第八章 侵攻戦線

第090話 日本の徹攻兵の成長

 重苦しい会議の雰囲気をぶちこわすように輝巳が「これさ、俺たちのやることじゃなくない?」と呆れ声を出すのを聞いて色川は、十二年前の尖閣強襲の会議を思い出していた。

 あの時も、この会議室で行くべきか行かざるべきかを議論していた。

 あの時と全く違うのは、実行力として使える圧倒的な徹攻兵の数と質。

 そしてあの時と全く同じなのは、日本の徹攻兵の最高能力を握る鍵が都築小隊の数名だという事実だった。


 二〇二八年九月の南沙強襲では、わずか十名の日本側徹攻兵による攻撃で、四十名を超える中国側徹攻兵を全滅させ完璧な勝利を収めた。

 国際紛争の島をASEANプラスアメリカ、イギリス、フランス、日本の国際機関の管轄に置くことによって、一定のバランスを取ることができた。

 何より、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾、中国と多様なプレイヤーが陣取り合戦をする複雑な南沙諸島において、その、どの島嶼も領有を主張しない日本が軍事的存在感をありありと維持して駐留する姿は中立且つ絶対的な安定感として存在し、それが故に各国は、全く独善的な自国の主張を国際協議の場で展開することができ、つまりは本音で落としどころを探り合うことができた。

 ファイアリー・クロス基地は二十一世紀のいいところまで、アメリカを中心とした国際管理下に置き、周辺海域、島嶼の安定状況を見て元のベトナムに帰属を返還させつつ、駐留兵力の変換をしてゆくのが一つの現実解として見られていた。


 徹攻兵という戦力は、国際社会において本当に特殊な能力として評価されていた。

 何しろ、技術に国境は無いはずなのに、着甲時強化現象はそれが発動する国が限られているという事実が特殊すぎた。

 国際的に公になっているアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の各国は、毎年の武力展示で、第三世代型までの徹攻兵力の維持を誇示していたが、国際連合の安全保障理事会、常任理事国五大国のロシアと中国が持たない力ということで、むしろ国際紛争の場に持ち込むことがはばかられる兵力にもなりつつあった。

 それだけにファイアリー・クロス基地はある種、徹攻兵達の国際的なオアシスともなっていた。

 特に第一世代型に対応したばかりの徹攻兵や、第二世代型に留まる徹攻兵にとっては、自分の対応する世代を第三世代に上げることのできる実戦の場として大いに重宝されることになった。

 中国人民解放軍海軍の艦艇が近海を航行する様や、時に実際に砲口を向け合うことも繰り返され、現実の緊張感は顕現者の心を研ぎ澄ますなにかがあった。

 第三世代型に慣熟すると、高圧砲であるラインメタルを実際に単独試射できることも、貴重な初体験の場として大きかった。

 徹攻兵最先端国の一つであるドイツも、その効果を無視しきれず、アメリカの小隊枠を一つ負担する形で、一小隊を送り込んできていた。


 色川は、ファイアリー・クロス基地の徹攻兵大隊指揮官としての駐留を二年で終え、二〇三一年には座間に戻ってきていた。自衛隊の徹攻兵保有数は三百名を超え、その黎明期から支えてきた指揮官として全国の各基地を飛び回る多忙な日々を過ごしていた。

 明理は防衛大学校卒業生としての幹部候補としての道と、数少ない三一式の対応徹攻兵としての二つの役割をこなしていた。また、戦後数少ない実際の戦闘経験のある兵士としての視点から、用兵に関する各種の報告書をとりまとめ、訓練計画に助言する立場もになっていた。

 皐月は、同じく数少ない三一式対応徹攻兵として後続の訓練を補助する傍ら、複数の小隊をとりまとめる中隊長としての役割を想定した訓練も計画し、実施し、同じ中隊長を育てる役割をこなしていた。

 道照は、二六式への対応を九十パーセントまで上げており、主に西日本のファイアリー・クロス基地帰りの徹攻兵への展示訓練をする傍ら、小隊規模で単一目標に向かって集中砲火を集める模擬訓練の指導に当たっていた。

 七生は二六式への対応を慣熟し、海上自衛隊による海中での動作を想定した独自の装甲服の開発支援に当たっていた。

 装甲服自体は開発コストが低いため、七生の慣熟度合いに合わせて数次の改良が加えられ、第五世代型二九式海中型装甲服として制式化されていた。

 十六分間と短時間ながら海中を時速十七ノット超の速度で移動し、海深一千メートルまで潜水できる能力は、季節による海中の温度変化や塩分濃度などの調査などに重宝され、日本近海の海中情報の更新に寄与した。

 ただ、残念なことに海自の第五世代型対応者が七生だけのため、後続の育成に手を焼いていた。

 二小は、すこし気楽な立場だった。

 父の世代と同じ特務予備自衛官という民間人に近い立ち位置での訓練参加ということもあり、色川に目をかけられていたこともあってのびのびと訓練していた。

 颯太が二十パーセントながら、快王が十パーセントながら最新式の三一式に対応していることもあり、都築小隊に変わる新たな新世代開発チームとして将来の発展を期待されていた。

 寿利阿は一般曹候補生として入隊し、一士から士長へと昇進し、それに伴って二小の面々も士長扱いとなっていた。

 詩央の戦場を見抜く目は本人の知らないところで伝説になっていた。

 南沙強襲の際、二小のモニターを操作して、混乱する戦場の中の弱点を、的確にメインモニターに映し出し小隊員に指示を出す様は、アメリカ海軍の空母打撃群にも共有されており、光条が敵兵を落とすたびに兵士達の歓声が上がっていたことが語りぐさになっていた。

 そして輝巳と遊は三一式のその脅威の防御力を生かして、実際の光条武器や光条砲の的役として、より実戦を想定した訓練を体験できる相手として自衛隊所属の徹攻兵全体の質を上げる立ち位置で、また、三一式の慣熟者という一つの権威として一目置かれる存在になっていた。

 日本の徹攻兵の最高戦力の日常の姿が、しょぼくれた平社員とくたびれた塾講師というのもまた、あるいみ気の利いた皮肉だった。

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