毛細血管拡張性肉芽腫

まさりん

第1話 はじまり

 マンションの外はうんざりする強い雨が降っている。アスファルトを強く叩く雨の音でテレビの音ですら聞こえにくい。まるで大量の馬でも走っているようだ。今年はきっと空梅雨だが、降るときは強烈な雨が降る。災害の発生しやすい状況だろう。外に出る用事は幸いないが、視界も効かないだろう。

 何も聞こえないなか、手鏡で見ながらくちびるに触れる。下くちびるの右端にこれができたのは、五月の下旬だろうか。触るとグミくらいの固さだ。思い切り潰せば潰せそうな気がする。

 一度、歯磨きをしていて、歯ブラシの毛で思い切り擦ってしまった。尋常じゃないくらいの出血が一時間弱続いた。ぷよぷよしたそれ、は少し大きくなったが、なくなりはしなかった。だから、できそうでも潰すのは得策ではないだろう。

 痛くはないが、なんだかくちびるの周辺がスースーする。くちびるの後ろから舌で触ると、堅い線維状の何かがある。

 一体何だろう? と思いながら、もう数週間経過した。

 数週間の間、何度もスマホで病状を検索してしまった。だが、ばっちりはまるものはなし。中途半端にはまった病状でも、治療には通院しなければならない状況であるという説明に行き当たった。

 できれば行きたくない。それはコロナ禍であるからだ。病院は基本的に調子の悪い人と体力のない人の集まる場所だ。誰がなにを持っているか可視化できない現状では、極力近寄らない方がいい。

 一番最初に疑ったのは、「ヘルペス」だった。だが、グーグルの画像検索で見ても、どうも症状が違った。次は粘液襄胞を疑った。これは唾液の分泌が異常で、袋状に腫れ上がる症状だった。が、画像などを見ても、くちびるの外側にできている所見があまりない。

 とりあえず、感染性の何かであれば、薬を塗れば治る可能性もある。いや治らなくても、なにか変化は見られるだろう。「マツモトキヨシ」で薬を買って塗ったが、状況は好転も、悪化もしなかった。これは病院に行くべきだということだろう。素人判断は命取りになる可能性もある。「口唇がん」であったら最悪だ。

 三十代の半ばから皮膚科に通っていた。そこで自然界の百倍の紫外線を身体に照射するという治療を受けていた。安全性が高いのだが、皮膚科の医師もこの治療を続けたくはなさそうだった。皮膚がんになる可能性があるからだ。

 雨の音でまだ外の音がかき消されている。地を叩く強烈な音を聞いていると、「早く決断しろ」と煽られている気分になる。いつも使っているリュックからスマホを取り出し、病院を検索する。

 近くの病院がいいか、病院は皮膚科か、口腔外科か。いろいろ考えながら、ディスプレイを見つめる。グーグルが近くにある医院の名前を検索結果ではじき出す。正直、どこに行ったら自分に合っているかはわからない。

 億劫になってしまった。

 都心に出るのははばかられるが、背に腹は代えられぬ。以前から通っている大学病院で診てもらうことにした。

 外を見やると、雨で景色が白く煙っていた。

 大学病院のHPを見て、どのように通院すべきか、確認を始めた。

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