第69話 HANZO決着!!


「病み上がりが発動した吾輩のボディは、いかなる武器も、魔法も、マグマでさえも効くことのない鋼と化す──、この状態の吾輩は、神獣と呼ばれた〝刹那の獅子〟と同等と言っても過言ではない」


 刹那の獅子と同等だって?

 いや──、タンパク質量は、わずかだが確かに低い。

 しかし、その4倍近いエネルギー量……、そして二足歩行で両手両足が自在に扱える。

 この時点で、ユニークスキル発動したミノタウロスは神獣より厄介な相手だ!

 チョークスリーパーは通用しない。



「こいつは、弱ったね……」

 俺は生唾を飲んだ。


 ただでさえ、もう限界はとっくに超えている。

 足も手も力が入らない。

 まともに戦えば、確実に死ぬのは俺の方だ。

 都合の良いユニークスキルなんて持ち合わせていない。


「ここまで、楽しめたぞ好敵手よ……すぐ楽にしてやる」

 ミノタウロスは、ゆっくり一歩一歩前進してくる。

「どこまで行っても僕には、筋肉しかないからね」

 俺は深く深呼吸をした。


 戦えば死ぬ。

 逃げる事もできない。

 残された道は──、戦わずに──

 あの最後のロープを登りきってクリアする!


 俺は奴に背を向けて走り出した。

 残りの残りかすを搾り出して、わずかに灯るのローソクの火に油を注ぐように!


「ふりしぼれぇぇぇ──!」

「フハハハハッ──! 面白い、さすが好敵手よ! まだ諦めないか! それでこそ、吾輩の好敵手だ」


 俺はロープを掴み、残りの力を振り絞り登った。

 あちこち潰れた手のひらの豆の痛みを感じる。

 太ももでロープを挟み、芋虫のようにがむしゃらに登る。


「フハハハハッ!」

 

 しかし、ミノタウロスは俺の力も虚しくワープしたかのような速さで、すぐ後ろに立っていた。

 そして俺の足首を掴み──

 地面にそのまま叩きつけた──。


「ぐはっ!」


 激しく岩が砕けた音と共に全身に交通事故にでもあったかのような衝撃と激痛がほとばしる。


「ぶふぉ──」


 もう一度


「ぐぉッ」


 さらにもう一度

 ゴンッ──パラパラと岩が砕けちるような鈍い音を鳴らしながら俺の体が、ボロ雑巾のように叩きつけられた。


 もう──、本当に

 ダメかもしれない。


「エレちゃーん!」

「エレイン!」

 シャルロットやメイメイ達の声が聞こえた。


「このままじゃやばいアル! 助けッゾ、オカマ共、詐欺精霊!」

「おうッ! ──うん!」

 

 メイメイが踏み出そうとした瞬間、ベオウルフと大勢の魔物達が皆の前に立ちはだかった。


「おっと、どこに行く気だい? 息子の邪魔はさせないよ」

「邪魔アル、犬ババアッ!」

「アンタの事は1回叩き潰さなきゃ気がすまなかったよ。良かったよ、これで殺せる!」

「やれるもんならやってみろヨ、アチョー」

 メイメイが蹴りをベアウルフ仕掛けた。


 素早い蹴りの連続技を華麗な身のこなしで避ける。


「へ〜、やるじゃないかい! ちょっと関心した──よッ!」


 ベアウルフは言葉と共に鋭い爪で反撃を返す。

 その反撃をもろともせずにメイメイが懐に潜りんだ。


「なにッ!?」

「おせーよ、秦の武人を舐めんなアル」


【剛波唱攻打】

 剛波唱攻打

 全身のチャクラから背中に向けて気を放出し、潜り込むように右肩のの突進に気をのせ、衝撃波をぶつける。

 

 潜り込みの屈伸の反動から、右肩を気と共にベアウルフの腹にぶつけた。


「ぐほッ──」


 ベアウルフは、ホームラン球のように場外まで吹っ飛ばされ──、マグマの方まで投げだされた。


「侮ったよ……、あたしもここまでかね……」

 ベアウルフは死を悟ったかのように目を閉じる。


「ママッ!」

 

 振り返ったミノタウロスが叫ぶ。

 俺の足首からミノタウロスの手が離れた。

 もうろうとする意識の中、奴の後ろ姿が見えた。

 ミノタウロスはゴールとは、真逆の方向へ走り出していた。


 あれ? どこ行くんだ?


