意思

 各所に設置されたスピーカーが共鳴して正午を告げる音が輪唱しているようだ。転送装置は未だ止まらない。おかげで、総務の清水さんがかなり怒っていた。仕方ないだろう。緊急事態なんだから。

 三日月が精神接続ダイブしてから30分の間に70館を越える図書館や郡役所から連絡があった。総務では激励や転送報告の電話が鳴りやまないらしく、清水さんが他館の連絡要件をメモにまとめてもってきてくれたがメモの束も相当な厚みがあった。

 【No.1224】がこの世に顕現してから30年は経過している。学生のときに読んだ『人喰本一覧』にも載っていた。最後にそれを開いたのは8年前。犠牲者の数は定かではないが、当時は180人前後が喰われていたはずである。そういえば、最新の情報は隣町の図書館から【No.1224】が廻ってきたときに200人とか言っていたような気がする。隣町では幸運にも犠牲者は出なかったが、潜本士ダイバー心理的瑕疵トラウマを抱えてしまったらしい。その潜本士はこちらの図書館に来た時に会ったが、可哀想なほど憔悴していたな。少し憐れな気がするが、天国と三日月のためだ。昼休みが終わったら、情報蒐集がてら電話をかけてみよう。


 司書の女性陣からの差し入れのお菓子を片手に、各館から送られてきた調査報告や事故報告書に目を通す。30分間でわかったことは2つある。

 そのいち、「本のイシ」はツユクサと仮称されている。誰が付けたのかわからないが、本人がそう名乗っているということは、おそらく潜本士の誰かがツユクサと呼び始めたのだろう。長い黒髪の女性の姿をしていて、耳飾りをつけているらしい。彼女は「人喰本」の「本のイシ」によく見られる特徴である「潜本士への干渉」を積極的に行うとのことである。「本」にはそれぞれ「イシ」が宿っているというが、それが何なのか、「本」はどこからやってくるかは未だにわからないという。ツユクサのイシは園田啓主人公天田うしおヒロインの願った結末を迎えることだととある潜本士は調査報告書に書き記している。ただ、彼らの願った結末というものがまるで分らないらしい。ツユクサは「本」のなかのニンゲンたちへの干渉を行っている様子は観測されていないそうだ。おまけに可能性の道筋ルートも分からないらしく、精神接続をしてツユクサのイシに反する行動をしたり、精神接続をしないでも何かに「共感」すると、行間で迷うらしい。

 そのに、これはおよそ10年前の記録から見られるのだが、「赤い髪の男」がいるらしい。彼は【No.1224】ものがたりにはまったく絡んでいないそうだが、潜本士に警告や迷った潜本士を救助するための行動をとることが確認されている。彼が何者なのかは調査がなされていない。いや、調査しようとした潜本士が悉皆「本」に呑まれていったそうだ。

 

 とりあえず、この2つを三日月に連絡しないといけない。三日月の石の欠片を手のひらに乗せると、熱が石に吸い込まれていく。目を閉じると、三日月が誰かと話しているのが見える。黒い髪の女だ。いや、でもこれは……どういうシチュエーションなんだ。三日月が女に抱き着かれている。疑問がわく中で一つの答えが落ちてきた。まさか、いや、そんな―。ツユクサ「本」のイシか。オレは立ち上がって、三日月のデスクから開きっぱなしの【No.1224】原本をとる。1ページ目に居るはずの三日月は―いない。三日月の象徴紋がないのだ。まずい、早々にツユクサの干渉を受けている。彼がツユクサに共感してしまうと、三日月あのこも喰われてしまう可能性がある。これは非常にまずい展開だ。現実世界で奇術を使うことは法律で禁止されている。だが、緊急時に限っては許されている。奇術はλ粒子魔素が練り込まれた特別な紙とイシを伝える道具ペンがあれば発動できる。「本」に付箋を貼ることは非常によろしくないことであるが、これはやむをえない。【No.1224】に付箋を貼ったオレはペンに意識を集中させる。ペンが燃えるように熱くなる。オレは付箋にペンを軽く走らせた。

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