第弍部 第八話 光と影の狂宴

上杉憲政の直下兵団である死蜂と狂蜂の突撃を助攻とし、援軍に来た輝虎たち越後軍の精鋭部隊までもを主攻として投入するという大規模な作戦。


開戦二日目にして、いきなり大胆な作戦に舵を取ったように見えるこの憲政の指揮だったが、これには一つ理由があった。


それは、一日目からフルスロットルで中央軍を攻め立てている武田軍の存在である。


三軍で足並みを揃えて侵攻するのではなく、明らかに一軍だけ飛び抜けた勢いで侵攻している彼らは、上杉軍将校や畠中三善の予想を覆すほどの進撃を見せ、今や第一防衛線を抜きつつあった。


その後方には第四まで戦線が用意されているものの、やはり最も戦力が充実している第一防衛線がたった二日で抜かれるとなると、その後の兵たちの士気にも大きく関わってくる。

だからこそ憲政は、相対している敵軍を討つ、もしくは戦力を大幅に削ってから援軍を送る必要があった。


そしてこの突撃によって上杉軍左翼の戦いは、二日目の時点であわや決着というところまで激化していく。


「な、なんだこの兵たちは…!」

「こちらの戦術がなに一つ…ギャアアッ!!」


「ウヴォオオオオオオオオッ!!」


「す、凄まじいですねあの兵たちは…」

ぶつかる敵兵の全てを弾き飛ばしながら爆進する狂蜂たちのその勢いに、後方でそれを見守っていた輝虎たち越後兵は舌を巻いた。


敵本陣までの防陣は3つ、いずれも一万ほどの戦力を有している大規模な集団ではある。

それに対し突撃する狂蜂の狙いは、まさに一点突破。そして彼らが崩したわずかな隙間を、すぐ後ろを追走する死蜂が広げながら走っている。


憲政の指示は、あの突撃によって空いた道を通って輝虎たちが敵本陣を落とせというもの。

しかしそれもこれも、彼らが敵本陣までの三つの防陣を退けなければ話にならない。


故に輝虎たちの心配は、果たして本当に七千弱ほどの彼らが敵の防陣三つを抜き切れるか、ということにあったのだが。


そんな心配は、全くの杞憂であった。


既に狂蜂たちの先頭部分は敵第三防陣の中腹にまで差し掛かっており、後方に続く死蜂たちは器用な戦い方で混乱する敵兵を上手く捌きながら、着実に穴を広げて行く。

「……輝虎様、あれは一体…!」

「アレが憲政様の、死と狂気をつかさどる必殺の鉞だ。…お前たち、そろそろ出番だ!行くぞ!」



上杉軍左翼、二日目。


長尾輝虎率いる越後軍精鋭部隊5000、出陣。



しかし。

ここまでは、憲政の作戦が完璧にハマったように見えていたこの戦場だったが。


ここからこの左翼の戦いは、思わぬ方向へと展開していくこととなる。



「交戦はするな、死蜂が開けた道を通って最短距離で進め!」

「オオオッ!」

輝虎たちが出撃し、死蜂が開けた敵第一防陣の風穴を通っている間にも、先頭を走っていた狂蜂は敵第三防陣までを抜くと、そのまま敵の最終防衛線ともなる本陣守りの一万へと襲いかかっていく。


……勝った。


さらに後方、上杉軍本陣にてその様子を見守っていた憲政は静かに確信した。


だがその瞬間、その場の誰も予期していなかった出来事が起こる。

敵本陣守りの部隊とぶつかった狂蜂の先頭部分が、そのまま天高く弾け飛んだのだ。


その後も追いついて来た狂蜂の兵たちが敵本陣を崩すべくぶつかりに行くも、そのことごとくが敵守備兵の前に敗れ去り。


輝虎たちが追いついて来た頃には、すでに狂蜂は半分ほどしか残っておらず。

彼らの勝利には不可欠であるはずの突撃の勢いも、完全に殺されていた。

「…輝虎様、いかがなされますか。そろそろ、後方の敵防陣も混乱から立て直してくるかと」

「…分かっている。前にいる敵は、力業で抜けるほど甘くはなさそうだ。……かと言って、撤退はできない」


輝虎も、この無茶な突撃の意味は理解している。ここで敵の戦力を大きく削るか、もしくは敵将を討てなければこの戦いに活路は無い。


まずどこかに崩せる点を見つけなければ話にならない。

よくよく前の敵兵たちを注視した輝虎は、ある事に気がつく。

まさかこの敵は。


「……高田隊、30騎率いて憲政様の本陣まで伝令に行け。俺たちはその間に、敵本陣に攻勢をかける」

「…輝虎様、何かお気づきになられたのですか」


「ああ。…いいか、伝達する内容はこうだ。俺たちが戦っている敵は——」



狂蜂が抜けない、次元の違う強部隊の出現。

呆然とそれを眺めていた憲政たち上杉軍本陣の将校たちだったが、前方の突撃部隊が再び動き出したことを受けてまた活気付いた。


「おお、先頭が入れ替わった……越後兵を中心に攻勢をかけるようだぞ!」

「しかし、いくら奴らでも勝てるのか…?あの本陣守りの敵兵、何か普通では…」

「そんなこと今言っても仕方がないだろう!…ん?何か、前方からどこかの小隊がこちらへ来るぞ。……憲政様!いかがなさいますか!」

前方の様子を見ながらがやがやと騒いでいた上杉軍本陣に、30騎ほどの騎兵たちが、ひどく慌てた様子で息も絶え絶えにやって来た。

「ああ見えておる。…よし、通せ」


彼らは馬から降りるや否や憲政たち本陣将校のもとへ走り寄ると、水をぐっと煽って一息ついた後に口を開いた。


「輝虎様から、憲政様への緊急のご報告を持ってまいりました!この先の戦の展開に大きく関わるものだと!」

この状況で、自軍の騎馬を割いてでも憲政たち本陣への伝達。

事態の緊急性を察した憲政は、伝令の兵に向けてすぐに続きを促した。


しかし彼らは一向に何も喋る気配はなく、焦ったくなった将校の一人が詰め寄ろうとしたところで。


伝令部隊のうち、先頭の男が憲政に向けて刀を一閃。

「…へえ、アンタ案外強いんだな」


しかしこれを憲政は矛で受け止めると、瞬時に下がって距離をとった。


この男、おそらく今のは全く本気ではなかった。

ただの小手調の一撃。


だがなんだ、今の異常な……手に纏わりつくような何かは。

冷や汗を流しながら、まだピリピリと痺れる手のひらを見つめる憲政の目の前で、その男は兜をゆっくりと下ろしていく。


その顔を一目見るや、憲政は矛を取り落としてその場に膝から崩れ落ちる。

「な、なぜじゃ。なぜ、お前がここにいる。……死んだはず、では…!」



「久しぶりだな、ジジイ。……さて、バカな弟はどこにいるのかな?…おれを殺し損ねた、無能な影虎はよお」









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