第2話 黒い影

俺は『奏 浩二』、今年で24歳になる。

最近一人暮らしを始めたばかりだ。

安アパートの2階を借りて日々を暮らしている。


この時期になると心霊系の番組が増えて困る。

いつからか霊の存在を怖いと感じる様になった。

特に何って起こったわけじゃない。


何でこうなっちゃったのかな?



~十年前 浩二12歳~


・幸一

「金縛りって信じるか?」


夏の心霊番組を観ていた時、唐突に聞かれた。


・浩二

「俺はなった事ないから解らない。」


確か極度の疲れの時になるって聞いたな。

体は寝てるが脳が起きた状態だったっけ?


・幸一

「金縛りに合わなくても霊が出るって言ったらどう思う?」


番組を見ながらそんな会話が続く。

金縛りが全てじゃないだろう。

動画で霊から逃げてるものもある訳だし。

まぁ、殆どがフェイク動画なんだろうけどさ。

しかし兄貴がこんな話をするのは珍しいな。


俺は心霊現象を経験していない、なので心霊番組はバラエティーの一つだと認識しながら観ている。何だかんだで心霊系には興味があるのだ。


・幸一

「お前には言ってなかったな。」


話半分で聞いていた兄の声が何故か引っ掛かった。

『お前には話してなかった』今そう言ったよね?


・幸一

「俺には霊感は無いと思う、しかし妙に変な出来事に出くわすんだ。多分きっかけは子供の頃のあれだな。」


俺の興味は既にテレビから兄に移っていた。


・浩二

「何かあったの?聞かせて聞かせて!」


今思えば聞かなきゃよかったと思う。

そうすればビビる事なんてなかったのに。


・幸一

「俺は小さい頃から少し変な所があった、地獄の本とか妖怪の本とかを買って貰ってたからな。」


確かに家にはそんな本がある。

お陰で妖怪の名前に妙に詳しくなった。

地獄の構造や種類も知っている。

『地獄図鑑』や『妖怪図鑑』だったかな、何でこんなものがあるのか不思議だったが兄が買って貰っていたのか。


・幸一

「自分の事ながら変な物に興味を持ったもんだ、でも読んでみると結構面白いんだぜ?」


知ってる、俺も読んでたし。

詳しく書いてあるもんだからついつい読んでしまう、俺が印象的なのは『ガシャ髑髏』だった。ご丁寧に出没時間まで書いてあったお陰で小学生の低学年まではその時間までに寝ようと決めていたほどだ。


・幸一

「と言う訳で昔から怖い物が好きだったんだが、あの出来事以来怖くなっちまってな。お前が心霊番組を楽しそうに見ていたから少し心配になった。」


自分と重ねたって訳ね。

大丈夫だよ、俺はこんな話は信じていない。

どうやって映像を加工したのか考えるのも悪くない、そんな風に観ていたんだ。しかし身内の話なら興味はある。いつも真面目な兄貴がどんな話をしてくれるんだろう?その人柄を知っている分、嘘か誠か考える事が出来る。

暴いてやるから話してみてくれ。


・幸一

「本当は思い出すのも嫌なんだけどな、後悔したくないから話しておくぞ。」


良いね、その前振りは有効だよ。


・幸一

「あれは俺がまだ小学生のころだ、由美が幼稚園でお前が生まれたての頃だったな。」


俺が生まれたての頃ね。

ありふれてる設定だが無くもない。

ではゆっくり聞かせて貰おうかな。



~更に十数年前・幸一 8歳~


・母

「そろそろ寝るわよ。

そんな本ばかり読んで怖くないの?」


母が僕の心配をしてくる。

心配しなくても作り物だって知ってるよ。

だから怖くなんてない。


・幸一

「解った、パジャマに着替えるね。」


可愛い妹、更に弟まで出来た。

僕は色々知る必要がある。

幽霊は怖いものだってみんなが言ってる。

怖い物から妹や弟を護るんだ。

作り物だって教えてあげるんだ。


・母

「怖がらないのはいい事だけど少し心配ね、暗い道でも一人で平気なんだもの。」


母の心配もよく解る。

僕は一人で何処にも行かないよ。


『浩二:兄は昔から非常に良く出来た子だと母から聞かされていた、妹のお世話もしっかりするし言う事も良く聞いていたと言ってたな。』


・幸一

「それじゃあ、おやすみなさい。」


幸一は眠りについた。

この頃、彼らは社宅に住んでいた。

マンションを会社が買い付け、そこに従業員家族が住んでいた。集合住宅と言えば解るだろうか。


寝る時、幸一はいつも父と寝ていた。

社宅は広くない。

5人家族で住むには狭すぎるのだ。

母は妹と弟と隣の部屋で寝ている。


『浩二:間取りは玄関を入ったら直ぐにキッチン、その奥に仕切りがあり一部屋がある、そして横にもう一部屋があったらしい。まあそんな感じだったと聞いたが図で書いてほしいくらいだな。』


