第080話 戦場の風

 輝巳が、莉央さんに平謝りだった出張から四ヶ月、年も明けて二〇二九年一月の第三週末、座間駐屯地の会議室では、テレビ会議方式でファイアリー・クロス基地との意見交換から始まった。

 輝巳達の意に反して色川はそんなに日焼けしていなかった。「ここはもはや徹攻兵の国際拠点です。

 徹攻兵は専用宿舎を出る時はプロレスラーのようなマスクをすることになっているんですよ」

 駐留する徹攻兵の総数は五十名余り。

 工兵や歩兵も多く、それらの要員の対応をする軍属も多く駐留している。

 総数では中国人捕虜の一万名と同等の規模になる一つの町としての機能を持つことになる。

 当然、どういう情報がどこから流れ出るかも計りきれず、徹攻兵の素性は極秘扱いになっている。

 色川が笑いながら話す。「国籍と階級は襟章などで通じるのですが、名前は偽名を使っています。私はローランド、穂村一尉はカトレア、相原一曹はエリカと名乗ってますよ」


 結局武器庫はほとんど無傷で接収することとなった。

 信管付きの爆発物も多数残されており、米軍側は爆破破壊を主張したが、自衛隊の工兵科が全て取り除けると主張し、クレイジーだといわれながらやってのけた。

 これにより、防弾設備のある大型の倉庫をそのまま接収することに成功した。

 海上空港としての通信設備も大型化、強化された。

 一時的に電源設備が破壊されたのは残念だったが、電源設備、浄水設備などは真っ先に整備された。

 将来的な構想として、フィリピンのパラワン島から海底ケーブルを引き、基礎電源とネットワーク回線を引くことも計画されていた。

 ネットワーク回線といっても、いわゆるインターネットではなく、軍の規制の敷かれたもので、SNSなどは制限されたものになるが、一部映像コンテンツやニュースサイトなど、駐留者の福利厚生も向上させることができると考えられた。

 日米を中心にフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイからも工兵や資材の協力があり、ASEANの共同拠点としての形が整いつつあった。

 ファイアリー・クロス礁はもともと、ベトナムが領有権を主張していたところ、一九八八年の海戦で中国が領有権を主張するに至った経緯があり、国際的な帰属が早速、交渉の議題に上がった。

 地理的にもフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイの中間にあり、各国の思惑がひしめいた。

 この点でも領有権を主張しない日本の自衛隊が中心となって警備に当たっているのは好感された。 

 島の北東部と南西部には地対艦ミサイル、地対空ミサイルが配備されているだけではなく、常時三小隊十二名の徹攻兵が、基地の各所を警備しており、その姿は、最新鋭、最先端の軍備として、畏敬の念を持って扱われた。

 構成は、自衛隊所属の徹攻兵が二十名、アメリカ所属の徹攻兵が十二名、イギリス所属ことオーストラリア出身の徹攻兵八名、フランス所属ことゼライヒ女王国出身の徹攻兵が八名の合計四十八名に、日本側選出の大隊長、アメリカ側選出の副官を合わせた五十名が常時駐留していた。

 これまではアメリカ海軍が、航行の自由作戦と称してファイアリー・クロス礁の近海を航行していたが、これからは中国人民解放軍海軍の駆逐艦が、ファイアリー・クロス基地の近海を航行することとなった。

 色川が顔をほころばせながらいう。「この会話は国際通信で、ASEAN各国と内容が共有されています。

 そのため、いえることといえないことがありますがひとつおもしろいことがありまして」

 輝巳が前のめりになってたずねる。「なんです大隊長」

 「ここで歩哨を三週間もこなすと、第三世代まで装甲服の世代を上げられるんですよ、各国の権限者達が」

 これには遊が驚いた「皆さん、ラインメタルを撃てるようになるってことですか?」

 「そうです。

 やはり現実の国際紛争の風に触れるというのは百の訓練に勝るものがあるのかも知れません。

 これにはアメリカもイギリスもフランスも喜んでいまして、比較的短期間のローテーションで顕現者を送り込んできています。

 そこにいる佐藤海士長と高橋三等海曹もここで〇六式の慣熟を終えました」 

 輝巳も驚きを隠さない。「九八式とか〇五式は入門編で、本格的な徹攻兵はラインメタルを単独運用できる〇六式から、ということになるわけですね。

 あ、うーん。

 ここで色川さんにいうことではないですが、個人的には世界地図が変わるのは徹攻兵起因じゃないといいなあ、とは思います」

 色川は頼もしくうなずく。「むろん、私も同じ思いです。

 中国の今後の動きには注意が必要ですが、まだ見ぬ徹攻兵保有国が現れた場合にも、パクスアメリカーナを軸とした秩序が維持されるよう、そして日本国土の防衛のために自衛隊は全力を尽くします」

 輝巳が苦笑いする。「長かった私や遊君の支援も、終わりがみえてきましたかね?」

 色川が困った表情を作る。「いやそのー、ここではいえないので詳しくは武多さんと相談して欲しいのですが、お二人にはまだお願いすることがありまして」

 輝巳と遊が裏返った声で返事をする「はい?」「え?」

 そして二人とも国際通信であることを思い出す。「わかりました」「ここまでにしましょう」

 二人、口を揃えて「ご武運を」というと通信を切る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る