八両編成の電車

@23922392

一両目

「まもなく四番線に江作葦えさあし行きがまいります。黄色い線の内側でお待ち下さい。」

 雨が降るか分からない天候に戸惑いを隠せないが、とにかく乗るしかない。中々入手出来なかったこの乗車券。抽選にも三回落ちて、四回目の今回ようやく手に入った。嬉しいどころの騒ぎではない。

「江作葦行きが到着致しました。」

 そのアナウンスと共に開く扉へ乗り込んだ。

 中は意外にも長椅子ばかりで、蛇腹じゃばらに置かれていた。進路方向左手から一つ、そこから右手に一つと扉の横に在り、右斜め前に一つ目と左斜め前に三つ目となっていた。

 これは資料写真から事前に知っていたが、やはり妙な造りである事は言うまでもない。

 五つ目に老人が座っていた。その老人は杖を携えており、スーツ姿なのにベレー帽という装いをしている。

「まもなく発車いたします。少々お待ち下さい。」

 今しばらく待つ事となったが、一両目という事なのか、人が明らかに少ない。駅の階段に近い方がやはり人気という訳か。

 この列車に乗り込んだにもわけがある。これにはある噂話が有り、乗車人数が限られているのは催し物をするからとかなんとか。その催し物というのもこれまた一風変わっており、クイズや問題と言った形だと。それも哲学に似た問題が多いらしい。時折理数系の問題も飛んでくるらしいが、文理両刀の僕にとって死角はない。返り討ちにしてしんぜようと思える。

 よく見ると八つ目にも人が座っていた。それはそれは幼い男の子であった。

 老人も詳しくは見ていなかったが、男性であった事が分かった。

「発車いたします。危ないですので、吊革や座席に掴まる又は座るなどしてごゆっくりください。」

 優しい声で発せられるアナウンスが終わると、扉は閉まり、ゆっくりゆっくりと動くのが窓からの景色で判断できる。

 その催し物もいつ来るや来るやと待ち遠しいが、江作葦駅には神社がある。

 そこには茅野姫という神様が居り、今回は御朱印集めも兼ねている。というよりはそちらが本分である。

 十分程した後、老人が話しかけて来た。心の中で楽しみの音色が乱舞した。

「お兄さんや。生と死とは何じゃ?」

「ほう、生と死ですか。ちょっと待って下さいね。」

 老人は頷いて元の場所に戻った。が、子供も移動しており、七つ目に移っていた。

 確かに哲学感がある。それに生死となるとまた難しい。

 単に「心臓が動いているから生きてて、動いてなければ死んでる」と言えば良いのだろうか?

 いやしかし、それでは生と死とは言い難い。それでは生物学上の理念に過ぎない。仮死状態にある生物はどちらに分類されるべきなのか。死んでも生きても居ない。それは何とか呼称すれば。

 それを仮にかんとしてみる。生死間の何れかに分類すれば、生物学上では間に分類可能と言える為、概念的ではあるもののその問題からその理念は弾き飛ばせる。となると、思想的生と死という訳に落ち着く。

 だが、一般解論を出したとしても無意味だろう。それに死も二回あると言われる事がある。それを考慮しだしたらキリがない。というか、2回死ぬというのは理解しにくい。

 今ある解としては『意思があるから生きていて、ないから死んでいる』という物がある。

 いや違う。何故生と死の理解が生きている事と死ぬ事という二極だけなのだ?

 生まれた事と死んだ事という風な過去形の事を表している可能性は零ではない。そうなるとどうなる? 不可解な問題である事は変わらない。しかし、前者と後者その両方に言えるものもある。

 自分では制御出来ないという事だ。

 老人の方を見ると、長々とした長椅子をめいっぱい使っている。幼子は私の真横に来ており、座っていた。

 生物学上でも生まれてくる事も生きる事も死ぬ事も死んだ事も自分では制御不可能。

 人間だけ例外的だと言えるが、例外的では無いとも言える。自分だけで生きる事は出来るだろう。しかし、死ぬ事は出来ない。

 首吊り自殺をする人が偶に居るが、それは自分で死んだ訳では無い。縄を作った人と椅子を作った人が居て成り立つ。自分で死ぬ為にはそれらを作る必要がある。それも素材その物も自分で作って。

 それを出来る人も居る。だが、それすら自分では死んでいない。脳と心は同じ部位だが、違う部位だ。それらが合致する事はない。それ即ち自分の意思ではない自分の意思が自分を殺めようとている事に抗う。矛盾する脳と心を合わせる人は存在しない。抗った証として、首吊りなのに足や手をうごかすのだ。脳と心を合わせる、そんな事を成し得る人間は居ない為、人間も例として用いれる。

 出来る物は人間では無いことだけは確かだと言える。

 僕は老人の前に立ち話す。

「生と死とは、己では制御出来ない事象。」

 その言葉に頷いて老人は二両目に続く扉を指差すと、幼子と共に一つ目の席に座った。

 その行動を見終えてから、二両目の扉を開き入った。

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