さがないわけじゃない。
結果、一番大丈夫で石井君の次に近くにいる零士が護衛に付くのが最良ってこと。
田神先生はそう判断したってことだ。
私と零士の仲の悪さを差し引いても、その方法が一番良いって。
「……でも」
それでも割り切れない零士に、今まで黙って見ていた愛良が近付く。
そして零士の手を握った。
って!
こら愛良! そんな奴の手を握るんじゃない!
親が子供に注意するような感じでそう思ったけれど、流石に場違いなので言葉には出さなかった。
それに、愛良の表情は真剣なものだったから……。
「零士先輩、あたしからもお願いします。お姉ちゃんを守って下さい」
「愛良……」
「あたしの方が狙われやすいからって言われて、言われるままに守られてきたけれど……そうしたらお姉ちゃんが襲われた」
段々愛良の声が震えてくる。
泣かせたくないと思っていたけれど、流石に無理だったか。
「だから、ちゃんとお姉ちゃんを守って下さい。あたしには浪岡くんもいるし、他の先輩たちも駆けつけてくれます」
目じりに涙を溜めていたけれど、決して流さず意志の強い目でそう言った愛良は格好良かった。
「……」
愛良……。
ずっと、愛良は私が守ってあげなきゃと思っていた。
でも、こんなに強くなってたんだね。
……ううん、違うか。
もっと、ずっと前から分かってた。
ただ、私が愛良を守ることで自分は必要な存在なんだって思いたかっただけかもしれない。
そうすることで自分を守っていたんだ。
……いや、愛良を守りたいって気持ちも嘘じゃないけどね。
「……分かったよ。愛良、お前がそこまで言うなら……」
「ありがとうございます」
渋々頷いた零士に、愛良はホッとした笑顔を向ける。
その笑顔の中に少しだけ寂しさを感じ取ったのは、多分私だけだったろう。
愛良……やっぱりあなたは……。
愛良の寂しさの意味を理解した私は、胸の奥がモヤモヤとしてくるのを感じた。
そんな時、コンコンと保健室のドアが叩かれた。
入ってきたのは、かなり汗をかいたのか髪が額に張り付いている正樹くんだ。
「ごめん、あいつ取り逃がした」
「え?」
申し訳ないと言った顔で岸を捕まえられなかったことを話す正樹くんに、嘉輪が驚く。
「あいつ、聖良さんの血を飲んだんだな? あり得ないくらい早くて、色々手を使って足止めしようとしたけれど、その足止め自体が間に合わなくなってきてさ……。ごめん」
項垂れるようにもう一度謝る彼を嘉輪が「いいよ」と止めた。
「聖良の血を飲んだのは分かってたのに、正樹一人に追わせた私が悪かったんだし」
そうして、「でも」と思いつめた表情になる。
「聖良の血で正樹が追えないほど早くなるなんて……思っていた以上に聖良の血の力が強いわね……」
「え?」
「……ここまでくると本当に“花嫁”が二人いる状態だわ。あいつも取り逃がしてしまったなら、気を引き締めていかないと」
嘉輪の言葉に、吸血鬼である他の面々は表情を硬くして気を引き締めた様だった。
当の“花嫁”である私と愛良は、彼らの様子に戸惑い、不安を募らせていった……。
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