仮)無限槍ムゲンノヤリ
平嶋 勇希
プロローグ
最後の言葉
人が人を殺す。
何か目的を果たすために。
男はこの国を守るために立ち上がった。
彼女は彼を殺すためにここまできた。
彼女は怪物の軍勢を引き連れ、遥か東の地から、彼の国までやってきた。道中、通った村は全て壊し尽くした。なんら罪のない者も、女も子供も関係なく殺戮した。
彼女の激情が、焼き尽くした。灰になるまで。
だから彼女の後方には、自身の軍勢があるのみ。それ以外に人間の命の灯火は一つたりとも無い。
男は悲しんだ。男はこの国の王だった。この国を守るべく、槍を携え出陣した。
国の全ての兵士と彼女の軍勢は激突した。
地鳴りのような音が鳴り響き、国民の全てが恐怖した。汚く醜く殺し合う音が絶え間なく鳴り響き、それが城壁のすぐ外から聞こえるのだから。
だがやがてその音は聞こえなくなり静寂が訪れる。
戦いが終わったのだ。それは赤い夕日が沈む頃だった。
「……」
王が地に転がっていた。腹から血があふれる。死期を悟ったのか、それを抑えようともしなかった。
隣にはそれを見つめる女性。
女性は、王の隣で膝をついた。カランと音がする。穂先が血塗れになった槍が手を離れ、地面に落ちた音。
その女性は怪物の軍勢を率いた本人だった。彼女と王は直接激突し、互いを傷つけあった。
王は国を守るために。そして愛した女性の命を彼女らに奪われていたから、その仇討ちのために。
女性は自身を捨てた王へ復讐するために。この心の激情を、王を焼き尽くすことで鎮めるために。
王も女性も傷ついていた。身も心もぼろぼろに。
王は戦いの最中、ある事実に気付いた。自身の推測が勘違いであることに気付き、自身の愚かさを憎んだ。
王は動けなくなり、その隙を彼女は見逃さなかった。
彼女が放心した王に槍を突き刺した瞬間、
「――」
王が何かをつぶやいた。
その瞬間、王の言葉が耳の中を反芻し、過去の記憶がよみがえった。
それは、目の前にいる王と、かつて共に過ごした時の記憶。
小さな家の庭で、赤い夕日が沈む姿を眺めた穏やかな時間。
脳裏におぼろげにうつったその光景が、彼女の心の炎を少しずつ諫めていく。
彼女は、地に伏す王の手を握る。その手の上に、涙がぽとりと落ちる。
王の、こちらを見る瞳。その色がだんだんと薄くなってく。
それでも彼の表情は、あの時見た景色と同じように穏やかだった。
「
心を揺さぶるような、低く優しい声で名を呼ばれた。
王はおぼろげに映る彼女の姿を、彼女の瞳を見つめた。
「――」
そして、そよ風のように優しい声でそう言った。
――
それから時は経ち
誰しもが痛みを受けて生きている。誰もがもがき苦しみ生きている。戦いが絶えない世であれば、愛する者が殺されたときの悲しみ、戦う中で感じる恐怖や痛みを受けて。
戦いなどと疎遠になった世の中であれば、そういった痛みは消えるのだろう。だが別の痛みが人々を襲う。身の安全が保障された世界で生まれれば、それが当たり前であると感じ、自身に起こる現象の中から相対的に痛みや苦しみを受けるようになる。
例えば、経済的にも精神的にも不自由ない幸せな健常者に、突然罵声を浴びせればその人はとても傷つくだろう。立ち直れないこともあるかもしれない。精神的病に陥ることも。それは今まで幸せだったからこそ、苦痛が大きい。
誰かが目指した「平和」
それは暴力のない世界のこと。
それは理不尽な力により、苦痛を受ける者を少しでも減らしたいという願望。
多くの人が幸せで穏やかな時間が過ごせるようにという願い。
だが最初に「平和」の思想を掲げた者はそれを実現した後、その先を想像することまではできなかったのだろう。「平和」になっても、何らか苦痛を受ける人は減らなかった。
ただ、戦いの歴史を知る者は、この当たり前の「平和」が、過去の人たちが強烈なまでに望んだものであることを知っている。この「平和」をもたらした者に感謝し、嚙み締めるべきものだと。
――
人々が「平和」を享受し暮らす世界。
その像は、ある兵士の姿をかたどっているらしかった。だがその兵士が何を成したのかということは知る者は少ない。
その兵士の像は目を閉じていた。目を閉じた像など珍しいと、思う者もいたがその理由を知る者も少ない、いや今はもう存在しない。
一人の女が、像の前に立っている。
白いローブを来た女。
女は花束を持っていた。柔らかく花びらを広げる百合。
ゆっくりと像に近づいた。その女の姿はあまりにも美しかった。周りの人々や喧騒は、自然とその女を避けている。時間さえも。
像の肩に白い小鳥が止まった。
「……」
女はゆっくりとしゃがんで百合の花束を像の土台に置いた。まるで死者に手向けるように。
その像の土台には像の名前が彫られていた。「戦いの番人」と。
「もう、恐らく、大丈夫。ゆっくりとおやすみください」
女は息を漏らすようにそう囁いて、像の手を優しく握った。
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