「うおおぉぉぉぉ──!」

 ミノタウロスが叫び声を上げ、凄まじい力で地面を蹴り飛ばし、マグマの方へ飛び込んだ。


 な、なんて奴だ!


 マグマに腰の位置まで浸かり、ベオウルフをキャッチして抱き抱えた。

 ミノタウロスは、勝負を投げ出し母親を救ったのだ。


「何やってんだい!! 負ける気かい!?」

 ベオウルフは叫ぶ。


 半神獣化は伊達じゃなかった。

 マグマに浸かっていると言うのにダメージが全くないように見える。

 しかし、ジューと音を立て皮膚表面が黒く焼き付いている。

 

 なるほど……、完全に神獣化と言う訳ではないようだ。

 ほとんどスタート地点にいる今……、ミノタウロスが俺に追いつく事は不可能だ。

 完全なるチャンスだ!

 あとは、俺がこのロープをよじ登り、頂上のボタンを押すだけ。

 苦しかった……、辛かった……、何度も諦めかけた……。

 俺の──、勝ちだ!


 俺はロープを握りしめた。

 もう一度、振り返りミノタウロスを見る。


 ミノタウロスは、そのまま母を抱き抱えスタート位置によじ登り、マグマから上がった。


「くっ……」

 苦悶の表情を浮かべて膝をついた。


 すると、みるみる内にタンパク質量が激減していく。

 一時〝病み上がり〟によって、110万を超えていたタンパク質量も今は、60万代まで急速に落ちている。

 切り札も砕け、全てを使い果たしたようだ。


「「「エレイン! 今だ! いっけぇぇぇぇ」」」

 仲間達の声援が響き渡る。


 ミノタウロスもベオウルフも諦めの表情を見せる。

 膝をつき、ただただ俺を見上げていた。


「何やってんだミノタウロスッ!」

 俺は叫んだ。

「なんだ?」

「まだ勝負は終わっていないぞ!」

「ッ!?」

「早く上がってこい!」

「な、なんだと……!?」


 ミノタウロスは、驚きの表情で固まっている。

 ルールでは、落下しても死ななければ何度でもスタート位置からやり直せる。


 こんな勝ち方……、嬉しくない。

 確かに奴には、何回かハメられた。

 やり返してやる、そう思った。

 だが、あいつは最後最後、大切な人を守ったんだ。

 ここで俺が勝ちに徹したら……、俺の大切なものを失くす気がする。


 今まで筋トレにだけは、誠実に接してきた。

 何故なら筋トレに誤魔化しは効かないからだ。

 ──筋肉は騙せない。


 楽しても、追い込んでも、サボっても、筋肉だけは誤魔化す事はできないし、絶対に反映される。

 マッスルに気持ちや言葉は通用しない。

 口先だけのやる気や意志をいくら並べても、筋肉はデカくならない。


 行動が全てだ。

 その愚直な程、真っ直ぐに筋トレと向き合ってきたからこそわかる事がある。

 

 それでいいのか中村! それが中村なのか!

 お前は、なんのために鍛えている。

 なりたい自分になる為だろ。

 そこで勝ちに行くのが、なりたかった自分なのか!?

 違う──。

 世界が許しても──俺のマッスルが許さない!


「登ってこい! ここで待つ!」


 某漫画ならここで「ドン!」と字が入るだろう。

 俺は、その意気込みで仁王立ちを決意表明をした。


「フハッ、フハハハハッ、面白い……実に面白い奴だ」

 

 ミノタウロスは立ち上がり膝の誇りを払う。

 表情を固めて俺を見上げた。


「行くぞ! 好敵手よ」

「来いッ!」


 ミノタウロスはヨロヨロと走り出した。

 もう奴も限界だ……。

 あのユニークスキルが発動する条件は、体力使い切り。

 つまり0から更に0以下まで落ちたという事。


 ミノタウロスは、何度もつまずきながら転ぶ。

 第1エリアのクワッドステップ。

 固唾を飲み、敵味方関係なく見守る。

 本来であれば余裕のステージ。

 しかし、今のミノタウロスの足で果たして超えられるのかも怪しい……。

 1つ目のステップ飛び、しがみつく。

 もはや軽快にリズム良く飛ぶ力はない。


「頑張れ──! ミノタウロス様──!」

「ミノス! 気張っていきなッ! 情け無い姿みせんじゃないよ!」

 ミノス軍団の大きな声援。


「頑張れアル、牛ダルマー!」

「頑張ってミノタウロスさん!」

「「「頑張って──!」」」

 シャルロット達も大きな声で応援する。


 危ない──ッ!


