☆直木賞作家作詞家 山口洋子物語

すどう零

第1話 私の生い立ちー十代の頃

 私は昔、ちょっとは名の知れたアーチストだったんだよ。

 今は闘病生活を送ってるけどね。

 作詞をさせればレコード大賞、日本作詞大賞受賞。

 小説を書かせれば、直木賞、吉川英治文学賞受賞の才女なんだよ。いや、女傑といった方がいいかな。

 断っとくけど、ただの才女というよりも、才色兼備だよ。

 だって、私は以前、銀座のクラブママを三十年近くも経営してたんだから。

 十九歳のときに、初めて銀罪に出店し、史上最年少のやり手ママだと話題になったくらいなんだからね。

 

 私はもう七十歳を超えている(77歳で2014年没)

 日本女性の平均寿命が、八十六歳だというから、まだまだ活躍できますよという声もあるが、そんなのは社交辞令であり、いっときの慰めであるということは、病魔に侵された私の身体がいちばんよく知っている。


 これから、私の半生記について語るつもりである。

 自分でいうのもなんだけど、泥のなかのは蓮のような人生だったかもしれないと、わが身が幸せな勝ち組の部類に入ることを、運命の女神に感謝している。


 私の出生のなりゆきは、いわゆる愛人の子ととして京都に生を受けた。

 当然のことながら、母一人子一人の非常につましい二人暮らしであり、父親の顔など知るよしもない。

 のちにわかったことであるが、実の母は私を育てることができなくて、他の女性に私を託したのだという。だから、育ててくれた養母と私とは血のつながりはない。

 決して、裕福ではなかったが、母は精一杯の愛情を注いでくれた。

 母は、掃除や洗濯はプロ級だったが、料理は苦手だった。

 それもそのはず。母はもとは祇園の芸者であったが、いつもプロのつくった見栄えのいい京料理ばかり食べていたからである。

 その影響だろうか。私は今でも、オムレツはおろか、卵焼きもつくれない料理下手である。


 故 猪俣幸章氏とは、作詞家と作曲家のコンビであり、お互いの家を行き来するほど、遠慮のない間柄だったが、私はいつもイノさんのつくった男の手料理に感心したものである。

 鉄釜でふっくらと炊き上げ、ピーンと立った白米、昆布とかつおで出汁をとった薄味の味噌汁、少々甘口のだし巻き卵。

 お昼のランチは、小洒落たレストランで井戸端会議をする主婦連中よりも、はるかに料理の基本がわかっている。これぞまさしく、グルメの真髄と持ち上げるとイノさん曰く

「しかし、男の手料理に感心しているようじゃあ、お前さんもいよいよ縁遠いねえ」


 私は、小学校時代は、成績優秀でずっと学級委員だったんだ。

 その頃から、近所の子供時代に、少々授業料をとって私塾を開業し、その授業料で有名私立中学に通ってたんだよ。

 成績は常に、学年で十番以内で、もちろん付属高校に進学し、将来は国立大学を卒業して、新聞記者を目指してたんだよ。

 しかし、母がパトロンとうまくいかなくなって、京都にはいられなくなったんだ。

 まあ、愛人なんて本妻からしたら敵そのものだし、身分の保証などどこにもないからね。

 法律にも保護されていないので、私たちにも勝ち目はないよね。


 手っ取り早く日銭を稼ぐには、水商売しかなかった。

 もちろん、最初から成功するなんて自信があるはずはない。

 一度でも、夜の世界に身を置くと、昼の世界に戻れないのではないかという不安もあった。

 しかし、そんな臆病風は、肌を突き刺す針のような寒さと、胃が空っぽになっていくというひもじさに比例して、徐々に切羽詰まったあせりへと変わっていく。

 とにかく、金がなければ生きていけない。

 衣食足りて礼節を知るということわざ通り、金がないとその日を過ごせない。

 私と母は、都会に出てきて十七歳のとき、喫茶店のウェイトレスを始めることにした。次第に厨房も任され、オーナーが競馬で外出している間は、私が店を任されるようになった。

 そうしているうちに、半年が過ぎてスナックを一軒、任されるようになった。

 スナックといっても、繁華街から少し外れたところにある、おんぼろビルの三階でカウンター六席だけの小さな店だったが、毎日繁盛していた。

 カラオケこそはなかったが、格安ボトルと私の話術で、客が絶えることはなかったがそんなある日、五十歳くらいの、資産家がなんと私に銀座のバーを一軒持たせてやろうというのである。

 私は一瞬、心臓がドキリとした。

 だって、十八歳の小娘に銀座のバー経営なんてできるはずがない。

 要するに、パトロンとして私は雇われママに仕えるちいママになるのだろうと想像していたが、なんとその資産家は、心臓の持病があり、一晩枕を共にしてくれたらという条件付きだtった。

 心臓の持病があるから、男としての機能はなくなってしまっている。

 私は、それを条件で枕を共にした。

 なんだか、開きかけの華のつぼみを、無理やり力づくで散らされたような、残酷で無惨な言いようのない虚しさが残ったがした。


 

 

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