第弍部 第十一話 武将の矜持
「…お前の処罰は後でだ。…今はとにかく、敵兵を殺して殺しまくれえ!」
「助けてあげたのに、なんですかその言い草。…まあいいや、明智隊もだ。殿に続いてこの場を——は?」
掟破りの援軍によって敵将を討ち取り、勝ちを確信した織田軍だったが。
しかし運命のねじ曲がりは、ここで終わりではなかった。
そしてそれは、越後側にとって。
先ほどの兼続の負傷とは違う、確実に死に至らしめるような光秀の背後からの一撃を喰らってなお。
「…バカな。確実に、心臓を貫いたはずだ」
義道は起き上がった。
貫かれた左胸から、滝のように血を流しながら。
一度倒れた時点で、彼の心臓は完全に止まっていた。そしてそれと同時に、鬼神化も完全に解けて
しまっていたのは確かである。
結果的に、それが功を奏した。
鬼神化を纏った状態で停止した心臓にとっては、鬼神化が解けた瞬間に訪れるとてつもない規模での筋肉収縮が、心臓マッサージのような役割を果たしたのだ。
しかしそんな奇跡が起きたとて、義道は人間である。致命傷となっている胸の傷が塞がるわけではない。
この蘇生は、失血死までのほんの数分と保たないような延命措置に過ぎないもの。
だがしかし、今の彼にはそれだけで。
「……武将の矜持、が…どんなものか……」
兼続の時の比ではない程の血を全身から流しながら、義道は手にしていた刀を鞘に納め。
北畠家の当主のみが持つことを許されるその宝刀を、実の息子である義銘に向けて放り投げた。
「父、上……!!」
「フッ……そう泣くな、義銘。…暴雷、最古参の五十騎残れ。残りは倅とともに後方まで徹底しろ」
すぐさま義道を囲むように集まってくる、彼の義父である北畠左近の代からの古参隊員たち。
彼らの瞳に涙は無く、そこにはただ誇り高き主への尊敬のみが浮かぶ。
「最期の我が儘だ、許せお前たち」
「滅相もございません。…主と共に逝けるのであれば、我らも本望ですゆえ」
「…すまない。ありがとう」
愛馬の鞍から矛を手に取った義道は正面に向き直ると、自身を奇襲し致命傷を負わせた織田軍の将、明智光秀に対してそれを突き付けて叫ぶ。
「知らぬのなら、教えてやる……!これが、俺の…北畠義道の矜持だッ!!」
「…だから、興味ないって言ってるだろう。…そもそもお前らは、ここから一人も逃げられない。明智隊、織田兵。奴らを皆殺しにしろ」
たった五十騎で、一軍に対してしんがりを務める義道と、暴雷の最古参兵たちを死地に残して。
血の涙を流しながら、それでも父の最期の願いを聞き届けるべく撤退を指揮する義銘に率いられて、上杉軍右翼が後方へと退がっていく。
織田軍は、当然すぐにでも上杉軍右翼に追いついて徹底的にこれを叩くべく、目の前のしんがり部隊に襲いかかった。
しかし、この進撃を再び義道が阻んだ。
死を目前に控え、最期の鬼神化を発動した義道は。
周囲の暴雷五十騎と一心同体のような連携を取りながら、あらゆる敵を跳ね除け続けた。
痺れを切らした信長と、その直下兵団である雷鬼が彼らを排除すべく戦いを挑むも、しんがり部隊は義道を中心に逆に前に出てこれを大いに屠り。
最期は織田軍の騎馬隊を半壊状態にまで追い込む獅子奮迅の活躍を見せると、彼らはようやくそこで力尽きた。
二日目で上杉軍右翼を再起不能にまで追い詰めようとした織田軍は、人智を超えた義道らの神懸かり的な粘りにを受け。
目論見とは真逆に、予備軍の待機する後方までの後退を余儀なくされたのだった。
実質的には上杉軍右翼の勝利と言ってもいいこの戦果だったが、この報告に対し歓喜の声を上げる者は一人もいなかった。
それほどに、この男を失ったことは大きな、大きな出来事だったのである。
幼くして祖国・魯郡を失い、越後に移って五十余年。
長尾家を、越後という国を三代に渡って支え続けた漢の、永い旅がここで終わった。
越後軍第一将・北畠義道。
信濃・上田城決戦二日目、上本高原にて戦死。
そしてその報せがこの戦場に伝わるには、もう一日を要する。
上杉軍左翼。すでに日が傾きかけたこの戦場には、凄まじい剣戟の音が響き渡っていた。
そしてそれは、二人の双子によるもの。
ではなく。
本陣急襲に失敗したことで絡め取られる形となった越後軍精鋭部隊と、上杉憲政の直下兵団「死蜂」・「狂蜂」が脱出路を切り開こうとしている乱戦の音である。
影虎が間一髪で憲政の危機を救ったところまでは良かったものの、指揮官不在となった前線部にはもはや伊達軍本陣を陥落させるだけの力は無く。
こちらも、どうにかして包囲を抜け出そうと四苦八苦していた。
そしてようやく包囲を抜けられそうな所まで来た彼らは、そこで信じられないものを目撃する。
西に聳え立つ巨大な山岳、ほぼ直角なその斜面を物ともせず疾走する騎馬隊の姿。
数は五千ほどだが、間違いなく只者ではないその軍団は。
後方に鎮座する上杉軍予備隊へと、真っ直ぐに襲い掛かった。
しかしその突撃は、上杉軍の予備隊を滅するために行われたものでなく。
予備隊の間を斜めに切り裂いて爆進するその騎馬隊の目指したのは、予備隊の対岸。
今まさに渦中の只中にある、上杉軍本陣だった。
しかし予備隊と言えど一万規模、五千で突破するには普通は苦戦するはず。
しかしその軍勢は、先頭を直走る一人の男に牽引されながら、一切速度を落とすとなく予備隊の横っ腹を食い破った。
先頭で矛を振るう、煌びやかな鎧の男——武田信玄は、猛った表情で叫ぶ。
「オイオイオイオイ、俺とも遊んでくれよ!!長尾輝虎ッッ!!」
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