いつか終わりはやって来る
292ki
第1話 はじまり
気付けば、男は見覚えのない森の中で寝っ転がっていた。
頭がズキズキと痛むので、手を当ててみればベッタリと血が付く。どうやら随分と怪我をしているようだった。片腕も使い物にならないようで全く動かない。
男は本気で動こうと思えば動けるが、さっぱり動く気の起きない現状に溜息をつくばかりだった。めんどくさい。その一心で男は傷だらけのまま地面に体を横たえたまま暫しを過ごした。
男がようやく動こうと思ったのは近くの叢からがさりがさりと何か意思あるものの動く音が近付いてきたからだった。
流石の男でも、この状態で野生の獣に襲いかかられる可能性を考えればめんどくさいなどとは言っていられなかった。漸く体を起こすと思った以上にあちこちガタついていた。
「チッ」
舌打ちをひとつ。何とか立ち上がり、その場から離れようと歩き出すのと、男の真後ろから音がしたのは同時だった。
咄嗟に振り向いた男は叢から出てきたものをくびり殺さんと動く方の腕を勢いよくそちらに伸ばし、寸前で止めた。
叢から現れたのは獣ではなく、金の髪と藍色の瞳を持つ美しい女だったからだ。
「あんた、誰?」
女は殺されかけたことなど全く意にも介さず、男に問いかけた。
男は問いかけに答えようとして、言葉に詰まる。そこで男は気づいた。自分にはこの森で目覚める以前の記憶が抜け落ちていることを。
「…わからん」
「はあ?」
唖然とする女を横目にズキズキと痛む頭を抑えながら男はその場にどっかりと腰を下ろし、うんうんと唸り始めた。女はそれを黙って待っていた。
「さっぱりわからん。俺は一体何者なんだ?あんた、知ってるか?」
暫く唸っても全く記憶は蘇ることはなかったので、男は諦めて女に問いかけた。
「あはは!!」
女が愉快そうに笑う。
「あたしがそれを聞いてんのに、あんたが分かんないっていうの?あんた、記憶喪失か何かなの?」
「多分?」
「多分…多分って!」
女はひとしきり笑い転げると満足して大きく息を着いた。そして、男の目を真っ直ぐに見た。男は女の瞳に映る自分を見て、初めて自分の瞳が金色をしていることを知った。
「あたしはネーニア。魔女よ。この森の近くの村に住んでて、ついでに迫害されてる」
ネーニア。それが女の名前だった。
「自分のことがわからないって言うんなら、あたしがあんたに名前をあげる。そうね…」
ネーニアは少しだけ考えて、すぐに答えを出した。
「ゾイ。それがあんたの名前よ」
ゾイ。それが男の名前になった。
こうして記憶喪失の男とまだ愛を知らぬ魔女は出会い、名前を与えられ、名前を与えた。
そして、ここからゾイの長い人生が始まったのだった。
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