護衛のイケメン〜三日目〜③
歩き始めると。
「まずは聞いても慌てないでくださいね」
と前置きされた。
焦ったり余裕のない態度でいたのは俊君でしょう。
とツッコミたかったが、早く本題を聞きたい私は黙って頷いた。
「昼休みに入ってすぐ、愛良ちゃんの学校に不審者が侵入したそうです」
「え?」
不審者と聞いて眉を寄せたが慌てたりはしない。
不審者と一言で言っても色々ある。
この場合学校の関係者以外が無許可で校内に入ればそれだけで不審者扱いになる。
侵入した人が刃物を持っていて、生徒や先生を切りつけたなんてニュースを見たことがあるけれど、そんなのは本当に稀なケースだ。
まさか、いくら何でも刃物を振り回す様な不審者が現れたわけじゃないだろう。
その予想は当たっていた。
当たっていたけれど……。
「迷いなく愛良ちゃんの教室まで来たそいつは明らかに愛良ちゃんを狙っていたそうです。当然零士が守ったし、他の生徒も不審者を足止めしてくれたらしいから学校からは逃げ出せたそうですけど」
「そんな……」
電話をかけてきたのは、丁度学校を出た時だったらしい。
「校内に侵入した不審者からは逃げ出せたみたいだけど、外に仲間がいる可能性もあるから今手の空いてるやつはみんな愛良ちゃんの守りに向かってます」
石井君や浪岡君。あとは田神先生までも愛良を守るために向かっているそうだ。
「俺も聖良先輩を家まで送ったら合流するつもりです」
「それって……」
もしかしなくても、かなり危ないってことなんじゃないだろうか?
田神先生まで出てきてるってことは、外に仲間がいるってほぼ確定してる様なものなんじゃないの?
だって、いるかどうかも分からないのに先生まで来る事ってないよね?……多分だけど。
それなら確かに私に説明している時間も惜しいと思っても仕方がない。
足を止めてまで説明を要求したことをちょっとだけ反省した。
でも、こうやって歩きながら話せるんだからやっぱり初めから話してくれれば良かったと思うんだよね。
とも思ったけど……。
一通り話を聞いて、私は深く息を吸って吐いた。
異常事態にドクドクと鳴る心臓を落ち着かせる。
慌てるなと前置きされた手前もあるし、取りあえず冷静にならないと。
そうは思っても、愛良の危機だというのに完全に冷静にはなれない。
早くなる鼓動で息苦しさを感じたけれど、私はそれを無視して口を開いた。
「その不審者達は、愛良をどうするつもりなのかな?」
護衛が必要なほど危険だと言われていても、どう危険なのかはちゃんと聞いたことがなかった。
この二日間は特に危険を感じなかったから気にならなかったけれど、今の俊君の様子を見ていると不安で気になってしまう。
殺されたり傷つけられたりという事はないと思いつつも、不安のせいで悪い方にばかり思考が向いてしまっていた。
「愛良ちゃんを狙っている奴らは沢山いるから一概には言えないけど、少なくとも傷つけたりすることはないと思いますよ」
そこまで聞いて少しだけホッとしたのも束の間――。
「連れ去って監禁くらいはしそうですけど」
続いた言葉に私は冷静さなんて吹っ飛んだ。
「……何、それ……」
恐怖からか怒りからかは分からないけれど、私の声は震えていた。
連れ去って、しかも監禁?
あくまでするかもしれないという可能性なのは分かってる。
でも、そんなことをしそうな奴らが愛良を狙っている。
その事実がとにかく耐え難かった。
冗談じゃない。
そんなこと、させない!
