第二十 話 狐と虚と草木妖(五)

うろとは、なんなのですか」


 朱色に塗られた部屋の中を、夕日がさらに紅く染めあげていた。


 板張りの部屋の隅、小さな机のような祭壇の前に、痩せた男が座っていた。

 銀の燭台を持った銀郎太ぎんろうたが、背を向けたまま座る男へ質問を投げかけていた。


「虚とは、とは?」


 祭壇の前、夕日をさえぎる陰の中から、痩せた男が静かに言葉を返した。


「質問の、意図するものはなんだ?」

「いえ……」


 銀郎太が、困ったように視線をずらした。自分でも、おかしな質問だと分かっていた。虚を見つける――星見ほしみになろうかという自分が出す質問とは思えなかった。


「虚とはなんなのか、わからなくなりました」


 ぽつりとこぼした銀郎太の元へ、祭壇から立った男が近寄ってきた。銀郎太の持つ燭台を手に取り、無言のまま小さな祭壇へ戻っていった。


「この数日、兵部の虚狩りに同行する機会がありました。私たちが虚を見つけ、兵部の武官が殺す。風穴が閉じたとはいえ、我々がまだ見つけていない狩りもらした虚はいくらでも残っている。そのためには、我々は身を挺して虚を狩る必要性があるのだと思っていました」


「疑問が出たのか」


 男の言葉に、銀郎太の言葉が詰まった。否定でも肯定でもない口調。

 静かに銀郎太が言葉を続けた。


「昨日、兵部と共に、ある村へ向かいました。まだ見習いの私にとっては、初めて見る大きさでした。人を超えるほどの黒い塊で、そのくせ蛇のように素早くのたうち回る。牛や鶏には目もくれず、ただ人間だけを執拗に、まるでその場に人間しかいないかのように、狙いすまして襲ってくる。私は隠れるだけで必死でした。

 その私の目の前で、兵部の人間が一人、飲まれました。その瞬間、虚の動きが止まった」


 銀郎太の視線が、痩せた男——父にではなく、別の場所に向いていた。ただひたすらに、まるで床のしみを見つめるように、男と目を合わせず、ずっと一点を見ていた。


「虚が、小さく、身震いをするかのようにうねりました。そうかと思うと、あの巨大な虚が、小さな、ほんの小さな黒い石になりました。兵部の術師は、その石を何事もなかったかのように箱に入れ持ち帰っていった。まるで、あの石ができることをはじめからわかっていたような動きでした。あれは、あの黒い石は何だったのですか」


 銀郎太の視線が、まっすぐに、痩せた男を見据えていた。長く、兵部と共に虚を探していた星見としての父の答えを、銀郎太はただ待っていた。


 痩せた男が、静かに声を出した。


「お前は、虚は何だと思っている」


 突然の、父からの質問に、銀郎太が曇った表情のまま答えた。


「人の、呪いのかたまりだと聞いています。自身の中にある呪いを清めるため、人の魂魄を食うのだと」

「なぜ、人の魂魄を食えば、呪いが清まるのだ?」


 銀郎太が詰まった。

 父の質問に対し、明確な答えを持っていなかった。


 痩せた男が、火のついた燭台を手に、祭壇を撫でていった。備え付けられたろうそくに、一つずつ火を灯していく。


「虚とは何なのか。そして人を食った虚はどうなるのか。おおよそ、多くの人は知らされていない。虚はただ呪いの産物で、人と虚は殺し合う。皆そう思っている。そしてそれでいい。なぜなら、そのように我々が教えているからだ。だが、星見にとっては、違う」


 痩せた男が、最後のろうそくに火を灯した後、ゆっくりと立ち上がった。

 陰から出た男が、振り向きまっすぐに銀郎太を見据えた。


「お前が見た黒い石は、草木妖そうもくようの種だ」

「草木妖の、種?」


 痩せた男が、縮こまった銀郎太の手へ燭台を戻した。


「虚は、本能で人を食う。その身を人の魂魄で満たすためだ。そしてそれがなされたとき、虚は草木妖へと生まれ変わる。お前は、虚が人を食い、本来の目的である草木妖へと転じた瞬間を見たのだ」


