XYZ−X

桜雪

第1話

XYZ -X


 なかなか進展がない、そんなときは偉大なるお酒の力を借りるのも手だ。

酒が回ればその人の本性が現れ出ると言われている、泣き出す人、威張り出す人、眠りだす人…。無論僕はどんな表情でも見たいが、僕が特に求めているものは「本心」。今日はいわば僕にとって決戦の日なのだ。

僕はセブンスターで喉を焼きニコラシカが入っていたグラスを傾けながら相手が来るのを待っている。会話が止まらないように予備のメビウスも買った。

腕時計の音が響く。来ない。

店の扉が開きヒールのカツカツと歩く音が響く。まだ,来ない。

「kamikazeを一杯。」『僕』はひどくアルコールを欲しがり、ふと何処か遠くへ消えてしまいたくなった。カウンターテーブルに両肘を乗せ、天井にある2つ3つのしみを眺める。きっとこのシミを見つめ続けていたら僕自身もシミになってしまう、と言い聞かせるも酔った『僕』にはひとつも響かない。「何してんの?」突如あざ笑うように、現実へと連れ戻してくれるように、笑みを浮かべた様子で身知れた顔が僕を見下していた。僕は敢えて視線を合わせぬように天井を見つめ続けた。「シミっていつまで経っても消えないよなぁ。しかも隠そうとして色々取り繕ってもそいつが溌剌と挨拶しやがる。」「まあそんなもんじゃない?」椅子に座り颯爽とブルドッグを頼み始めた。「シミなんてさ、何か対策しないと増えてく一方だしさ」ラッキーストライクを取り出しいつも通り右手の人差し指と中指に挟み、ライターで火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す、僕はその仕草をただ見ていた。「無理に隠そうとしてる人見ると馬鹿馬鹿しいってあたしは思うね。」灰をトントンと振り落とし伏せ目がちに僕を見つめる。「そういえば、あんたがこうやって誘いだすなんて珍しいね。明日雪でも降るんじゃないの?」頼んでいたブルドッグを少し口に含みながら話を切り出す。僕は慌てめきながらkamikazeのグラスに手をやる。「いや、そうでもないだろ。とりあえず、乾杯。」「意味わかんないけどかんぱい。」カツンとグラスカップが軽快な音を立てて重なり合う。「ブルドッグって、どんな味するの?」僕は飲んでいる横顔に目をやりながら訊ねる。「急に言われてもなぁ…、んー…、苦味の中に甘味があって…それでもやっぱり苦味が勝ってて…でも喉ごしは柔らかくて…恋みたいな味」微かに微笑みながらカクテルグラスの飲口を人差し指で一周なぞる。低く響くコントラバスの音色とそれとが相まって僕は鼓動が早くなっていくのを感じ、臓器が口の中からニュルっと飛び出てしまいそうな錯覚をおぼえた。曇天の中、どこか寂しげにヒナギクを愛でていた黄色の「何か」が僕の気配に気がついたのかこちらを凝視し近寄って来る。よく見ると人間と同じ四肢の「ようなもの」があるが、僕はそれが何だかわからず怯えてその場に立ちすくむ。「何か」は何も言わず大きな口を開けますます僕に近づいてくる。腹の中から「何か」は赤い木の実を大量に産み出し、手らしきもので掴み僕に差し出してくる。「僕には必要ない。」僕は拒否するものも「何か」はただただ僕を睨みつけ、まるでこの実を食わないとお前をこの大きな口で手も足もぐちゃぐちゃに、骨の髄までしゃぶり喰ってやると言わんばかりの威圧感で差し出す。僕はそれに抵抗しきれず、しぶしぶ差し出された木の実を一つ口にすると、

情けない顔で突っ立っている僕が鏡の前に映っていた。

僕は表情を変えず頬をつねる。痛い。抓った部分が少し赤らんでいる。

部屋の中を見回し、僕は鏡の前に立ち直す。何がどうなっているのやら。

僕は困惑と焦燥とで汗ばむ。

僕はまた部屋を見回す。


潰されたメビウスの空箱だけが静かに事の成り行きを語っていた。

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XYZ−X 桜雪 @REi-Ca

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