6-4 最後は褒められて……お土産までもらった…… すごく……つらい……

 葦名が神代家を出た後。

 葦名家の居間。

「祐介さん、どうして見ず知らずの子に力を授けたのですか?」

 畳間に横も奥行きも大きな座卓。奥には右に祐介、左が妻の遥(はるか)。祐介の向かいに契、妻の向かいに結歌。家族だけで揃っている。マスクは外している。

 責める妻に祐介は動じない。

「彼なら力を継ぐにふさわしいからだ」

「ふさわしいって、私はふさわしくないというのですか?」

「遥、前から言っているだろう。お前はその器ではない」

 妻は声を継げなかった。彼女は祐介に比べてやたらと若い。年の差は十では足りない。うろたえぶりに若さがにじみ出ている。

 結歌は父である祐介に懇願する。

「お父様。母さんの言う通りです。母さんに力が無いのに他人に与えるのは、順番がおかしいです」

 父である祐介は答えない。

 なじったのは母である遥だった。

「結歌、私の立場が分かってるの? 家の中で祐介さんと契と結歌が神に願いを叶えてもらえる力を持っていて、私だけ持ってない。私がなにかしても、あなたが歌を作ればあなたの好きなようにできるのよ。手のひらの上で転がされる人間の気持ちが分かる?」

「分かります。母さんに悪いと思っています」

「分かるわけないわ!」

 母の叱責に、結歌は思わず視線を逸らした。

 隣の契が結歌の方を向く。

「力についてはお父様の言う通りだ。一番分かっているのはお父様だ。何も知らない結歌が口を出すことではない」

「黙っていろというのですか?」

「黙っているべきだ」

 うろたえ声がうわずる結歌に、契は落ち着き払って答えた。

 結歌はうつむく。

「この話はこれ以上はしない。契、結歌、部屋に戻りなさい」

 祐介は言葉を強めて子ども二人に告げる。二人は立ち上がって居間を出た。

 二人の部屋は二階にある。契が前、結歌が後ろ、縦に並んで階段を上がり、二人それぞれの部屋の前に来たところで契が立ち止まる。

「お父様が一見で外の家の人を信用するなんて、珍しいね」

 ぶつからないよう結歌は立ち止まる。

「お父様の考えがよく分かりません」

 契は振り返った。口が卑しげに歪んでいる。

「お父様の好みの人物を紹介して、点数稼ぎかい?」

 結歌は首を横に振る。

「そんなつもりじゃないんです……」

 契は下卑た笑みを浮かべる。視線でねっとりと結歌の顔をねめつける。結歌は動けない。

「そんなことをしても、お父様は、結歌のことは信用してないんだよ。お父様にとって結歌は今日初めて会った人物よりも下なんだ。かわいそうに」

 結歌の心臓はとくとくと打ち、口は動かない。


 鍵をかけていた葦名家の玄関が開けられたのは二十一時過ぎのことだった。

 葦名律は居間の入り口まで来る。うつむきながら、とぼとぼと。

 あまりに遅い律の帰宅に、家具調コタツの前にあぐらをかいてテレビを見ていた父が振り返った。半分怒り、半分呆れている。律が座る前に呼びかける。

「律、遅かったな」

「ごめんなさい……」

「本当に勉強してたんだろうな? 何の教科を勉強したんだ?」

「現代文と近現代史……」

「こんなに遅くなって、親御さんには迷惑をかけたんじゃないのか?」

「友達のお父さんに……何しに来たのかと怒られたけど……最後は褒められて……お土産までもらった…… すごく……つらい……」

「お土産をもらったって、夕ご飯までごちそうになったんじゃないだろうな?」

「夕ご飯はもらってない……そういう家じゃないから……」

「褒められたのは父さんもうれしいが、お土産までもらったのはまずかったんじゃないか? きちんと返すんだぞ」

「どうやって返すの……」

「そんな事じゃ社会に出たら困るぞ。父さんが教えようか?」

「いい…… 自分で考える……」

 律は立ったままぽつりぽつりと答える。褒められてお土産までもらったと聞いて父は警戒を解くが、律の顔がかつて不幸があった日と同じくらい暗い。怒るつもりが心配になる。

「夕ご飯まだだったら、これから食べるんだろ? お父さんは何も作ってないけど、レトルトならあるから」

「いい…… 今日は寝る……」

 律はとぼとぼと居間を後にした。

 律はパジャマに着替えて布団を敷いた。布団に入ったら数秒と経たず視界が暗くなった。

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