「ねえ、愛良は今どこにいるの? 家に向かってるの?」
「え? 家には向かってるはずですけど……邪魔されてる可能性が高いから回り道していると思いますよ?」
低くなった私の声に、戸惑いながらも答えてくれた俊君。
そんな彼に私は淡々と続ける。
「じゃあ、家に帰っても昨日みたいにただ待っている事しか出来ないんだね?」
「……」
この言葉で、昨日の様にただ待つだけなのはゴメンだと言う私の気持ちが伝わったのか、俊君は何も答えない。
答えないということは、肯定してるってことだ。
「今、愛良がどの辺りにいるか分かる?」
「……」
これにも答えない。
どこにいるのか分かるって事だろう。
分からないなら、知らないから家で待ってようと言うはずだ。
でも分からないと言うかと思ったからちょっと驚く。
けれど今はスマホの位置検索も設定していれば簡単に出来るんだから、何かそういう方法があるんだろうと思う。
「じゃあ行こう。私だって愛良を守りたいよ」
ダメだって言われるのは分かっているけれど、僅かでも可能性がないかとそう言ってみる。
真っ直ぐ私の眼差しを受けた俊君は、真面目な顔で「駄目です」と首を横に振った。
「ちゃんと分かってます? 聖良先輩も守られる対象なんですよ? 守る相手が一人から二人に増えるだけで、その苦労は倍以上になるんですよ?」
だから家で大人しく待っていてくれと彼は言う。
分かってる。
本当は俊君の言う通りにした方がいいのは、ちゃんと分かっている。
でも理性と感情は別物で、どんなに大人しくしていた方がいいと分かっていても、心配で不安で落ち着かない。
きっと家に帰っても、待ち切れなくて飛び出して行ってしまいそうだ。
でも足手まといになるだけだってのも分かってる。
「分かってる、分かってるけど……。あーもー! どうしたらいいのよ!!」
理性と感情がせめぎ合い、そのジレンマを吐き出すように思い切り叫んだ。
「おおっと、ビックリした。香月、何してんの?」
すると、思いもしない第三者の声が後ろから聞こえた。
「へ?……って忍野君?」
予想も出来ない人物の登場に、私は間抜けな声を出してしまう。
何でこんな所に忍野君が?
学校終わってないよね?
サボり?
何度か瞬きをしながら、私は固まっていた。
「俺今日これから歯医者でさ。何? お前らも早退?」
「あ、うん」
忍野君がいる理由が分かって、微妙に混乱していた頭が正常に戻る。
そっか、歯医者で早退ね。そういう事もあるよね。
サボり? とかすぐに考えてしまったのは失礼だったかも。
内心苦笑いしつつ、それはバレてないから良いだろうと結論付けた。
歯医者に行く途中、私達の姿を見つけて丁度声を掛けようとしていた所だったらしい。
そんな所にいきなり大声を出されたらそりゃあビックリもするだろう。
「んで? どうしたんだよ大声出して」
ビックリもするし、気になるよね……。
でも話して良い事なのかな?
そもそも愛良のことは直接忍野君には関係無いし。
私達と同じくらいか、ちょっと後に学校出てきたのなら隣のクラスの騒ぎは知らないだろうし……。
「えっとー……」
言おうかどうか迷っていると、成り行きを見守っていた俊君が口を開いた。
「忍野先輩、でしたっけ?」
「え? あ、ああ」
まさか俊君に話しかけられるとは思って無かったんだろう。
忍野君は目に見えて戸惑っていた。
「その歯医者って、急ぎますか?」
「え? いや、家で昼メシ食ってからゆっくり行こうと思ってたからまだ余裕あるけど……」
答えながら、戸惑いが困惑に変わっているみたいだ。
私も困惑する。
俊君は一体忍野君に何を聞きたいんだろう?
「それなら、聖良先輩を家まで送ってもらえませんか?」
『え?』
思いもよらない頼み事に、私と忍野君の声が重なった。
「別に良いけど……。お前はどうすんの?」
忍野君に頼むって事は、俊君は別行動をとると言っている様なものだ。
つまり私の護衛から外れる。
良いのかな? とは思うけれど、それ自体は別に良い。
実際今まで必要性を感じたこと無かったし。
でもそれなら俊君は何をするつもりなんだろう?
「俺はもう一人の護衛対象の方に行きます」
もう一人の護衛対象って……愛良の事?
愛良を守りに行ってくれるって事?
