第1話
皆は、火事場の馬鹿力なんて言葉を信じるだろうか。
人間がピンチになった時に普段からは信じられないくらいの力が出るという奴だ。
漫画やアニメなんかだと、主人公がピンチになった時に未知の力が覚醒するっていうのも俺は今なら火事場の馬鹿力なんじゃないかと思えるようになった。
え? それはどうしてかって?
「危ない!」
俺は今、轢かれそうになっている同校の女子を片手で歩道に投げ飛ばすといういつもの自分よりもずっとすごい事をしているからだ。
まあ、代わりに俺が轢かれるんだけどね…。
などとバカなことを考えている内に、俺の目線はさっきよりも少しだけ空に近づき、そしてすぐに急降下したのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
長い、とても長い時間、俺は目を閉じていた。
なんて事は当然なく、今俺はさっきの通学路ではなく目の前に川が流れる場所にいた。
「おぉ、これが俗に言う三途の川って奴か…!」
俺は感心した。
まさか生きてる内に三途の川を見れるとは思わなかったぜ!
……あれ? でも三途の川っていわゆる死後の世界だから、俺死んだのか?
「ずいぶん呑気な事を考えてますね。これも若さっていう物でしょうか?」
突然後ろからした声。
まさかこんなよく分からない場所に俺以外の人がいるとは思わなかったが、多分俺よりはここの事知ってる人だと思い、俺は振り返った。
そしてそこには―――女神がいた。
「初めまして。
ボブカットの白髪。
髪の色と正反対に綺麗な黒い目。
耳を透き通る声。
もはやその声だけが俺に届いて、その人の言うこと自体はまったく頭に入ってこなかった。
「さて、出雲優也さん。中学生という若さで世を去ってしまった貴方には二つの選択肢があります。一つは、異世界への転生。こちらには、一つだけ特典を持っていけます。所謂チートです。そしてもう一つは、今去ってしまった現世に、今の出雲優也さんとして、生き返る道です。こちらは特典等はありませんが同じ人間として先ほど終ってしまった人生を続ける事が出来ます。まあ、大抵の人は後者は選びたがりませんけどね」
また何か重要な事を聞いている気がするが、そんな事はもうどうでも良かった。
俺はすぐにその人の手を握り、こう言った。
「結婚してください!」
直後、そこには沈黙が流れた。
ジッとその人の目を見つめ、その人も俺を見つめる。
これは一目惚れ。
しかも運命の出会いと言ってもいいレベルの一目惚れに違いない。
俺は彼女の手を握りながらそう思っていた。
「えっと~、ふざけてます?」
「ふざけてません、本気です! あなたに一目惚れしました。結婚してください! それが無理なら、結婚を前提にお付き合いしてください!」
「……異世界への特典として、私を連れていきたいという事でしょうか? それでしたら不可能です。あくまで持って行ける特典は、当人の能力なので、人物を連れて行くのは不可能です」
異世界? 特典? なんかさっきそんな話をしていたような気がするけど、今はそんな話じゃない!
「じゃあ異世界なんか行きません!」
「いいんですか? 危機に瀕している世界を救えばあなたは一躍英雄。ハーレムだって築けるかもしれませんよ?」
「そんなのどうでもいいです!」
俺の声に段々力強さが出てくる。
すると段々彼女の方も顔が赤くなっている様な気がした。
「こ、コホン…。では、あなたは現世への生き返りを望むんですね?」
「それであなたが来てくれるならそれでいいです。俺と一緒に現世に来てください!」
「無理です」
あっさり断られた。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺はその場に倒れた。
「いいじゃん俺の人生これまでめっちゃ平凡だったんだから、これくらいの願い叶えられたっていいじゃん! だってホントに一目惚れなんだもん! そりゃあね、俺だって分かってるよあなたと俺じゃ全然不釣り合いな事くらい…! でも、惚れちゃったんだからしょうがないじゃん、ここで終わってほしくないんだもん!」
俺は黒い地面めがけて言う。
彼女の顔は見えないが、きっと呆れているのかな…。
さっきもあっさり断られたし…。
「―――それでは、あなたを生き返らせます。輝かしい人生を」
瞬間、俺は光に包まれた。
ちくしょう……名前ぐらい聞きたかったなぁ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
出雲優也という一人の人間を現世に送り返した後。
案内人は一人、彼の言葉を思い出した。
『惚れちゃったんだからしょうがないじゃん、ここで終わってほしくないんだもん!』
そして、今の自分を見つめてみる。
「そんなに、今の私は美しいのでしょうか?」
そう呟いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
気が付くと、俺はよく知った家族の顔を見ていた。
すると、家族も医者もまるで奇跡でも見たような顔で俺を見ていた。
「優也…!」
「ゆうやぁ…、良かった、本当に良かった…!」
俺の名前を呼んで、笑顔を浮かべる父さん。
泣きながら俺の生還を喜ぶ母さん。
そして、自分に繋がる数本の管と、包帯でぐるぐる巻きにされた自分の体を見てあの時の出来事は現実だと分かった。
けど、多分あの人と会ったのは夢だと思った。
というか、夢だと思わなきゃ病む。
だってさ、盛大に告白して一瞬で振られたんだぜ?
それに普通に思い返してみると、あんな事あるわけないしな。
「俺、どれくらい寝てたの?」
「一週間だ。さっきはお前の心臓が止まって、もうどうしようかと思ったんだぞ」
父さんは、俺が寝ていた間の事を教えてくれた。
俺が助けたあの女子と、その家族が俺に感謝していた事。
俺のお見舞いに、クラスの奴らが来てくれていた事。
「今日も、お前のお見舞いに来てくれる子がいるんだ。きっとお前が起きたのを知ったら驚くぞ」
父さんが言うと、部屋のドアがコンコンと音を立てた。
おそらくお見舞いの担当が来たんだろう。
「失礼します」
その声を聴いた時、俺は耳を疑った。
顔を覗き込みたいが、首にコルセットを巻かれて動かない。
「日和ちゃん。来てくれてありがとね」
「いえ、出雲くんが早く帰ってくるのを、私も、みんなも待ってますから」
「ああ、優也ならさっき目が覚めたんだ。きっと日和ちゃんが来たのを知ったら喜ぶさ」
父さんに連れられ、カーテンの向こうから現れた顔に、俺は驚いた。
そして、彼女にこう言った。
「お前は、誰だ…?」
「誰って、ひどいですね出雲くん。日和ですよ、日和。あなたと同じクラスの
そこにいたのは、姿も、声もあの人同じ、俺が一目惚れをした人物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます