第15話 賞金稼ぎ その3
食卓にはベーコン入りの野菜スープ、二種類のパン、ハムエッグ、オレンジがたっぷりと並んでいる。
今日は古くなったパンの温め方を習った。
どうやら俺が買ったパンの内の一つは焼き立てではなかったようだ。
だが、古いパンの見分け方なんてどうすればいいんだ?
「表面が乾いている感じがしたら昨日か、その前に焼いたパンですよ。大抵は値引きされるんですが、クラウスさんはカモにされましたね」
「俺がカモに……。それにしても表面が乾燥とはよくわからんな。パンの表面はどれも乾燥しているだろう?」
「何度か見ればわかるようになりますよ。これまで古いパンを食べたことがないんですか?」
「いや、そもそも気にしたことがない。外食しかしたことないし」
「子どもの頃はどうなんです?」
子どもの頃か、ずいぶん遠い昔のような気がする。
「どうだったかな、母親の作ってくれたものを黙って食べていただけだから、よく覚えていないな。美味かったという記憶はある」
「ご両親は?」
「君と同じだ。俺が13の歳に両親は魔物に殺されたよ」
両親は薬師だった。
頼まれていた薬を納めるために出かけたところを襲われた。
この世界ではよくある話だ。
「母親の料理がどんな味だったか、もうよく思い出せないくらい昔のことだ」
向かい合って座っていたアーリンが俺の手に自分の手のひらを重ねる。
「私が美味しいものをいっぱい作りますからね……」
「ああ、その味は死ぬまで覚えておく」
そう答えると、アーリンは少しだけ強く俺の手を握ってくれた。
朝食がほぼ終わるころになって外から騒がしい声が聞こえてきた。
「やっぱりまずいんじゃない。邪魔したら悪いよ」
「あー、今さらそれはないよぉ。見に行こうって言ったのはニナも同じじゃん」
「でもさぁ、愛の巣に突撃なんて、アタシらの人間性を疑われるって」
声の様子からして若い女の子のようだ。
アーリンを見るとげんなりした顔でこめかみを押さえていた。
「知り合いか?」
「私の仲間です。チーム・パルサーの」
「そうか……」
にわかに緊張を覚えた。
つまりこういうことか?
友人たちはアーリンの新しい彼氏、ようするに俺を見物にきたということか?
品評会に出されるペットはこんな気持ちなのかもしれない。
だが、俺はプレッシャーなどないみたいにクールに振舞う。
「上がってもらったらいいんじゃないのか?」
「でも、クラウスさんは恥ずかしがり屋じゃないですか」
「そんなことない」
メチャクチャ恥ずかしいわい!
だが耐える!!
アーリンは少しだけ眉根を寄せて玄関へと向かった。
「ちょっと、どういうつもり?」
「おはよう、アーリン。迎えに来たわよ」
俺はコーヒーを飲みながら彼女たちの会話に耳を澄ます。
身体強化魔法を使って聴力アップだ。
「いきなり押しかけてきて何なのよ?」
「だって気になるじゃない、彼氏さんのことが」
「そうよ、何といってもアーリンの初彼氏だもん」
そうか、俺は初彼氏か……。
これまで独占欲とは無縁な生活をしてきたのに、なぜか嬉しい。
これが男の性というものか?
「すぐに行くから外で待ってて」
「えー、紹介してよ。気になるじゃない」
「うん、挨拶くらい良いでしょう?」
「でも……」
ここは俺の方から出向いて、顔を見せるべきだな。
それが大人の態度というものだろう。
覚悟を決めて玄関へ向かった。
「おはよう」
まあ、自然な感じに挨拶できたんじゃないか?
自分としては87点を与えてもいいくらいの出来だ。
もう少し笑顔だった方が良かったかもしれないが……。
「あ、おはようございまーす!」
「おお、思っていたより若い!」
二人の賞金稼ぎは元気に
「けっこうカッコいいかも!」
「アーリンってこういう人がタイプだったんだ」
仲間の発言に俺もアーリンも顔が赤くなってしまった。
いやいや、照れている場合じゃないぞ。
俺だって彼女たちの様子をしっかりと観察しないとな。
アーリンの安全は彼女たち次第でもあるのだ。
二人とも装備の手入れはできているようだ。
ブーツのヒモは固く結ばれているし、皮鎧に欠陥もない。
補修をしながら大事に使っている跡が見受けられる。
身を守る装備をおろそかにする賞金稼ぎはすぐに死ぬのだ。
若いながらもいっぱしの賞金稼ぎとしての基礎は固まっている感じである。
まずは
「ちょっと、二人とも失礼な態度を取らないでよね。こちらはクラウス・ドレイクさん」
アーリンが改めて俺を二人に紹介した。
「こっちはニナとメルトアです」
どちらも元気な女の子で歳はアーリンと同じだそうだ。
「そろそろ出かけるのか? 後片付けはやっておくから準備をするといい」
「そんな、悪いですよ」
アーリンは遠慮したが、俺は自分がやると言い張った。
手術道具は自分で洗浄するので、さすがの俺も洗い物には慣れている。
「片付けくらい一人で大丈夫だ。さっさと装備を固めてくるといい」
そう言うと二人の女の子たちが騒ぎ出した。
「えー、優しい! ウチの彼氏と大違いじゃん!」
「クラウスさんって狼みたいなイメージで怖く見えるんだけど、アーリンに飼い慣らされているって感じだよねっ!」
「なに?」
ジロリと睨むとメルトアは息を呑んで黙った。
いや、脅かすつもりはなかったのだ。
ただ意外な見解に驚いただけだ。
俺のことを狼だと言い当てているし……。
「ニナ、クラウスさんに失礼よ。謝って!」
「ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。別に怒っているわけじゃない」
世間的には俺が尻に敷かれているように見えるのか?
だが、飼い慣らされているわけではないぞ。
俺はやりたくてやっているだけなのだ。
うん、強制されているわけじゃない、喜んでやって……、それとも違うか。
洗い物をしている間にアーリンの準備は整い、俺たちは一緒に表へ出た。
「それじゃあ行ってきます」
三人がまぶしい笑顔で俺に手を振り、俺もあいまいな表情で三人に手を振り返す。
こういうときはどんな顔をすればいいんだ?
さっぱりわからん。
とにかく俺は彼女たちが角を曲がりきるまで見送る。
そして、かねてからの予定通り尾行を開始した。
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