足手まといが増えるのは困るけれど、守ってくれる人が増えるのは願っても無い。
私が反対する理由はない。
「もう一人の護衛対象って……」
忍野君が詳しく聞きたそうに口を開いたけれど、そんな時間も惜しい。
私は彼の言葉を遮って俊君に話しかけた。
「愛良を守りに行ってくれるって事だよね?」
「はい。聖良先輩は連れて行けないけど、行けない先輩の代わりにちゃんと愛良ちゃんを守ります」
軽い調子の笑顔だったけれど、今は信用するしかない。
「聖良先輩は真っ直ぐ家に帰って下さいね。家の方に別の護衛を手配しておきますから」
「……分かった。愛良をお願いね」
そう会話を終わらせると、俊君はもう一度忍野君に「お願いします」と言って走って行った。
その姿を少し見送ってから忍野君の方を向く。
「じゃあ急な事で悪いけど、家までよろしくね」
まだ少し困惑していた忍野君は「ああ」と答えた後。
「少しは説明してくれるよな?」
と困った表情で確認してきた。
私も良く分かっていない部分もあるから詳しくは話せないけれど、少なくともこうなった経緯くらいは話さないと無いだろう。
送ってもらうのに説明も無しじゃあ流石に忍野君に悪い。
「うん。歩きながら話すよ」
愛良が心配でソワソワしそうになるのを何とか抑え、私は困り笑顔で返事をして歩き出した。
「ああ。……あ、そうだ。飴食う?」
私について来るように歩き始めた忍野君は真っ先に飴を勧めてくる。
そうして差し出されたのは朝と違っていつものべっ甲飴。
やっぱり朝はたまたま違っただけで、べっ甲飴も持っていたんだなぁと思いながら私はそれを受け取った。
「ありがと。お昼食べそこなってたからちょっとお腹空いてたんだ」
言いながら包装紙を開けて飴玉を口に放り込んだ。
うん、いつもの味だね。
「それにしてもホント、いつでも飴持ってるよね? だからみんなに飴屋なんて呼ばれるんだよ」
からかう様に笑って言うと、軽く拗ねた様に「うっせ、それはそれでいいんだよ」と口を尖らせて返された。
ま、確かにそのおかげもあって忍野君は別のクラスの人にも親しまれてるんだもんね。
悪いことじゃないか。
「それより、ちゃんと説明してくれるんだろ?」
話せよ、と促されて私は口の中で飴を転がしながら話し始めた。
とはいえ、本当に簡単なことしか教えられない。
私だけじゃなくて妹の愛良にも護衛がついていること。
私よりも愛良の方が危険で、実際に今追われて逃げているらしいこと。
愛良の中学校に不審者が入ってきて、それが昼休みに入って少ししてから電話で知らされたことを話しても大して時間は掛からなかった。
一通り聞き終えた忍野君は「ふーん」と相づちを打って、眉を寄せる。
「でもさ、それなら尚更お前の護衛もしなきゃならねぇんじゃね?」
「え?」
思ってもいなかった言葉に私は目をぱちくりさせた。
私の護衛なんて本当に必要なのか分からないし、実際今危険な目に遭ってる愛良にこそ護衛が必要だろう。
この状況を聞いて何で私にも護衛が必要だと思うのか、理解出来ない。
「元々香月にも――あ、妹じゃなくてお前の方な。こっちにも護衛が必要だって判断してたからお前にも護衛がついてたんだろ?」
表情を見て察したのか、忍野君はそう思った理由を話してくれる。
「うっ……まあ……」
「護衛がつくってことは、危険な目に遭う可能性があるってことだ。妹の方が危険だからって、お前が危ない事に遭わないって事にはならねぇだろ?」
「そう、だけど……」
理屈は分かったけれど、納得はいかない。
やっぱり愛良が心配だから、私よりも愛良を守って欲しいと思ってしまう。
「つまり、護衛が居なくなった今が一番危険だって事だよ。お前ホントに分かってんの?」
「っ……」
呆れた様な、少し怒ってる様な。
そんな調子で言われて、私は初めて自分の事を真面目に考えた。
多分、忍野君の言ってる事の方が正しい。
私は自分が誰かに狙われているなんて全く考えていなかったから。
「もし今襲われたら、俺お前連れて走って逃げるくらいしか出来ねぇからな?」
「うん、ごめんね……」
第三者である忍野君に言われて、私は自分がどれだけ考え無しだったのか分かった気がした。
「あ、いや……別に香月の事を責めてるわけじゃなくてさ。赤井だっけ? あいつが妹の方行くのが悪いって言いたいわけ」
フォローする様にそう話してくれたけど、俊君は私の意を汲んで愛良を守りに行くって選択をしたんだ。
私が大人しく家に帰っていれば、俊君はちゃんと私の護衛をしてくれていただろうから……。
だから、やっぱり悪いのは私の方だ。
「……」
「……」
何だか重い空気になってしまい、二人とも黙り込んでしまう。
……うっ、気まずい。
まあ、私の所為なんだけど……。
何か明るい話題はなかったかと辺りを見回す。
すると商店街の少し奥まったところに見知った人物がいる事に気付く。
あれ?