 燭台を持つ銀郎太の表情が、理解が追い付かないことを表出していた。


 痩せた男が、部屋の引き戸に手をかけた。開け放たれた扉から、阻まれていた夕日が男の顔を焼くように赤く染めあげた。


 逆光で表情が読めない中、痩せた男が静かに声を出した。


「まだ見習いのお前には話せることは少ない。早く正式な星見になれ。そのときになればまた、再度お前の疑問に答えよう」





 まだ夜が明けきらない中、銀郎太は走っていた。


 遠く、薄く白み始めた地平の中に、赤色の薄明かりが見えていた。


 明け方の日の光ではなかった。遠く山裾の家が、鮮やかに燃えていた。それだけではなかった。飛び火のように、別の家もまた、屋根の藁が吹き上がるかのように赤く燃えあがっていた。


 何が起こっているのか全く分からなかった。背に括り付けていた袋を、落とさぬよう手に持ち換えた。強く握り締めたまま、ぬかるむ道を走った。


 にわとりが幾度も鳴く中、はるか遠くで女の叫ぶ声が聞こえた。男の怒号のような声も、遠く空気を伝ってくる。


 何が起きているのか。声の主を助けに行く必要があるのか。何一つ探る余裕などなかった。


 家に残している妹がどうなっているのか以外は頭にはなかった。


 叔父にあてがわれた粗末な小屋の前で、倒れ込むように入り口の戸を開けた。


一佳いっか!」


 家の中、飛び込んだはずの暗闇から、何かの動く陰が刃物と共に銀郎太を一直線に突いてきた。


 考える間もなく、一瞬のことに身をひるがえした。男の影のようなものが、今まであった銀郎太の場所を貫くように飛び出していった。


 見たことのない男だった。突き出した刀を持ったまま、男が家の外へ転げ落ちた。簡素な鎧を着た、山の中で見たような風体の男。


 息つく間もなく、刀を握り直した男が再度こちらへ突っ込んできた。


 暗闇の中、手元にあった薪を取った。男の突き出した刀が、突き出した太い薪に刺さる。銀郎太のすぐ間近を、薪ごと突き抜けるように転がり突っ込んでいった。


 炉端の火がはじけた。突っ込んだ男の体が、燃え残っていた小さな火種をばらまくようにはじき出していた。一瞬で、飛び火した炭が家の中に新たな炎を増やしていった。


 炎に照らされた布団に、小さな妹の陰が見えた。


 一瞬で、逃げ出したい本能が体の支配権を失った。炎の明かりが照らす中、銀郎太の手は小さな手斧を握りしめていた。転がった男が起き上がり、こちらを振り向くよりも早く、銀郎太の手斧がかち割るように男の頭蓋に叩き込まれていた。


