ガールズ・エンド

愛庵九郎

第1話 終冬子(おわりとうこ)の目視録(もくしろく)

 この世界に生まれ落ちたからには、この世界のすべてが欲しい。

 そう思ったから、わたしは悪魔と契約した。

「ねぇ、わたしは力が欲しいんだけど」

 悪魔は死にかけていた。

「げべぇっ、げべっ、やるっ! ぢがらやるがらっ!」

 悪魔は全身が消し飛んでいて、ぎりぎり頭が残っているだけだった。

 首は無惨に切り落とされ、血のような黒い液体が切り口から流れ出ていた。

「ほんとにぃ?」

 わたしは何の感情もなく、月夜の路地裏に転がる頭に話しかける。

「やるっ! だがらっ、げいやぐっ!」

 悪魔は必死にわたしに話かける。

「わたしは、この世界のすべてが欲しいの。そのためには力がいる。素晴らしいものを奪い取って、誰にも犯されずに、世界を手に入れる力が」

「やるっ! やるがらっ! げいやぐっ!」

 正直に言えば、わたしは何でもよかったのだ。

 変わるきざしのない日常にうんざりしてたし、悪魔と契約することで支払うことになる代償も、どうでもよかった。

 失うことに無頓着になるほど、わたしの心は乾いていた。

 とっくに見捨てられた古井戸みたいに。

「代償は?」

「げべぇっ、いっ、いのぢっ、の、はんぶんっ」

「えー、どうしよっかなぁ……」

 わたしは月を見上げて迷う態度を見せる。

 そのあいだにも悪魔は黒い吐瀉物をまき散らして、絶命しそうになる。

 ほんとに、命の半分なんかどうでもいいのだ。

 だから、これはただのいじわる。

「死にかけてんならさ、ちょっとくらい負けてくれてもよくない? 命の三分の一とか、四分の一とか」

「げべぇ、ごぼぉっ! むりっ! ぞういうっ、げいやぐっ!」

「えー……じゃあやめちゃおっかなぁ」

「ごぼぶっ! だのむっ、げいやぐっ! げいやぐっ!」

 わたしは悪魔に死なれても困るから、悪戯はここまでにする。

 ほんものの悪魔に会える機会なんて、めったにないんだから。

「……ったく、しょうがないなぁ」

「ありがどっ! ごぼぼぉっ!」

 悪魔に感謝されるなんて、半分になる人生の最初で最後だと思う。

「どうやったら契約できるの?」

「ゆびをっ! 口にっ!」

「えぇ……やだよ。ど変態じゃん」

 まったく心が進まなかったが、わたしは悪魔の口に人さし指を入れる。

「がぅっ!」

 悪魔が人さし指に歯を立てる。

 いでっ。

 わたしは込み上げてくるあまりの怒りに、悪魔と契約したことすら後悔しはじめていた。

 わたしに痛みをもたらすその事実が、あまりに許しがたい。

 半分になった命のほうは、わりとどうでもいい。

「……ん」

 わたしのなかに黒い奔流が流れ込んでくる。

 わたしの血流を巡り、心臓をつくり変え、全身の末端まで悪魔のしるしで満たされるのがわかる。

 冷たい氷が血管を流れていくみたいだ。

 あまりの不快さにわたしは悪態をつく。

「わたしに居座る家賃……忘れんなよ」

 視界がブラックアウトし、路地裏に倒れ込む。

 こんな場所で気絶なんてしたら、何されるかわからない。

 財布を盗まれ、体を奪われ、悪魔に譲り渡した命まで失うかもしれない。

 でも。

 そんなことすら。

 どうでもよかったんだ。

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