悲鳴の雨

九嶋

第1話 真夜中


 その日はいつもより光が部屋に入ってくる

夜だった。  


恐らく月に雲が重ならないのかもしくは雲自体が無かったのかもしれない午前1時ごろ


音楽を聴いて眠ろうとした時だったのは覚えている。RadioheadのKID Aを聴きながら眠るのが習慣だったあれは名作だ。


そんな真夜中に一本の電話が鳴った

スマホの画面を覗くと友人のカズキからだ


こんな夜中に電話をしてくるのは珍しいけど

稀に酔った勢いで電話がかかってくる事も

あったのでそうは驚かなかった


日頃からよく電話もしていた。とは言っても

『今どこ?』とか『ご飯行かない?』とか

一言二言だけだ


だが今回は平日の午前1時だ普通ならこんなに

夜遅い時間に電話はかけてこない


『なんなんだこいつ…』そう思い少し怒りを覚えたせいか


少し荒い声で『はい?』と出るとそこには聞き覚えの無い女性の声が聞こえてきた


少し息が荒かったが何を言っているのかは

僅かながらに聞き取れる

どうやら携帯電話を落とした様子だ


カズキの着信履歴に俺の名前があったから電話をしたようだ。スマホを落としたのか本当に迷惑な奴だと思っていたが少し様子が違った


俺が話す間もなく相手の女性は畳み掛けるように…そして少し焦っている様子で荒々しく喋り続けていく


話の順番もバラバラで理解も追いつかないが

分かった事は電話の先の相手はカズキの交際相手だった。


交際相手からの電話だ。

それだけでもタダごとじゃない事は読めた

話を聞いていくと



『カズキが自宅のクローゼットの中で死んでる…』



と話してきた。


それを聞かされて何故だか俺はあまり驚かなかった



眠ろうとした時に突然、電話が鳴り驚いたせいなのか心臓の鼓動がそこからあらかじめ早く打ち込まれていたからだろう


が、しかし『嘘だろ…』とは思った。

まだ信じられなかった


すぐに駆けつけていける時間でもないし

なによりそんなはずがないだろうと


事件に巻き込まれるようなやつでもないし

自殺するような奴ではないからだ



とりあえず『警察に通報しよう』と

電話先の彼女に提案して少しだけ考えて俺はすぐに寝てしまった



しかし案外とあっさりと眠れた。つい数日前まで仲良く話してた友達がいなくなったのに

10年近く一緒にいた友達が死んだのに

俺は薄情な人間だな…と思いつつも気持ちよく朝を迎える事もできた



全く死んだなんて実感が無かった

案外とそういうものなのかもしれない



死の知らせから1日が過ぎ俺も身の回りの友人に電話していったらどこから情報が回ったのか


もうすでにカズキの死の噂は広まっていた。


恐らくカズキの交際相手がカズキの携帯電話を使って手当たり次第に電話をかけたのだろう


恋人が亡くなったんだ混乱するのも無理ない

俺はその日のうちにカズキの携帯に

電話をかけるとカズキの彼女がまた電話に出た


まだ落ち着けていない様子だ

『どうしよう…なんで…』と言葉が震えていたのは電話越しからでも分かった


恐らく人間が一番危ない状況の時だ。

判断ミスを一番起こしやすい精神状態とも言えよう


申し訳ない事に彼女の事は俺は何にも考えていなかった。何も考えず頭の中は受け入れられない友人の死で埋め尽くされ


先のことも読まずになんとなく電話をかけてしまったんだ…


何分か喋り彼女は少し落ち着きを取り戻してきた少しずつだったが詳しく話し始めてくれた




第一発見者としてなのか警察から聴取を少しの時間だけ取られて

俺も後に詳しい話を聴取される事になる



そしてもう1日経ちようやく少しずつだけれど現実を受け入れ始めて


現実を受け止めようとする度にポロポロと心に穴が空いていき


何を考えてもその穴から全てがすり抜けるように何も考えられない状態が続いた


明日また会えるはずの人間がいなくなった

これからも一緒に生きて難しい事ばっかりだろうけど


