護衛のイケメン〜三日目〜②
「香月さん!」
四時限目も終わり、さあ昼休みだと教室内がざわめきみんなが昼食の準備をしはじめたとき。
一人の女子生徒が勢い良く教室に飛び込んできた。
名前を呼ばれた私は目を瞬かせ彼女の名前を呼んだ。
「原田さん? え? どうしたの?」
頭の痛い噂を流されて少なからず恨みを募らせていた相手だけれど、突然の登場にただただ驚く。
そんな私の席に真っ直ぐ歩いて来て、原田さんは躊躇いもなく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「え……?」
突然過ぎて戸惑う私に、原田さんは顔だけを上げて隣の俊君をチラリと見る。
「彼と香月さんが付き合ってるなんて話を言いふらして、ごめんね。鈴木君の話だと、そういう風にしか聞こえなかったから……」
申し訳なさそうに言い訳しつつ、彼女はもう一度頭を下げて謝ってくれた。
謝罪の理由を聞いて、やっと理解する。
誰かから噂は間違ってたって話を聞いて、慌てて謝りに来たって事だろう。
「……良いよ、分かってくれたなら」
私は小さく息を吐いて原田さんを許した。
悪い子じゃあ無いんだ。
悪い事をしたと思ったら、こうしてちゃんと謝ってくれるし。
それに、鈴木君の話を聞いただけなら確かに勘違いしてしまうかも、とも思ったから。
昨日の俊君の態度を見ればそんな風に思ってしまうだろうし。
勘違いを正す暇も無かったんだから仕方ないけれど……。
そうやって思い返すと、一番の原因は俊君があんな態度をしたせいだと思う。
いや、間違いなくそうだろう。
恨みがましく俊君をジト目で見やる。
でも彼は飄々とした笑みを浮かべるだけだった。
少なくとも、悪い事をしたとは
これは非難してもムダっぽいなぁ……。
内心ため息をつきながら、私は改めて原田さんを見た。
許して貰えて安心しつつも、まだ少し申し訳無さそうな顔をしている。
そんな原田さんに、私は噂は間違ってたって事をみんなに言っておいてね、と言ってこの場を終わりにしようとした。
なのに、それは隣の俊君に邪魔されてしまう。
「確かに付き合ってはいませんけれど、聖良先輩に決まった相手がいるのは確かだし、俺が聖良先輩狙ってるのも本当ですよ?」
と、とんだ爆弾発言をかましやがったこのチャラ男!
「なっ――」
『ええーーーーー⁉』
何を言っているのかと問う前に、その場にいた全ての人が驚きの声を上げた。
「ちょっと待って、俊君。何言って――」
「それどういう事⁉ 決まった相手がいるって誰⁉」
「あなたも狙ってるってことは、あなたの片想いって事⁉」
「ちょっと聖良、ちゃんと説明しなさいよー!」
改めて問い質そうとしても、周囲の怒涛のような質問に押されてしまう。
しかも私に説明を求めて来る有香の目がまた血走っている。
だから怖いって!!
大体説明して欲しいのは私もだっていうのに!
そう叫びたくても、津波の様に押し寄せてくる質問に口を挟む余裕がない。
しかも有香と同じ様に少し殺気立っている女子が数人いる。
本気で怖い。
この三日間で一番の騒がしさに、私はアワアワするしか出来なかった。
ピルルルル
「……?」
そんな騒ぎの中心で着信音が鳴り響く。
最初は分からなかったけれど、何度か鳴れば気付く。
だって、その音はすぐ隣の俊君の方から聞こえてきたんだから。
周りは気付かず騒いでいるけれど、俊君は気にせず電話に出た。
……この騒ぎの中で聞こえるのかな? 電話の声。
疑問に思ったけれど、相手がかなり大声で話している様でちゃんと聞こえているみたいだった。
「あ、零士? どうしたんだ?」
電話の相手が零士だと分かって、私は何だか嫌な予感がした。
昨日も愛良の護衛だった石井君から電話が来て、つけられてるって事を聞いた。
でも、昨日の今日でまた同じような事が起こるわけないよね?
