第088話 狼のしつけ方
メフテム・アフンがふるさとの地に足を踏み入れることができたのは六年ぶりだった。
十二年前、突然当局に呼び出され、着甲試験に合格してから訓練に次ぐ訓練の日々だった。
訓練の場所までは、目隠しをされたまま連行されたので自分がどこにいるのかも知らなかった。
ただ、星座の位置や気候で、ウイグルよりは南の地方に連れてこられたことだけは理解していた。
歳経たろくに動けない徹攻兵を、相手が死亡するまで痛めつけるのは辛かった。
しかし自分が命令に従わなければ、ふるさとに残した両親や弟妹たちに何をされるかわからないと思えばこそ、自分に言い聞かせるように正当化して命令に従った。
新型と称して、装甲が薄くなるたびに性能が向上するのが不思議だった。
それでも命令以上のことを聞き出そうとはしなかった。
知りすぎれば、良くていじめが、悪ければ家族の身に何かが起こるかも知れなかった。
半年に一度、定期的に家族と面談できた。
とはいっても、当局の立ち会いの下だった。
訓練の内容には触れないよう固く口止めされていた。
もとより話すつもりもなかった。
それより家族の肌つやを見て普段の健康状態を思いやるのが精一杯だった。
十年前、言葉のろくに通じない外国人と敵地に侵入した時は、命からがら逃げ出した。
懲罰が待っているかと身構えていたが、ねぎらいといたわりの言葉を持って、軍高官に迎えられた時はほっとした。
現地で見たことは余さず報告した。
当局はよっぽど情報が欲しいと見えて、同じ事を何度も繰り返し質問された。
とにかく、落ち着いて、自分の答えがぶれないようにするので精一杯だった。
七年前、当局の許しがあったとして、父が同じウイグル人の花嫁を紹介してくれた時は嬉しかった。
一月ほど、家族と暮らせたが、また、訓練に引き戻された。
年単位で家族と会えない期間が続いたが、自分には妻がいる、自分には将来の一族があると思えばこそ、家族に会えない期間も耐えた。
三年前、突然見ず知らずの南の島を守れといわれた。
数十人にふくれあがった同じ境遇の徹攻兵と戦ったが、結果は惨めなものだった。
相手方の見事な連携行動にただただ翻弄されるうちに勝敗は決した。
残りわずか、絶体絶命となった時に、相手方に昔戦った者がいることに気がついた。
相手方から、自治や独立といった気持ちが送られてくるのに気がつきはしたが、メフテム自身には一族を守る以上の大きな気持ちは抱けなかった。
生き残される情けをかけられるくらいなら、いっそひと思いに処分されたかった。
しかし相手側の武器は長く、早く、正確だった。
アメリカ側の取り調べは精神的に過酷だった。
誘惑が豊富で、とにかく、心を動かさないように耐えた。
薬物も何度か使われた。
こればかりは、どうすることもできなかった。
今日もまた取り調べかと呼び出されたある日、駐米中国大使館に案内された。
中国大使は、メフテムをにこやかに出迎えてくれた。
ここからが本当の取り調べだと覚悟した。
形通りの取り調べがあったが、想像以上に段取りよく故郷に戻らされた。
メフテムを待っていたのは、両親と弟妹、そして妻だけではなかった。
見知らぬ、五歳くらいの男の子と、三歳くらいの女の子がいた。
面差しが、妻に似ていた。
妻が泣きじゃくりながら語った留守の様子は悲惨だった。
身ごもるまで何度も、代わる代わる兵士の相手をさせられ、拒否しようとすれば両親や弟妹に危害を加えると脅された。
結果、二人の子供を持つことになった。
メフテムは泣いた。
二人の子供には、父親の名を名字代わりに名乗らせるウイグルの伝統に従って、メフテムを名乗らせよう、といった。
そして、次は、俺の子を産んでくれと泣いて頼んだ。
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