「一佳!」


 銀郎太が再度叫んだ。一切の動きを止めた男を突き飛ばし、広がり始めた火の中を、布団に転がっている人影へ向かい走った。


 触れるよりも早く、気がついた。

 壁に広がった火が梁へとその手を伸ばしていく中、まだ小さな妹の体の中心に、一本の刃物が突き刺した跡が見えた。




 銀郎太から、あまりに原始的な叫びが出ていた。


 妹は、目を見開いたまま一切動いていなかった。体の中央、心臓あたりに、一突きの跡が残っていた。抱え上げた銀郎太の手に、固まりだした血が大量にこびりついていた。


 梁が砕ける音がした。

 家が、炎に飲まれる。

 妹を抱えたまま、一切の思考が停止していた。頭が、理解を拒否していた。


 感情が凍った中、一瞬、炎のそばで黒い何かが動くのが見えた。


 虚だった。山で見た、あのときの小さな虚。部屋の隅、燃え盛る炎から逃げるように、小さな蛇が逃げ場を探すようにのたうっていた。



 —— 虚は、本能で人を食う。その身を人の魂魄で満たすためだ。そしてそれがなされたとき、虚は草木妖へと生まれ変わる ——



 不意に、銀郎太の脳裏を父の言葉が走った。


 何かが銀郎太の首元で光っていた。

 無意識に、首に下げた紐を引きちぎっていた。


 手に握った虹色の石が、鈍く、ただ明らかに今までと異なる強さで、強く虹色に光っていた。



 —— その骨に選ばれた人間は、望みの願いがかなえられる。その者の願う力に応じて ——



 池の端で会った、あの白髪の女の言葉。


 目の前で、行き場を失ったかのように縮こまる虚。

 銀郎太の体が動いた。無意識に、妹の体を近づけていた。



 —— 虚は、人の魂を食い、転生する。



 手に握った虹色の光が、さらにその勢いを増した。


 願いをかなえる天狐てんこの骨。

 この石が願いをかなえるというのならば——


 銀郎太が雄たけびのように声を上げた。


「虚よ! お前が人の魂を食い転生するというのなら! 今ここで妹を食い、その魂を転生させろ!」


 小さく、震えるように縮んでいた虚が、銀郎太の叫びに呼応するかのように飛んだ。一切動くことをやめた少女の口へ、吸い込まれるように潜り消えた。


 火の爆ぜる音だけが聞こえた。


 永遠にも感じるほどの時間の後、手に抱えた妹の体が、動いた。


 銀郎太の視線が、妹の顔を凝視していた。

 妹の遺体が、ゆっくりとその目を開いた。


「いっ——」


 呼ぶことが、かなわなかった。


 名を呼び終わる間もなく、妹の両の手が、銀郎太の首を圧し折るかのような力で締め上げてきた。


 大きな、木の砕ける音がした。家の梁だった。銀郎太の隣、火の粉と共に焼けた板が落ちてきた。


 自分の首を絞める妹の亡骸を抱えたまま、銀郎太は外へ飛び出していた。






 山の中が、異様にざわめいているのを感じていた。


 何かが目覚めた。異様な大量の何かが、ただひたすらに山を走り、ふもとにある村へ向かっている。


 薄く、青色に照らされた山肌を銀郎太が走った。背の先、地平では緩やかに日が昇ろうとしている。空が、夜の闇から濃紺へと変わり始めた。


 銀郎太の背で、再度動くのを感じた。


 背で、妹を縛っていた。自分を絞め殺そうとしてくる妹の体を縛り、布で覆ったまま背負っていた。


 あの白髪の女。池の端にいたあの化け物に会わなければならない。


 呼吸のたび、喉が貼り付くように痛んだ。焼けた空気を吸いすぎたせいだ。


 倒れ込むほど痛む中、それでも草木をかき分けた。

 暗がりの中、這うように斜面を駆け上った。体が、水の中をかくように重い。ひりつく喉を無視しけもの道を突っ切る。気力だけで動く足を、さらに前へ向けた。


 背に負った妹であった何かが、銀郎太が動くたびに前後に揺れる。


 木に手をかけた瞬間、汗で手が滑った。新しく別の木を掴むも、足元がぬかるみで滑り握った木から手が離れた。


 致命的に、もう目の前には何もつかむものがなかった。


 足の先、もう地面がない中、何も踏ん張れず体をひねった。背には妹の体がある。背から落ちるのだけは防がなければならない。苔と濡れた葉の積み重なる中へ肩から落ちた。木の根が出っ張る地面まで、滑るように転がり落ちた。


