第2話 森の悪魔
「ゾイ、元気でやってる?」
「ネーニア」
ネーニアと出会った後、ゾイは彼女の案内で森の奥の寂れた小屋に住み始めた。何しろゾイは記憶喪失だったので、帰る場所がなかったのだ。
昔森に住んでいた木こりが残したというボロ屋であっても、ゾイにはありがたいものだった。
「中々楽しくやってるよ。ほら、今日も森の獣を捕まえて、スープを作ったんだ。あんたも飲むか?」
「あら、ありがと」
ゾイが差し出した肉がたっぷり入ったスープの皿を受け取り、ネーニアはそれを1口飲んだ。
「すっごく美味しい!ちょっとの間に随分腕を上げたわね」
「そうか?素材がいいのかもな。そういうネーニアはどう?最近」
ゾイの問いかけにネーニアは深いため息をつく。思い返されるのは村でのことだ。
「相変わらず…って感じかな。あんたのことを聞きたくても、村の連中、あたしを見ただけで逃げやがるんだから」
「悪いな。俺のせいで迷惑かけてる」
「気にしないで。あたしが好きでやってることなんだから。あの村にあんたみたいな訳あり連れてったらどうなるかなんて考えたくもないし」
それがネーニアがゾイをこんな森の奥に住まわせている理由だった。
ネーニアの住む村は異端者に排他的だった。ネーニアも魔女と知られてからずっと村人達から避けられている。そんなところに記憶喪失の男など連れて行ったらどうなるか…少なくとも愉快なことにはならないだろう。
「その魔女っていうの?ネーニアは本当にそういう存在なのか?」
「ええ、もちろん。あたしは魔女よ。だけど使える魔法はひとつだけ。後は薬草を煎じたりだとか古語を読んだりしかできないけどね」
「…それのどこに恐れられる部分が?」
「魔女ってだけで恐れられるもんなのよ…この世界ではね。特にこの村ではそれが顕著。昔、村の権力者が魔女に騙されたとかで。全く、いい迷惑よ」
ネーニアは歴とした魔女である。しかし、そのことを笠に着て悪さが出来るほど力のある魔女ではなかった。そうであっても、この世界は魔女を許容しない。仕方ないことだと諦めつつも、魔女として生きる厳しさを感じずにはいられなかった。
「ふーん。随分チキンの揃った村なんだな」
興味なさげにゾイはスープを飲む。ネーニアはゾイのこういう部分を気に入っていた。
ゾイは記憶喪失だからか元来のものか世間一般の常識とは違う感性を持っている。魔女であるネーニアのことを欠片も恐れないし、逆に過剰に恐れる村人をくだらないと感じるのだ。
それがネーニアにとって何より嬉しいことだった。ゾイと出会ってから一月ばかり。最初は少し面白いと感じただけ。気まぐれに親切にした男だったが、今はもうネーニアにとってゾイはかけがえのない友人になっていた。
「ネーニア、俺は別に記憶を取り戻したいわけじゃない。ここでのんびり暮らすのも結構楽しいし。あんたが嫌な思いをするんなら、別に村で情報収集なんてしなくていいんだから」
「でもずっとここに住んでるってわけにはいかないでしょ。危ないし」
「危ない?命の危険を感じたことはないけど」
「この家、ボロボロだったけど、住めないことはなかったでしょ。どうして捨てられたと思う?」
「おいおい、持ち主が死んでその怨霊が出るとか言い出すんじゃないだろうな」
ゾイが冗談めかして言った言葉はあながち間違いではなかった。
「当たらずも遠からずってところね。ここに住んでた木こりは死ななかったけど、大怪我をしたのよ。森の悪魔にやられてね」
「森の悪魔?」
「ええ、この森に出る巨大な獣。魔獣だとか、森の主だとか呼ばれてる。それにやられたっていう木こりが這う這うの体で村に逃げてきて、それからこの森には人が立ち寄らなくなったのよ」
だからこそ、ネーニアのような嫌われ者が身を隠すのには最適だ。しかし、ここに永住するとなると、森の悪魔は脅威でしかないだろう。今はまだ、遭遇していないだけでひとつ間違えれば大惨事になる。
「ここに住むってなると、森の悪魔をどうにかしないとね…そういえば」
「ん?」
「今日のスープ、とっても美味しかったけど何の肉を使ってたの?あたしでも再現できるかしら」
「ああ…なんか、大きい熊みたいな獣だよ」
「大きい熊みたいな獣?」
「家の裏にまだ解体途中の残りがあるけど、見る?」
連れられた家の裏でネーニアが目にしたのは件の森の悪魔が食肉加工されている作業現場だった。
「森で襲われたから思わず蹴り殺してしまって。勿体ないから具材にしたんだ。あ、肉、持って帰る?」
「あんた…一体何者?」
森の悪魔を蹴り殺したと平然と言う男にネーニアは思わず聞かずにはいられなかった。
それに対するゾイの答えは簡潔だった。
「さあ?」
それからすぐに森の悪魔の噂は姿を変えた。人を襲う獰猛な獣の噂から、その獣を逆に殺して喰らう魔獣殺しの噂へと。
こうして、ゾイは森の悪魔と呼ばれるようになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます