第013話 第三の男そして第四の顕現者の法則

 着甲時強化現象研究の特務機関は長らく日陰者だった。

 スヴェン以外の能力顕現者が見つからなかった。

 軍で研究するものではない、とか、見世物小屋でも開いたらどうか、とまで言われた。

 均質なものの数こそが力の軍隊で、たった一人だけどれだけ強靱な能力があっても扱いようがなかった。

 基本的にスヴェンの能力は甲冑を身につけた時にだけ顕現した。

 甲冑は、金属で体を覆うため、着用者の体格に合わせる必用があった。

 往事の甲冑も高価ではあったが、現代では一度失われた職人技が必用で予算は馬鹿にならなかった。

 それでも、細々とながらも研究が続けられたのは、その高すぎる身体能力にあった。

 運動性を高めようと、薄手の甲冑を作ったが効果が全く現れなかった。

 可動域を広げるために、関節部分を省略した甲冑を作ったところ、しっかりと効果が顕現した。

 予算の都合で曲面の金属板ではなく平面の金属板を使ってみたところ問題なく効果が顕現した。

 関節部分を覆わなくなった分、同じ重量で厚みのある金属板を使ったところ、跳躍力や瞬発力が増加した。

 さすがに、ある一定の厚みを過ぎるとそれ以上効果が伸びなかったが、それでも、最も効果が高い形状に達した時には、むしろ運動性に支障があるように見えるほど肉厚になっていた。

 その状態でスヴェンは十メートルの跳躍を見せた。

 百メートルを六秒で駆け抜けるだけでなく、そのまま一分で一キロメートルを駆け抜けてまだ余裕を残していた。

 殴打力も目を見張るものがあった。

 煉瓦の壁を易々と打ち抜いて見せた。

 特徴的だったのは、作業のために薄手に作ってある指の装甲に全く歪みが現れていないことだった。

 ここで耐打撃性の検証が進められた。

 建築物解体用の大型ハンマーで殴打しても甲冑が歪むことはなかった。

 着用しているスヴェン自身も何の衝撃も感じない状態だった。

 耐弾性を評価することになり、最初は慎重に、撃ち込んでもスヴェンの身体には当たらない角度で、拳銃弾による試験が開始された。

 結論としては、スヴェン本人が痛みを感じるものの、「ちょうど、輪ゴムが当たった感じですかね」という程度で、甲冑には何の影響もなかった。

 戦場で実際に使われるのは小銃で、小銃弾でも試験が開始された。

 「さすがに痛いですね。何だろう、エアガンでプラスチック弾を当てられたような感じでしょうか」と言うことだったが、甲冑には歪みが出なかった。

 そうなると問題は関節部分だった。

 甲冑からの連想で鎖帷子はどうだろうと検討された。

 結論から言うと結果は良好で、慎重に検証を進めた結果、甲冑部分と同様に小銃弾でも痛みこそ感じるものの十分絶えうるものだと分かった。

 耐弾性としては対物ライフルと呼ばれる十二・七ミリ級の機銃弾には絶えられないことが分かった。

 甲冑の表面だけでなく、内側にまで歪みが出てしまうと脆性崩壊が始まる特徴があった。

 金属製なのに硝子のように砕けてしまう。

 砕けた箇所は、下に鎖帷子を着ていても通常の鎖帷子以上の耐打撃性を持たなかった。

 危険性は慎重に調査された。

 関節付近の甲冑が脆性崩壊を起こすと、その付近の鎖帷子も効果を失うことが分かった。

 弱点こそ明確になったものの、アスリートを凌駕する運動性能を持ち小銃弾をものともしない兵士という存在は、夢のような存在だった。

 もし、量産することができれば、だ。


 着甲時強化現象は身体能力だけでなく感覚も研ぎ澄まされることが分かった。

 甲冑の視界は悪い。

 甲部分には、防御性を考慮して横に二本のスリットが入っているだけだったが、スヴェンは周囲の状況変化によく反応した。

 特にペイント弾を使った摸擬戦では視界の外からの攻撃もよく避けたし、それに対して振り向くことなく反撃して見せた。

 聴覚も全般的にというよりは野生の勘といった方がその能力を的確に表現できた。

 敵性存在の物音には機敏に反応して見せた。

 嗅覚も鋭くなっていた。

 訓練された警察犬よりも、迷い無く目標を嗅ぎ分けた。

 何よりも研究機関を虜にしたのはその射撃感覚だった。

 固定された目標であれば、最初の弾で開けた穴に次弾を撃ち込むこともまれではなかった。

 銃というものはたとえ固定していても同じところに当てることはできない武器だ。

 スヴェンはそれをやってのけた。


 研究を重ね、運動性、可動域、防弾性の考慮されたそれは既に甲冑という言葉には似つかわしくなり、自然と「装甲服」という現代風の呼称で呼ばれるようになった。

 とにかく、スヴェン自身も着甲している時しか能力を発動できないことから、他に同様の能力を持つものが現れないかを確かめるため、スヴェンの装甲服を元に幾つかのサイズが作られ、軍関係者に着用試験が実施された。

 とは言っても、着用するだけで立ち続けることも困難な重量物を着込まされて、動けなければ終わりという試験なだけに、被験者からの評価は最低で、研究員達は惨めな嘲笑を受けることが続いた。

 それだけに二人目が見つかった時には歓喜の声が上がった。

 リーゼル・ヘルトリングが女性だったこともあり、性差は関係がないことが分かった。

 スヴェンを研究していたため、リーゼルの順応性が高いことはすぐに分かった。

 着甲時の身体能力も、最終的にスヴェンとリーゼルに違いはなく、たった二例目とはいえ、均質性は兵器としての評価を期待させた。

 ただ、二人の間に共通点を見いだすことができなかった。

 科学的な分析手法に基づきあらゆる体質面を調査したが、特徴的な共通点は無かった。

 研究者達は何か無いかと考え、彼らの経歴を調査するうちに、思想傾向に共通点を見いだした。


 タブーとされる戦前の体制に対してもできる限り公正な評価をしようとする姿勢。

 教会を否定するわけでもないが、神という概念と適正な距離を保とうとする姿勢。

 生まれ育った郷土を守りたいという姿勢

 自己能力を肯定できない自信のなさと、それでも自分を諦めきれずに努力を重ねる姿勢。


 研究員達は思想傾向について再教育を受けた経歴のある兵役経験者を中心に装甲服の着用試験を重ね、ついに三人目の顕現者、コンラート・ミュラーを見つけた。

 彼はリーゼルと比較して慣熟に時間を要したものの、最終的な着甲時の身体能力は先行する二人と同等だった。

 彼についても科学的な分析を行ったが無駄だった。


 占星術の趣味のある研究員が、三人の誕生日の日数差に六十四の倍数の関係があると計算し、手慰みに該当する日付の一覧表を作成した。

 別の研究員が苦笑いして眺めていると、十四歳になる息子の誕生日を見つけた。

 反抗期に入り始めた息子に、父親の仕事を見学させるのも社会勉強のうちだろうと、学校帰りに研究所に呼び寄せ、装甲服を着させてみた。

 案の定、立ち続けることすらできなかった。

 「こんなもの着けて動けるわけがないよ。父さん、何がしたかったの?」

 父の威厳を示したかったその研究員は、たまたま通りかかったコンラートに協力を依頼した。

 「これから見せるのは国家の軍事機密だ、絶対に学校で喋らないと約束できるか?」

 大人の世界にあこがれを抱く十四歳は、その言葉の魅力に逆らえなかった。

 着甲したコンラートが天空に飛び上がるように跳躍する様を見上げた十四歳は、「父さん、もう一度だけ着けさせてもらえるかな?」と呟いた。

 その研究員は父親として、息子が諦めやすいようにという優しさの意味で装甲服を着甲させた。

 顕現者の能力を直接体感した十四歳は、今度は軽々と飛び上がって見せた。


 こうして、第四の顕現者、フランツ・シュタイナーが発見されると同時に、誕生日の法則の有意性と、潜在的顕現者の能力発動には、先行する顕現者の運動能力を直接実感させることの有効性が高く評価されることとなった。

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