第四節の5 渡辺典子、高柳良一、竹内力
●四節の四/そして、渡辺典子がいる
ひとり忘れてはいませんか、というのが、角川三人娘のひとり、渡辺典子である。
のっけから、ポスト薬師丸ひろ子と言われるわ、おいしい所は原田知世に持って行かれるわで、割りを食っているような感じのする人だが、実際、そのデビュー作『伊賀忍法帖』を観ると、ちょっと悲しい気分になる。
ここで渡辺典子は、しとやかな貴人の女性、はつらつとした伊賀の忍び、魔性の女という三役をきっちり演じ分け、新人とは思えない実力を見せたのだが、山田風太郎の原作がエロティックなものであり、映画ではかなり和らげてあったものの、裸のラブシーン(さすがに胸から下が映る所は吹き替え)まである厳しいもので、可愛そうだった。映画そのものも、この時期の角川映画とは思えない出来だ。映像は暗いし、役者の力みようが古めかしいし、音楽が泣きの邦画そのものだ。まあ、個人的には松橋登*と成田三樹夫*、福本清三*が観られるのはうれしいが。
斎藤光正監督*がテレビの『大江戸捜査網』をやっていたからテレビ風になった、のではたぶんないと思う。この映画は角川春樹の第一回監督作品、バイクレーサーの話『汚れた英雄』の併映で、そっちがメインだったのだ。何しろ角川春樹は、映画の世界をつかむため自らバイクに乗ってみて、骨折するほどの入れ込みようだった。ちなみに『愛情物語』のダンスシーンでは踊って見せたそうだ。当然、予算もそっちへ行ってしまっていたのだろう。
説明するのを忘れていたが、当時で言うと、二本立ての映画というのは、二本でいくら、と一緒に決めてしまって、看板作品のほうに予算を注ぎ込んだ、その残りで二本目――前に書いたB級作品を作るらしいのだ。併映が地味になるのは、そういう現実的な理由らしい。
そんなわけで、渡辺典子はその後、赤川次郎原作の小品ミステリ映画に三本出ているのだが、出る映画出る映画、私とは相性が悪かった。
ただ一本、渡辺典子をちゃんと観たのは、大林=角川映画『彼のオートバイ、彼女の島』である。そこで私は、印象を変えた。
この映画は、バイク馬鹿・橋本巧(若き日の竹内力*)が、「バイクの後ろに乗っているだけでいい」沢田冬美(渡辺典子)を振って、「一緒にバイクで走れる」白石美代子(原田知世の姉、原田貴和子)とくっつく、という話である。ちなみにこの構図は、原作者の片岡義男が考える非日本的な男女の関係を追求したもので、情緒的ではないのだが、大林宣彦はかなり忠実に、それを撮って見せた。その分、本来の大林映画らしさは渡辺典子に注がれている。
控えめで大人しく、言ってしまえば四畳半が似合ってしまう。七〇年代的だけどそこがけなげな女の子の冬美が、ケダモノみたいな巧と合うわけがなく、泣きながら別れるのだが、別れたとたんふっきれて、しゃんと自立した「女」になってしまうのである。
その冬美が選んだ次の男が、巧の友人・小川敬一(高柳良一)。ピアノを弾く知的な青年だ。
『ねらわれた学園』以来、大根役者として名声が高く、『里見八犬伝』などはゲストで一カット出てきたとたん観客が笑い出した(実話)ほどの役者を、これだけ知的に見せたのは大林宣彦の魔術とも言えるが、高柳良一はこの後、役者を辞めて角川書店の編集者になってしまうから、実は知的な人だったのだろう。それを大林宣彦は作品で実証して見せた。
角川映画にはもうひとり、野村宏伸という生え抜きの男優がいるのだが、本稿では、文脈上、語ることができない。申しわけないと思う。
【注】
*松橋登――日本一のハムレット役者、と言われた二枚目。映画などでは、エキセントリックな役が多い。
*成田三樹夫――松田優作のドラマ『探偵物語』(テレビのほう)など、バイプレーヤーとして、やや神経質そうな役が多い。時代劇では、公家をやらせたら日本一。
*福本清三――最近では、「斬られ役」の代表として、『ラスト・サムライ』などにも出演した、東映の名斬られ役。朴訥とした人柄と、壁を横に走るなど物凄い身体能力で知られる。(後述)
・斎藤光正監督――テレビ『横溝正史シリーズ』の『獄門島』が、映画よりいい、とまで好評を得て、そのせいで角川映画の監督に起用され、『悪魔が来りて笛を吹く』(正確には角川春樹がプロデュースした東映作品)、『戦国自衛隊』などを撮る――というのが定説だが、市川崑監督の『獄門島』は七七年八月公開、斎藤監督のテレビ『獄門島』は七七年七月放映、『悪魔が来りて笛を吹く』が七九年一月上映の作品なので、やや微妙。真偽の程は定かでない、としておく。
*若き日の竹内力──いまのミナミの帝王からは信じがたいほどの好青年ぶりだった。ちなみに、大林監督の『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしき人びとの群』(八八年)では、なんと病弱なインテリ青年を好演している。
(この節、続く)
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