まさかと思いながら俊君の様子を伺っていると、昨日と同じように眉間にシワを寄せる。
ううん、昨日より厳しい表情だ。
それは、嫌な予感が当たっていた事を意味する。
サッと、私の表情も厳しいものに変わった。
愛良に何かあったんだ。
「ああ、分かった。こっちもすぐに出る」
余裕のない表情と、低い声。
その様子に周りも異変を感じ取ったのか少しずつ静かになっていく。
「え? 何? 何かあったの?」
そんな声がヒソヒソと聞こえるだけになってから、俊君は電話を切って私に笑顔を向けた。
「スイマセン聖良先輩。今日はこのまま早退して帰りましょう」
理由も言わず、ただ一言謝ってから用件を口にする。
そんな彼に私は少し戸惑った。
まずは何があったのか知りたい。
早退するなんて話もそれが関係あるなら尚更。
そうして返事を渋っていると、有香が口を挟んできた。
「ちょっと待って、いきなり早退ってどういうこと? 聖良、今日でこの学校最後なのに。……それに、放課後のお別れ会だって……」
消え入るように言っていたけれど、最後の部分が一番の本音なんだと思う。
でも実際今早退したらお別れ会がどうなるのか分からない。
楽しみにしていたのは私だって同じだ。
でも愛良のことも心配で、全面的に有香の言葉に乗っかる訳にもいかなかった。
そんな私から視線を外して、俊君は有香の方に向き直る。
「すみません、お別れ会は中止にしてください。それどころじゃなくなったんです」
そう言った俊君は、笑顔でいるものの少し焦っているかの様だった。口調がいつもより早い。
「それどころじゃなくなったって……ならちゃんと説明してよ。赤井君だって参加してくれるって言ってたじゃない!」
対する有香も必死なのか、どんどん口調が強くなる。
私はどうすればいいのかと内心焦りながらも、二人の様子を窺うことしか出来ない。
でも他のみんなは有香の味方らしく口々に同意の声を上げていた。
「そうだよ。大体早退とか突然すぎだろ?」
「何があったのか知らないけど、そんなすぐ行かなきゃならないことなの?」
好き勝手に話し始めるみんな。
昨日妹の愛良がつけられていたことも知らないんだからそういう危機感がないのは仕方ないんだろうけれど……。
あまりに言いたい放題になってきて、「案外大した用事でもないんだろう?」なんて言葉が聞こえてきたときには流石の私もキレそうになった。
愛良が危険な目に遭ってるかも知れないのに、大したことないわけないでしょう⁉
そう叫んでしまう前に、隣からポツリと低い声が聞こえた。
「……あぁ、イライラする」
「え? 何?」
普段のチャラチャラヘラヘラした様子とは打って変わり、怒りを滲ませた低い声に私は聞き間違いかと思って聞き返した。
でも俊君はそれには答えず、周りのみんなに笑顔を向ける。
「皆さん、何か勘違いしてませんか?」
「え……」
「俺は聖良先輩の護衛としてここに来てるんですよ? お別れ会とかに参加する為じゃない。そしてその俺が今すぐ帰らなきゃならないと言っているんだから、相応の事態が起こってるって予想出来ませんかね?」
ビュオォーーー!
と、効果音付きで吹雪が見えた気がした。
表情は笑顔なのに、目だけが笑っていない。
寧ろ氷の様に冷たい。
その冷たさに凍らされたかの様にみんなは固まってしまった。
すぐ隣にいた私も同様でピキッと凍ってしまう。
俊君は周囲が黙った事をぐるりと見回して確認すると、氷像状態の私にいつも通りの笑顔を向けた。
「みんな分かってくれたみたいなので、早く行きましょう?」
いや、分かってないと思うよ?
これは明らかに俊君が威圧して黙らせただけだよね?
とは思うものの、口には出せなかった。
出てきたのは――。
「あ、うん。分かった……」
という了承の言葉だけだった。
***
「あ、上履きとか持って帰らなきゃ」
生徒玄関まで来てふと思い出す。
凍ったままのみんなに「早退すること先生に言っておいてね」と言付けしてカバンだけを持って教室を出てきた。
まだ固まっていたけれど、一応「うん」と返事があったから大丈夫だろう。
そういえば体操着とかも置いたままだったな。
どうしようかと少し悩んでいると、先に靴を履き替えていた俊君が「どうしたんですか?」と近付いてきた。
「あ、いや。体操着とか置いてきちゃったけど、どうしようかと思って」
「ああ、仕方ないですね。後で取りに来るか、誰かに持ってきて貰いましょう」
悩むでもなくそう言った俊君はやはり焦っている様だった。
早く学校から出たくて仕方がないという雰囲気が見て取れる。
その様子から愛良が昨日以上に危険な目に遭っているんだと予想出来る。
だから私は俊君の言葉に異を唱えることもせずただ「分かった」と頷いた。
そうして校舎から出た私達。
学校を出れば何があったのかを話してくれると思っていたのに、俊君はただ先を急ぐだけで何も言ってくれない。
校門を過ぎても何かを言うそぶりすら見せない彼に痺れを切らし、私は半分叫ぶように訊いた。
「ねえ俊君! 何があったの? 愛良に何かあったんでしょう?」
真面目に訊いたのに、俊君はいつもの調子で笑う。
「そんな必死になる程の事はありませんって。取りあえず家に帰りましょう? 帰ったら話しますから」
大したことがないように振舞う俊君。
そんなの嘘だってバレバレなのに。
さっきの電話を受けた時の表情。
明らかに焦っている様子。
それに今も、私が食い下がるのを防ぐかのように一息で最後まで言い切った。
怒りが、湧いて来る。
私は足を止め、静かに俊君を睨みつけた。
「聖良先輩?」
俊君は振り返って、足を止めた私を非難するように見る。
「何があったか話してくれるまで、歩かないよ」
決意を込めた私の言葉に俊君は溜息を返す。
「聖良先輩、わがまま言わないでくださいよ。とにかく急ぎましょう」
そう言って私の腕を掴もうとする彼の手をパシリと振り払った。
わがままを言う子供を諭すかの様な言い方。
実際それとあまり変わらないのかもしれない。
でも、このまま言いなりになるつもりなんてなかった。
何の説明もないまま言う通りにするほど、私は俊君達を信用していないから。
「聖良先輩、お願いですから」
困り果てたという顔をされても睨み続ける。
「歩いてくれないなら、抱き上げてでも連れていきますよ?」
真面目に少し怒った調子で言われても更に強く睨み返す。
無理矢理抱き上げて連れ帰ろうとなんかしたら、絶対信用してやらないんだから!
更にそんな決意を込めて睨む。
頭の少し冷静な部分で、今の私はきっと威嚇している猫みたいなんだろうなぁと思った。
数秒の睨み合いの後、観念したのは俊君だった。
「はぁ……分かりましたよ。歩きながら話します」
きっと無理矢理連れていくことも出来たんだろう。でもそれをせず話すことを選んでくれた俊君にホッとする。
少しは信用してもいいかな、と思った。
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