第49話 番外編 ファンクラブ【サイド:ミュレット】


 ミュレットは学校のある一室に来ていた。


 その部屋の前には、プレートに――


 ――「アル・バーナモントくんファンクラブ」と書かれている。


 その文字を見るたび、ミュレットは虫の居所が悪くなる。


(なんなのっ! もう!)


 アルが入学してからやってきたことを思えば、彼はもうすでにそこそこの有名人だった。


 見た目だけでも目を引くのに、あれだけ派手に目立てば、ファンクラブの一つや二つできてもおかしくはないものだ。


 だとしても、ミュレットにとっては面白くないことこの上ない。


 子供のころから、家ではアルをほぼ独り占めにしてきたわけだし――まあ母のミレーユもなにかとアルを構うのだが、それはそれとして――今更ファンクラブなど作られても、なんだかアルを奪われたような気分になるのだ。


 ミュレットが部屋の前でもやもやした気分にまどろんでいると、後ろから声がかかった。


「あら? あなた、一年生? もしかして、あなたもアル君のファンクラブに入りたいの?」


 声をかけてきたのは上級生と思われる、おさげで眼鏡の清楚な女生徒。その口ぶりからして、彼女もここの会員なのだろう。


「ひゃ、ひゃい!」


 ミュレットは驚いて、変な声を出してしまう。


「うふふ……。やっぱりね、あなたもアルくんのファンなのね。歓迎するわ」


 そう言って、彼女は部屋のドアを開け、ミュレットを中に招き入れた。


 ミュレットが後から聞いた話によると、彼女こそがここの初代会長なのだそうだ。


「さ、入って……」


 中に入ると、他にもさまざまな生徒がいて――中には男子もいた――みなそれぞれにアルのことをたたえ合っている。


(なんだかすごい空間にきちゃったわね……)


 みな新しい仲間に興味津々で、ミュレットに詰め寄ってくる。


「え!? もしかしてあなた、アルくんの幼馴染の、あのミュレットさん!?」


 誰かがミュレットの正体に気づき、声を上げる。


 アルのファンクラブなのだから、当然、彼らはミュレットのことも知っているのだった。


「すごいわ! アル君に一番近しい存在が目の前に……!」


「アル君のエキスがミュレットさんから香りたってくるわ……!」


「ねえ、あなたにはたくさん聞きたいことがあるの! アル君の下着のサイズは? 色は?」


 みなミュレットを囲んで、それぞれにミュレットを質問攻めにする。


「え、ちょ……!」


 もみくちゃになっているうちに、ミュレットは本来の目的を思い出す。


「そうじゃなくって……!」


 大きな声でみなを静止させる。


 みな、ミュレットが次に何を発するのかに興味津々なようで、黙ってミュレットの目を見つめる。


「私はこのファンクラブを取り壊しにきたの!」


 ミュレットは意を決して言った。


 ファンクラブ会員たちはその言葉に驚き、


「なんで!? こんなに素晴らしい活動なのに!」


「そうよ! あなたも絶対に入るべきだわ!」


 などと抗議を申し立てる。


 だがミュレットも負けてない。彼女とてただの嫉妬で言っているのではない。彼女には確固とした理屈があった。


「だって、さっきから聞いてれば、あなたたちのやってることってちょっと異常よ。なんていうか……ストーカー紛いじゃない……?」


 ミュレットがそう言うと、部屋に一瞬の静寂が訪れた。


(う……さすがにまずかったか……?)


 口を開いたのは会長だった。


「ま、まあ……確かに……ちょっと最近は行き過ぎてたかもね……それは認めるわ」


「認めるんだ」


「で、でも、本当にあなたもここの会員にならなくてもいいの?」


 会長のいい方には、少しなにか含みがあった。


「どういうことですか?」


「あなただって、もっとアルくんのことを知りたいはずよ。それにあなただって、アル君のストーカーみたいなものでしょ?」


「私はアルの一番近くにいて、いっしょに住んでるんだからなんでも知ってます! 少なくとも、あなたたちよりはね! それに、私はストーカーなんかじゃないです!」


 ミュレットは声を荒げて否定する。


「でもね、あなたにも知り得ないアル君の情報はあるわよ? ここにはね」


「え?」


「いくらいっしょにいると言っても、四六時中ではないでしょ? アル君があなたといないとき、どこでなにをしているのか、知りたくないのかしら?」


「う……それは……」


「それにね、あなたは独占欲が少し強めのようだけど、ここにいればアル君に悪い虫がつかないように、見張ることもできるんじゃないかしら?」


「た、たしかに……」


 ミュレットは会長に説得されかかっていた。


 だがそれでもどうしても譲れない部分があった。


「か、会員番号とかって、あるんですか……!?」


 ミュレットは会長の肩を揺らして、食いつくようにして訊く。


「もちろん、あるわよ」


「だ、だったら、入会する代わりに、私が会員番号1番にしてください!」


 ミュレットはなんとしてもアルの一番でいたかった。


 それだけは譲れない部分なのだ。


「いいわよ」


 会長はあっさりそれを受け入れる。


「え、いいんですか……?」


 意外な反応に、ミュレットは驚く。てっきり1番は会長本人の番号だと思っていたからだ。


「だれもあなたがアル君の一番だということに異論はないわよ。少なくとも、今は、ね」


「ありがとうございます」


 ミュレットはその日一番の笑顔を見せた。


 こうして、その場は丸く収まり、ミュレットはファンクラブ会員となったのだが……。


 あとで会長の番号を確認すると、彼女は会員番号0番だった。


 つまり、ミュレットの1番よりもなのだ。


「あの女狐め~!」


 ミュレットは少し悔しい思いをするも、それでもやっぱり、1番で良かったとも思う。


 0はどこまでいっても0だが、1番は1番なのだ。


 そう納得するミュレットなのであった。

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