受付帖
神野さくらんぼ
第1話
駅に向かうエスカレーター
前の段に乗っている女性が着ているカーディガンが流行りのベージュのシアーな感じで凄く素敵
髪の毛をシニョンにきっちりとまとめ、ベージュのカーディガンの下はオフホワイトのパンツセットアップ。
黒の履き込まれたローパンプス
仕事用なのかしっかりとした黒のトートバッグを下げている。
きっとテキパキと仕事をこなす女性なんだろうと、なんの繋がりもない人のことをアレコレと妄想してしまう。
さてその女性の素敵なカーディガンの襟元からピロンと輪っかになっている紐がでている。
何のためにあるのかいつも疑問に思うあのリボンのような紐のようなもの
切って捨ててしまうにはなんとなくもったいない素材で、何かの意味があるのだろうといつも切れないでいる
その紐が首の後ろにピローんと出てしまっているのだ。
ここまで完璧に決まっているのにそこだけがとても間が抜けている。
なんて言って教えれば良いのか…言わずにそっと直したら驚かれるだろうか
もしくは恥ずかしさの裏返しで嫌な顔されるか
あのピロンで彼女の完璧なコーディネートが台無しだ。
この後大事な会議とかで人を負かすような意見を言ったとしてもピロンが出ていたら説得力がない。
もしくはああ見えてこれから好きな人に会うのなら、甘えた顔して微笑んでみけてもあのピロンで盛り下がってしまわないだろうか
気になる思いが止まらないままエスカレーターはどんどんと頂上へと向かっている
結局言えないまま彼女は改札を颯爽と通り抜けて行った。
そして私は週3日通っている不動産のパート先へ向かう。
受付兼事務として10時から16時までの仕事で
15年専業主婦だった私にはこれで限界の体力だ。
つくづくフルタイムで働いているままさんを尊敬する
仕事、家事、子育ての三刀流など大谷くんよりも偉業だ!
最寄駅にある職場のため、9時半までにひと通りの家事を済ませ、帰宅途中で夕飯のお買い物をし、帰宅して洗濯物を取り込み、お風呂の栓と蓋をしたらまず豆乳コーヒーを飲みながらテレビを見る時間が至福の時
週4日は家にいるのだからいつでもできることなのだけど、この仕事終わりの1時間がとても好きだったりする。
ところで、不動産には様々な人がやってくる。
独身、新婚、老夫婦…
それぞれに家を買うドラマがある。
子供のころから不動産広告の間取りを見たりするのが好きだったし、他人の人生を妄想するのが趣味な私にとって、間取りを作成したり、受付でお客さんのドラマを目の当たりに出来るのは最高の職場だ!
実際目の当たりにしているドラマの8割は妄想だ。
受付に漏れ聞こえてくるのは会話の端々なので、正確なところはわからない。身なり、仕草、言葉遣いなどからその人達の生活を妄想して楽しんでいる。
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本日のお客様
田中様
とても雰囲気の良いお二人。
どちらも身なりが洒落ていて男性も靴まで気を使っている様子が分かる。
女性はふんわりとしたスカートに割と身体の線を拾いそうなブラウスで笑顔が素敵だ。
私の推測によると、どうやら再婚の新婚のようである。
ご両人とも年齢は50を超えている感じ。
なのにお互い笑顔で会話をしている…
この時点で長年連れ添った夫婦でないと判断。
20数年連れ添って見せられる笑顔ではない!
あんな笑顔は新婚以来夫に見せたことも見せてもらったこともないからだ
かくしててこのお二人は再婚の新婚と判断した。
昔チャーミーグリーンのCMで老夫婦が手を繋いで笑っているシーンがあった
♫チャーミーグリーンを使うと手を繋ぎたくなる
というフレーズが流行り、学生の頃はあんな夫婦に憧れていたものだ。
数年前に親友3人でランチをしているときにその話題になり、あれは再婚の新婚だ!という結論に至った。
ものすごく腑に落ちた気がした。
田中様は都内のマンションをお探しだ。
キッチンは広い方が良いよね。そうだね。
この壁紙素敵ね。そうだね。
といちいち微笑みあっている。
再婚の新婚に認定した!!
良いおうちが見つかりますように。
そして再再婚がありませんように…
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