いやでも、こんな所に居るはずが……。
商店街をうろついている私服姿の男子――昨日私に告白してきた鈴木君がいた。
「何じっと見てんだ?」
足を止めてしまった私に忍野君も立ち止まる。
私の視線を追って彼も鈴木君に気付いたようだ。
「あ、鈴木? 何だあいつ、こんな所にいたのか」
呟いたその言葉にちょっと疑問をもつ。
「こんな所にいたのかって……。鈴木君学校に居るはずなんじゃないの?」
普通に考えればそのはずだ。
それとも何か理由があって今日は学校を休んだんだろうか?
「ああ。あいつ一度は学校来たんだぜ? でも授業が始まる前に早退したんだ」
何?
突然具合が悪くなったとか?
でもそれならこんな所をうろついてるわけ無いし……。
そんな疑問を浮かべている私を忍野君は困った様に眉を寄せて見た。
「ほら、今朝お前達の噂で持ちきりだっただろ? 鈴木が振られたって話も込みで」
「あ、うん……」
そうだ。
私と俊君が付き合ってるって噂を否定するので精一杯だったから気付かなかったけれど、鈴木君を振っちゃったって事も同時進行で広まってたんだ。
もしかしてそれで……?
「自分が振られた事がみんなに知られてしまってるってのと、ウッカリ原田に聞かれた所為でお前達の事まで噂が広まってしまったのを気に病んでさぁ」
「……」
私の事も考えてくれたんだ……。
「しかも俺が香月達付き合ってないっていうの話したら尚更落ち込んじゃってさぁ……」
そうして気に病んで居た堪れなくて早退したらしい。
うわぁ……。
何ていうか、私が言うのもおかしいかもしれないけど……ごめん、って気分。
主に悪いのは紛らわしい真似をした俊君と言いふらした原田さんだけれど。
「でも何かあいつ、様子おかしくないか?」
改めて鈴木君を見た忍野君がそう言うので私ももう一度目を向ける。
表情は良く見えないけれど、何だかボーッとしてフラフラ歩いている様に見える。
何かそのうち電柱とかにぶつかりそうな勢いなんだけど……。
「気分転換に外に出たけど、まだ気に病んでる。とかじゃ無いかな……?」
それ位しか思い浮かばなくてそう口にした。
本当、申し訳ない気持ちになってくる。
「……」
でも忍野君は黙ったままで応えてくれない。
どうしたのかと見てみると、眉間に深いシワを寄せて何か考えているみたいだった。
「忍野君?」
呼び掛けると、ハッとして私を見る。
「あ、いや。とにかく今はお前の方が大事だよな。早く帰ろうぜ? 本当に襲われたらシャレにならねぇし」
最後は冗談っぽく言ってニッと笑う忍野君。
何か誤魔化された気がしないでもなかったけれど、特には気にならなかった。
実際襲われたりなんかしたら折角愛良を助けに行った俊君が戻ってくる羽目になるかもしれないし。
そんな事になったら意味がない。
さっさと帰って、俊君が手配してくれるって言ってた別の護衛の人と合流しないと。
「うん、そうだね。立ち止まっちゃってごめん」
謝りながら、私は忍野君と商店街を離れ家へと向かった。
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