第5話 デンキウナギとウナギは別物!

 潔は銃を取りに小屋へ戻った。別れた晋は家に戻ることもせず、背中を丸めながら辺りを彷徨している。湖畔の喧騒は、もはや晋の耳に入っていなかった。

 もうどうしようもない。花火大会を止める術がない以上、この光景が地獄絵図に変わってしまうのは防ぎようがないのだ。晋の体からは、すっかり力が抜けてしまっていた。

 日は中天にかかり、晋の腹時計も鳴り出していた。そろそろ家で腹ごしらえするか……そう考えた晋の耳が、妙な音を捉えた。

 音は湖から立っていた。ざばぁ、という音とともに水面が盛り上がり、何かが湖から飛び出してくる――


 ――まさか。


 盛り上がった水の山が割れて姿を現したのは、超巨大なオオウナギであった。その頭の大きさは晋たちが昨日遭遇した二匹よりもさらに大きい。


「あれ見ろ!」

「でかいウナギだ!」


 人々はオオウナギを見て叫んだが、すぐに逃げようとはしなかった。物珍しげに眺めたり、写真を撮ったりして騒いでいる。危機感など微塵もない。


「み、皆逃げて!」


 晋は咄嗟に叫んだが、遅かった。人々の足が動き出す前に、水面近くに立っていた若い女性が一人、一口で咥えられ呑まれてしまった。

 その捕食が、集団の狂騒の引き金となった。


「く、食った!」

「土用丑の日にウナギに食われるなんて嫌だ!」


 ぎらつく真夏の昼下がり、絶叫が湖畔にこだます。人々は我先にと、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。それを追いかけるように、オオウナギがずるっと水中から這い出してくる。

 どこかひょうきんにも見えるオオウナギの顔は、唖然としている晋の方を向いた。


 ――まずい。


 晋はオオウナギに背を向けて逃げ出した。だかこの怪物は思ったよりも素早い。晋とオオウナギの距離は、だんだんと縮まっている。


「食われたよ。僕の目の前で」


 智也の言葉が、今更のように思い出される。自分はどうやら、あの怪物魚に食われる運命らしい……晋の足はすでに疲労しきっていていたが、心もまた挫けかけていた。

 あともう少しで、オオウナギに食らいつかれる……という所で、オオウナギが突然左の方を向いた。


「……え」


 見ると、オオウナギの体の左側にラジコン戦車が突っ込んでいた。戦車の後部には生の鶏胸肉が括りつけられていて、砲塔上部にはガス缶が縛りつけられている。智也が作ったラジコン爆弾だ。

 生鶏肉の臭いに食欲を刺激されたのか、オオウナギは迷うことなくラジコン戦車を咥え込んだ。その様子を、樫の影に隠れていた潔は見逃さなかった。


「シン離れろ!」


 潔の声に応じて、晋は素早く飛びのいた。潔は怪物の口に散弾銃の狙いをつけ、引き金を引いた。

 だがその時、不運にも、オオウナギは肉だけ飲み込んで、ラジコン戦車を口から離してしまった。放たれたスラッグ弾はオオウナギの頭部に命中しのけ反らせたものの、致命傷には至っていない。散弾銃の中では一番威力の高い弾だが、流石にオオウナギ相手では威力が不足している。

 潔はもう一度、ガス缶に狙いをつけた。だがオオウナギはするすると蛇行して、すぐさまその場を離れてしまった。作戦は失敗だ。

 オオウナギの向かったその先には……広大なソーラー発電所がある。


「駄目だ! そいつに電気を食わせたら!」


 焦った表情の智也が走ってきたが、時すでに遅し。オオウナギの巨体が発電中のソーラーパネルを押し潰し、その身に強烈な電流を浴びてしまった。バチバチという音とともに焦げるような臭いが漂い、オオウナギの体から黒煙が立ち上る。


 グォォォ……


 ウナギに声帯などないはずなのに、オオウナギは天に向かって吠えてみせた。これが智也の言っていた変化なのだろうか……

 電気を浴びたオオウナギは、そのまま群衆に向かって猛突進した。逃げる群衆の後方からバチっという音がすると、後方集団の数人が頭から煙を上らせながら倒れてしまった。それだけではない。近くのキッチンカーが爆発を起こし、その爆風と破片が人々を襲ったのであった。


「ああ、駄目だった……」


 駆けつけたのは、智也であった。


「トモごめん……作戦失敗しちまった」

「シンくん、もう逃げよう。今のあいつは電気オオウナギだ。近づくと電気ショックでやられる。奴が他の人間を追ってる内なら遠くに逃げられるかも……」

「でもそしたら他の人たちは……」

「……どうせ花火大会で大勢死ぬのは変えられないんだ。全部僕のせいだよ。でも君だけは助けたい……」


 悲壮感を漂わせている智也の顔を見ていると、晋には彼の悔しさやるせなさが痛いほど伝わってきた。このまま終わっては駄目だ……それは晋の想いであったが、きっと智也だって同様のはずだ。まだ諦めてはいけない。 


「花火……そうか!」

「ん?」

「花火の倉庫だ! あそこに誘い込んで爆破すれば倒せる!」

「どうやって……」

「あそこにある肉を使う」


 晋が指差した先には、無人となったキッチンカーがあった。あそこでは唐揚げを提供しているから、鶏肉が手に入るはずだ。


「肉を倉庫まで撒いておけば誘導できるかも知れない」

「なるほど……やってみよう」


 晋と智也はキッチンカーを漁り、冷蔵庫から鶏肉を両手で持てるだけ持ち出した。これでは泥棒そのものだが、怪物を倒すためには仕方ない。


「トモ! 奴が来た!」

「よし、じゃあこれを投げつけよう!」

 

 二人はオオウナギに向かって、順番に肉を投げつけた。全長二十メートルはありそうな巨大な怪物は、肉の臭いを嗅ぎつけてか二人の方をくるりと向いた。


「やったトモ! 食いついたぞ!」

 

 倉庫に導くように、二人は持っている鶏肉を地面に落としながら倉庫へ走っていった。オオウナギも落ちている肉を拾い食いのように呑み込みながら、倉庫へと誘導されていく。

 二人は最後の肉を倉庫のドア前に置くと、さっと倉庫の裏側へ身を隠し、そのまま少し走って倉庫から離れ、小高い場所に立った。


「後はこれで……」


 晋の手にはライターとガス缶、そして市販の手持花火が握られている。さっき拾ったものだ。晋はガス缶の口に花火を差し、先端に着火した。花火を導火線代わりに利用したのだ。

 オオウナギの巨体が、倉庫に圧し掛かった。その一撃で、倉庫の屋根はぼろぼろ崩れ去った。

 晋は腕をぶるんと振るい、倉庫に向かって缶を投げ落とした。


 瞬間――凄まじい爆音とともに、爆風と黒煙が巻き起こった。ガス缶の爆発が、倉庫の花火に誘爆を引き起こしたのだ。


 よく晴れた空に、七色の花火が打ちあがった。それは世界を破壊するはずだった怪獣へ手向ける花のようであった――


「やった……やったよトモ!」


 晋はやりきったような清々しい表情で、智也の方を振り向いた。だが晋の喜び様とは対照的に、智也は神妙な面持ちで下を向いている。

 そして……晋は気づいてしまった。智也の体が半透明に透けていて、背後の木々が透過して見えていることに。

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