第3話 承
翌日、今度こそは魔法少女キラキラルン☆ルンをリアルタイムで見ようと意気込んで校舎を出た武は再びグラウンドで一人の流川麦を見つけた。
「もういーかい………………」
「…………ああ、くそ」
しばし逡巡、後に一息はくと武は二日連続奇怪な行動をするクラスメートのところへ歩いて行った。
「いいみたい、かな」
「流川、何やってんだよ」
「あ、えっ」
普段クラスメートから意味もなくさけられてるせいか転校して何日ぶりに呼ばれた自分の名前に思わず流川は武から距離をとった。
女子かっ、と突っ込みたくなるが、女の子のように胸の上で腕をぎゅっと強張らせる流川の姿に武は罰の悪さを後頭部を掻いてごまかすことしかできなかった。
「え、えーと……いしだ、くん」
「おう」
おどおどする流川にとてもではないが高いと言えないコミュ力の持ち主である武は努めて落ち着いた声(どこからどうみてもそっけないようにしか見えないのだが)で答えた。
「ど、どうしたの」
当然、流川の警戒心が緩むことはなく、むしろさらに警戒されたのだが、気にしても仕方ないと思った武は話をつづけた。
「何やってるんだよこんなところで」
「か、かくれんぼ、だけど……」
流川の言葉に武はそれほど驚かなかった。なぜなら、昨日もさっきも流川はどっかの誰かにもういーかい、と言っていた。絶対というわけではないが、もういーかいという掛け声で始める遊びなんてかくれんぼぐらいしか武には思いつかなった。それよりも武が気になるのは
「かくれんぼ、だれと」
放課後にどこのだれとどういうわけでかくれんぼをしているのか、ということだ。それも二日連続で。自分だったらとてもじゃないが二日連続で友達とかくれんぼしようなんて思わないし、友達だって思わないだろう。これがエアコンの効いた部屋でジュース片手にできるテレビゲームなら話は別なのだが。
「え、えーと、それは……」
武の好奇心丸出しの不躾な視線に目を泳がせる流川はしばらく目じりと目頭を往復した後、小さい声で答えた。
「ぼっち」
「ぼっち……て誰、あだ名」
そんなあだ名の奴いたかなとクラスメートの顔を出席番号順に思い出す武に流川はうつむいて耳を真っ赤にして言った。
「ぼっちは、見えない。声だけが聞こえる。僕の友達」
「えっ、見えないってそれ……」
もしかしてイマジナリーフレンドってやつか。という言葉を武は全力で胃腸へ押し戻した。
(まじかよ、こいつ)
声をかけるんじゃなかったと後悔する武だがもう遅い。ここから自然に、流川を傷つけることなく別れられないかと今日の数学のテスト七十二点の頭をフル回転させて一つの答えをたたき出した。それは、
「お、おれといっしょに、かくれんぼしようぜ」
一緒にかくれんぼすることだった
「え、でも……」
「い、いいじゃねえか。かくれんぼ。俺も今日ちょうどやりたかったんだよ」
正直、五年生にもなってかくれんぼ、しかもそれほど親しくない同級生となんて地獄以外の何物でもないがこれを最適解と信じる武は必死の顔で流川を詰め寄り半ば無理やり流川の頭を縦に振らせた。
*
「……いーち、ぜーろ、もーいいかい」
じゃんけんで鬼に決まった(負けた)武は十のカウントを終えると流川の返事を待つことなくかくれんぼをスタートさせた。
「とっととみつけてキラルンの雄姿をこの目に焼き付けてやる。今日は昔仲たがいした友達をキラルンが体を張って怪人のアジトから助け出す神回確定の話だからな」
スタート直後あたりを見回す武だが当然何にも隠れる場所のないグラウンドに流川の姿はない。
「まあ、べたに考えれば体育館のボールとか入れる倉庫とか掃除用具が入ってるロッカーの中なんだけどな」
ぱっと思いついた二つの候補を武はあっさりと否定した。
「さすがに十秒でそんなところまでいけねえよな」
今回のかくれんぼ、早く終わらせたい武の強い要望で隠れるまでの時間が十秒というあまりにもなスピードかくれんぼになってしまった。ここから一番近い教室は一年生の教室なのだがそれでも一分はかかる。普段フットサルで足を鍛えている武でも三十秒は欲しい。
「だとすると……」
武はこの校舎で唯一直接グラウンドと室内がつながった教室。保健室に迷わず歩いて行った。
「まあ、ここだよな」
ベッドの中やベッドの下。理科室においてあるのと同じ人体模型が入れられた木箱など人が隠れられそうな場所はすべて探した。しかし、
「おっかしいな」
流川を見つけ出すことはできなかった。
この後、べたな隠れ場所である体育館、倉庫、一年生の全教室、もう一個上の階にある二年生の教室すべて探したのだが見つけることはできなかった。
「どうなってるんだよ」
昇っていた日も今や完全に落ちてしまい、廊下の先が暗闇で見えなくなる。
「はあ、はあ」
体育館で一時間近くフットサルをした後に校舎内を全力疾走。クラスの中では体力のある方の武もさすがに息が荒くなっていた。
「いい加減出て来いよ。まったく」
もういっそのこと、そう思っていた武の脳裏に一つの場所が思い浮かぶ。
「あそこかっ」
わずかな可能性にかけた武はわずかに残る体力を全てかけてある場所の前へ走った。
「ここは、まだ、だったな」
武が向かった先。そこは
「おーい、流川。いるんだろ、早く出て来いよ。そうしねえと花子さんにあの世に連れていかれるぞぉお」
保健室のトイレだった。
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