こいつがいるなら楽しいかもな…って

そう呼べる相手が一人いなくなってしまった



これまでの話を整理すると



カズキの彼女であるユイさんがカズキと連絡が3日間取れなくてそれを心配したユイさんがカズキの家に行くと



カズキがクローゼットで逆さになって死んでいた



それを見て驚いたユイさんはカズキを起こすも目覚めず口元に耳を当てると呼吸をしていない


近くにあったカズキの携帯電話には心配して電話をかけたユイさんの着信やメールとカズキの会社からの電話


そしてさらに遡る事、俺の着信があったので

すぐに俺に電話をしたようだ。


カズキもよく彼女のユイさんに俺の話をしてたこともあってなのか


ユイさんはすぐに俺に電話をかけてくれたそうだ。


まさか俺もカズキとのあの日の電話が最後の電話になるとは思ってもいなかった。


ちなみになんの話をしていたのかは覚えていないまた他愛のない事だろう


まずユイさんがすぐに警察に電話をかけらなかった理由としては


発見したカズキの遺体の近くにあったよくドラマや映画で見る入れ物に入った白い粉


それを見て警察に通報してはいけない…と

咄嗟に思ってしまったのも恐らく彼が生きていた場合この白い粉末が薬だった場合

生きて戻って来たとしても逮捕されてしまう


と判断したためのようだ。


そして下手に隠したり荒らしたり触ったりすると捜査の邪魔になるのは確かな事だという判断は出来たようだ。


後に分かったのはそのパッケージに入っていた白い粉末は覚醒剤だったという事が判明した。



交際相手のユイさんと俺を含めた身の回りの人間が聴取を受けた時もこの事について詳しく聞かれた



部屋の鍵は閉まっていたようで彼女のユイさんが合鍵で鍵を開けて部屋に入ったようだ。


部屋が荒らされた形跡や遺体や衣服に争った形跡、損傷など無いことから自殺と断定


死因は窒息死


遺体の解剖を親族が望まなかった為、覚醒剤による事故死の可能性は絶たれたと後に知らされた


火葬まではあまりに一瞬だった


だが裏側ではカズキに関わってきた人々が様々な感情を生み出し傷ついて

悔しく苦しい気持ちになった事は想像ができる


死んでから燃えて灰になるまでがあまりに一瞬で『人間ってこんなもんなんだな…』と思ってしまった


それよりもっと昔に俺は祖母を亡くしているがその時と同じだ。


どれだけ同じ時間を共に長く過ごしても別れは一瞬だ


だからこそこれは本当に現実なのか疑ってしまう


全てが終わり、数日経った日

俺はカズキと共通の友人のシンジと会った


俺とシンジは1年に10回程度は遊ぶ仲なので

久しぶりの再会というほどでもない


シンジは葬儀で涙を流していた『何故?どうして?』『何があったのか』


もう二度と喋ることのないカズキに一生懸命問いかけていた



シンジの落ち込みようが酷かったので

俺も友達として普通に心配になってしまうのも無理はなく


俺も精神的にダメージを受けたが

それ以上にシンジのダメージが心配になった


そして葬儀が終わり数日経ってからシンジと会う約束をしたので

千葉県にある喫茶店でシンジと2人きりで会ってからはシンジと俺でカズキと過ごした共通の思い出話をしていた。


あの時はああだった。あの時こうだった。

10代の頃に俺とシンジとカズキは電車で座る所がないから


俺とシンジが身を寄せ合ってぎゅーぎゅーになって、その隙間にカズキを挟み込もうとしたらキツすぎて隣にいる見ず知らずの座ってるおじさんの膝の上にプルん!という感じで

カズキがハミ出して乗っかってしまい怒られた話しも


全てが素敵な思い出で過去の話だなんて信じられないくらいに昨日の事のようで


それなのに思い返すと遠い日の事でその時間と現実の残酷さに言葉を失っていた


するとずっと気になっていた話をシンジが振ってきた




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