 鉢のような坂を下りきった後、体中に走る痛みの中起き上がった。


 池の端へついていた。


 鬱蒼とした池の中央、木の隙間から、わずかに朝日が差し込んでいた。何一つ音のない中、水の上に、緩やかに曲がる真っ白な長髪をした若い女が、静かに湖面に立っていた。


「また会ったな」


 女が、静かに声を出した。


「願いが、決まったと見える」


 呼吸が一向に落ち着かなかった。何度も、繰り返し息を吐いた。呼吸が戻るのを待たず、大きく息を吸い言葉を発した。


「妹を、助けてくれ」

「妹?」


 女から、怪訝な声が出た。


 銀郎太が、背に負っていた、縄で縛った布のかたまりを地面へ置いた。

 布をはぎ取った。血まみれの小さな少女が、どうにかして縄の隙間から銀郎太の首を掴もうと必死に体をよじっていた。


「頼む……。頼むから妹を助けてくれ……」

「無理だ」

「なぜ——」


 食らいつくように叫んだ銀郎太の元へ、湖面の上を跳ねるかのように女が歩いてきた。


「死んだ人間は元には戻らん。理を超える願いは願っても無駄だ」

「妹は生きている!」


 銀郎太が吠えた。腕の中で、ただひたすらに自分を襲おうとする妹の体を押さえつけながら、銀郎太が女を睨みつけた。


「貴様……」


 女の表情が変わった。

 ひどく嫌悪を混ぜたものに変わっていた。


「死体に虚を混ぜたな?」


 女の語調に、銀郎太の体が凍るように固まった。


 嫌悪感をあらわにした女が、吐き捨てるように口を開いた。


「それが生きている? ばかばかしい。今動いているお前の妹は、お前を殺し、ただお前の魂魄を食らうことで草木妖になろうとしているだけだ。お前の願いで動いているのではなく、虚が。その本能のまま、お前の妹を動かしているのだ。それだけに過ぎない」


 銀郎太の息が止まった。

 強烈に悪寒が走った。視線の先、山肌を、何かが駆け抜けていくのを感じた。


 虚だった。妹の体に入ったのと同じく、小さな、人を襲うことなどできそうもないほどに小さな虚が、這いまわる蛇のように村を目指し大量に山を下りていた。


「お前の持つその天狐の骨は、お前の妹が本来の所有者だったのだな」


 銀郎太が手に握ったままの石を見た。

 虹色に輝きを放つ石が、強い光を放っている。妹に近づければ近づけるほど、その光がさらに光を強くしていた。


 すがるような視線で女を見た銀郎太が、一瞬でその行為を悔いた。


 間違いなく人間ではなかった。


 女が、妹を見て静かに笑っていた。


「めずらしい。お前の妹に入った虚が、お前の妹を使い、人を食うという願いを骨に込め続けている。これから村にある死体すべてに虚が入り、生きた人間を襲う動く死体の群れが出来上がるぞ」