・幸一

「ん、、、なんか目が覚めちゃった。」


何故か目を覚ました幸一。

夜中に目覚める事は滅多に無い。

勿論たまにそんな日もあるが。


・幸一

「何か、やな感じだな。」


幸一は妙な違和感を感じた。

とりあえずトイレに向かい用を足した。

そして布団に戻って違和感に気付く。


いつもあったものが無いのだ。


・幸一

「何で、、、パパはいびきをしてないの?」


不思議だった。

父のいびきは毎日地響きの様に響く。

途中で息が止まったりするのでよく覚えている。

何より毎日一緒に寝ているのだ。

いびきが止まっている事なんて無かった。


・幸一

「たまたまかな?」


そんな時、何処からか誰かの足音がした。


パタパタパタパタ


今と違って昔の社宅近くは凄く静かだ。

だけど何処からともなく車の音は聞こえていた。

今は何も聞こえない。

何も聞こえないのだ。


・幸一

「、、、」


幸一は声を失った。


怖い


この感情で包まれ始めていた。


パタパタパタパタ


少し急いでいる様な駆け足の音。

ドンドン近づいている気がする。


幸一は父のいる布団に潜り込んだ。

鼓動はドンドン大きくなる。

それに呼応して足音が大きくなる気がする。


パタパタ、、、


足音が止まった。


・幸一

「、、、、」


幸一は何も言えない。

もはや何も考えられない。

動いちゃダメだ。

何故かそう思えてならなかった。


カンカンカンカンカン


幸一の心臓が跳ね上がる。

社宅の階段は鉄製だった。

その階段を駆け足で上がってくる音がするのだ。


・幸一

「はぁはぁはぁ」


息が切れてきた。

心臓がはち切れそうに痛い。


カンカンカン、、、


階段を上り切った。


ペタペタペタ


今度はゆっくりと歩いている音がする。

裸足?

ペタペタと音がする。


・幸一

「と、、隣の家の人だ。」


幸一はそう願った。


ペタペタ、、、。


音が止まった。

この部屋の前で止まった気がする。

そんなはずはない。


ガンガンガン

ガチャガチャガチャ


この部屋だ!

扉を開けようとしている。


ガンガン ガチャガチャ


怖い。

怖い。

怖い!


幸一は布団の中で必死に父の腕を抓る。

指先しか動かない。

怖くて動けないのだ。


ガンガンガン、、、


音が止んだ。


ガチャ、、、


玄関の扉が、、、開いた?


ペタペタ


部屋の中に入って来た?


スス―。


仕切りのふすまが開いた?


・幸一

「(嘘だ嘘だ嘘だ)」


声に出せない。

怖い、怖い、嘘だと信じたい。


グッ、、グッ。


布団の上を誰かが歩いている。

布団が沈むのが解る。


何度も何度も、、、

何周も何週も、、、


怖い、、、怖い。


グッ、、、グッ。


・幸一

「(起きて、パパ。助けて。)」


必死に抓るが父の反応はない。

いびきが無い。

反応もしない。


息をしていない気がする。

何でこんなに冷たいの?


ねぇ、、ぱぱ、、、生きてる?


幸一がそう思った瞬間だった。


足元から布団が激しくめくれ上がった。

宙を舞う掛布団。

幸一は目を見開いた。

そして見てしまった。


真っ黒の物体だ。

オレンジ色の目玉電球の光の中で見えた真っ黒い人型の影、その何かがこっちを見た。


ニタァァぁぁ


・幸一

「ひっ!」


奴が笑った。

その瞬間に両足を捕まれた。

そのまま一気に引きずられる。


幸一は声も出せない。

怖すぎて動く事も出来ない。

一瞬の出来事なのだ。

一気に引きずられていくのだ。

両足を捕まれながら。


永遠に感じた恐怖。

しかし終わりはやって来た。


玄関まで引きずられた時だ、真っ黒い何かは玄関まで来るとピタッと止まって消えて行った。幸一は直ぐに布団に戻って父にしがみ付く。


心臓が張り裂けそうだ。

あんなに冷たかった父が温かい。

自分が冷たくなったからか?

気が付けば父のいびきが聞こえる。

外の車が走る音も聞こえる。

怖い程の沈黙は無くなっていた。


幸一はいつの間にか眠っていたという。



~十年前・浩二 12歳~


・幸一

「次の日、親父に話したが馬鹿にされたよ、母さんは怖い話が苦手だから否定していたかな。ちなみに由美には話していない、あいつは母さんに似て怖い話が苦手だからな。」


思わず聞き入っていた。

両足を掴まれて引きずられた?

どんな気持ちだったんだ?


・浩二

「作り話だよな?」


思わず聞いてしまった。


・幸一

「そうだな、、、作り話だ。」


嘘だ、兄貴は噓をついている。

何で聞いてしまったんだ。


『この話は本当の話だ。』


・浩二

「嘘だろ、、、。」


・幸一

「とりあえず言える事は、あまり怖い話にこっち側から近づくなって事かな。」


そう言い残して兄は出て行った。

俺は直ぐに心霊番組を消していた。


俺は、怖かったんだ。



~現在・浩二 24歳~


心霊番組が始まるこの季節。

嫌でも思い出してしまう。

最悪な事にこの安パートも金属の階段だ。

手ごろな値段で職場から近い場所はここしかなかった、仕方ないとはいえチョイスを間違えたかな?


兄貴は言った。


『作り話だ』と。


だが俺には解る。

あれは体験談だ。

兄貴があんな話を作るわけがない。

あんな顔で話す話が作り話だと思えない。

だって、兄貴の事ならある程度分かるから。


今日も夜がやって来る。

願わくば夜中に目が覚めない事を祈る。

夜の街の喧騒が消えない事を願う。


何でこんな風になっちゃったのかな、、、


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