 何を言っているのか全く分からなかった。


 銀郎太が、茫然とした視線で妹を見た。

 自分に食らいつこうとする妹が、何一つ言葉を発しないまま、ただひたすらに捕縛から逃れるように苦痛の声を出していた。


 女が何かひどく楽しいものを見たように声を上げた。


「お前の中途半端な願いのせいで、とんでもないことになるな」

「なぜ——」


 銀郎太が、崩れるように頭から地面へ突っ伏した。


「どうしてこんなことに——」


 銀郎太の前に、ゆっくりと女が腰を落とした。銀郎太の髪を掴み、地面へ落ちた頭を無理やり持ち上げた。

 宙づりになった銀郎太の顔が、涙で土と葉にまみれていた。


「お前は、どうしたかったのだ」


 女の言葉に、銀郎太が絞り出すような声で答えた。


「妹を助けたかった」

「もうどうにもならん。お前がどう思おうと、その動く死体は人を食い満足するまで終わりなく虚を呼び続けるだろう」


 銀郎太の腕の中で、妹が逃れるように暴れていた。


 村で、今何が起こっているのか。

 星見としての訓練を積んでいた銀郎太には、容易にその動きが感じ取れていた。


 山を降りていったあの小さな虚が、死体にあふれたあの村で、その死体を乗っ取り動いている。生き残った人間を食い、転生するための魂魄を自ら集めようとしている。


 呼び寄せてしまった。

 私が、この状況を、呼び寄せてしまったのだ。


「私が妹に食われれば、妹の虚は消えるのか」

「無駄だ。お前一人程度の魂魄では虚は満たされん」


 銀郎太が、ゆっくりと妹から手を離し、立ち上がった。


「ほう」


 銀郎太の頭を掴んでいた女から、小さく、ただ確実に、ほころんだ笑い声が出た。


 銀郎太が、自分の頭をつかむ女の腕を、強くつかみ返した。

 泥にまみれた顔をぬぐい、真正面からにらみ据えた。


 女が、これ以上ないほどの笑みを浮かべていた。


「願い事は決まったようだな」





 曇天の中、寒風が、強烈に地面を薙いでいった。


 長く、黒い外套を着た小柄な女が、風に当たる面積を最小にするかのように体を縮こませながら馬にまたがっていた。


 何の気配もなかった。ただ、焼け焦げたにおいだけが立ち込めていた。

 草木の燃えた灰の匂い。そして、肉の焼ける臭い。


 女がここへ来たのは、今朝、今までに類を見ない報告があったからだった。夜間、大量の虚が発生したと。何が起きたのか、先に入った兵部からの報告を待つよりも、星見を統べる欽天監きんてんかんの人間としては直に確かめたいものがあった。


 だが、予想とは異なる有様だった。

 報告のあった虚はおろか、生きている人間の気配すらなかった。


「副長!」


 焼け残った家屋の裏から、手甲をつけた男が一人駆けてきた。


「一名、男が」






 ざっくりと、丸太を杭のように打ち込み囲った即席の陣幕の中、外套を着た女が急ぎ足で入ってきた。


「こちらです」


 手甲をつけた男が、外套の女を誘導するよう陣幕の奥へ向かっていった。


 隠すように覆われていた。

 白く厚い布で囲われた陣幕の中、下を向いたままの男が死んだように座っていた。


 若い男だった。まだ少年ともいえる顔立ちの、小柄な男だった。手足に枷をはめられたまま、陣幕の隅に打ち込まれた杭に繋がれていた。


 ただ一つ、明らかに異様だったのは、その髪が完全に真っ白なことだった。


「これがその」


 女の言葉に、先導した手甲をつけた男が無言でうなずいた。


 外套の女が頭の高さで手を払った。合図の後、狭い陣幕の隅に、白髪の男と外套の女だけが残った。


 しばらくの沈黙の後、外套の女が口を開いた。


「あなたに、見覚えがあります。たしか、星見啓明けいめいの息子であったはず」


 白髪の男が、ゆっくりと顔を起こした。


 あまりの表情に、女が息をのんだ。

 何も言葉が出なかった。


 生きている人間の表情ではなかった。何一つ、期待も、望みもない無気力だけが残っていた。


 女が、言葉を続けた。


「先ほど兵部の者から、あなたが人の首を切り落としているところを捕らえたと聞きました。どういった理由なのかはわかりませんが、すでに死体となった者の首を切り落としていたと。このままでは、我々はあなたを罪人として処す必要があります。ですが、何か——」


「もう、よいのです」


 男から、ぽつりと言葉が出た。


「殺してください」


 男の言葉の後、沈黙が流れた。


 ただ一言を発した後、何一つ動かなくなった白髪の男を背に、女が陣幕の隅から離れた。






 しばらく歩を進めた後、外套を着た女が、陣幕の裏に控えていた手甲の男を無言のまま手で招いた。


 走り寄った手甲の男へ、耳打ちをするかのように小さく言葉を発した。


「あの男、ここで刑を受け死んだことにします。適当に代わりの死体を見繕っておきなさい」


 女の言葉に、手甲の男の動きが固まった。


「どういうことですか?」

「あの男、天狐と契約をしている。今ここで殺してしまうのは資質の無駄です。連れて帰ります」


 唖然とした手甲の男を背に、女が独り言のようにつぶやきながら歩き続けた。


「啓明の息子……。なら名は太白たいはくでよいでしょう。我々は、太白という男を拾った。それで——」

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