 心配してしまう程、危なっかしい足取りで超えていく。

 続くローリングヒル、ゆっくりだが最初に自分でえぐり登った足跡を頼りに這い上がる。

 何度も落ちそうになりながら懸命に進んでいく。


 あッ!

 はぁ──、良かった。


「頑張れ──! ミノタウロス!」

 俺も精一杯声援を送った。


 フィッシュボーン、ドラゴングラインダー、も時間をかけて、慎重に超えて行った。


 タックルだ!

 今のミノタウロスでとてもクリアができるとは思えない。


「うぅぉぉぉぉ──!」

 

 ミノタウロスは何度も崩れ落ちながら、必死に押し込む。

 俺の頬にツーと冷たい雫がつたう。

 俺は涙を流していた。

 俺だけではない。

 会場のみんなが……、大精霊のジンも、あの血も涙もないメイメイですら泣いていたのだ。


 そそり立つ巨人。


 あ──、危ないッ!

 

 巨人の胸元あたりから転げ落ちる。

 かろうじて膝もとで堪えた。


 はぁ──、安心のあまり深いため息を吐く。


 何度も転げ落ち、堪え、繰り返しズタボロになっていく。

 応援の言葉が出ないくらい涙が溢れ出す。


 グラビガゾーン。

 血みどろになりながらも這いつくばって歩む。


「つかまれッ!」

 俺はグラビガの壁から手を差し伸べた。

「はぁ──はぁ──」

 俺の差し伸べた手を握ったその手には、力がない。


 俺が絶対引き上げてやる。

 絶対に離さないぞ!


「うおぉぉぉ──」

 全身全霊の力を込め引き上げた。

「待っていた。さぁ最後のロープだ、登ろう……共に」

「はぁ──はぁ──」

 

 もはや返事をする力もないようだ。

 目は虚。

 フラフラしていて今にも倒れそうだ。


 俺が連れて行ってやる!


 俺はミノタウロスを背負った。

 長い時間、見守っていたから多少は力が戻っていた。


 よし、これならイケる。

 絶対にクリアしてみせる。


「絶対に離すなよ!」

 そう背負ったミノタウロスに言った。


 じわりじわりとゆっくりだが、そして確実にロープを登っていく。

 100メートル──、200メートル、300メートル。

 前腕筋が、パンパンになり痺れはじめる。

 潰れた豆から血が滴り、手が滑る。


「「「頑張れ──ッ!」」」

 みんなの声援を背中に浴びて登る。


 聞こえているかミノタウロス。

 みんなの声援が!

 ボソボソと言葉にならない声で何かをつぶやいた。

 意味はわからないけど、わかるぞ。

 そうか、そうかとお爺ちゃんをあやすように返事を返しながら登る。

 

 頂上が見えた!

 ロープの先端を超えて、岸に手を伸ばす。

 体を持ち上げ登り切った。


「さぁ──、一緒にあのゴールのボタンを押そう!」

 俺は左手でミノタウロスの手を掴み、右手を同時にボタンの上に乗せた。


「せーのッ!」


 ゴールの音が会場に響き渡った。

 全ての魔物が、人間が、精霊でさえも、膝から崩れ落ち、おんおん大泣きをした。


「よくやった……、よくやったよ2人とも!」

 サイモンが拍手をする。


 それに続き拍手喝采が波のように轟いた。


「凄かったわね」

 ゲイが涙を指で拭う。

「あぁ……、それでさ……」

 サイモンも涙を拭いながら言葉を続けた。


「俺たちは、何を見せられているんだ?」

「わからないわ……」

「そっか〜」

 サイモンは天を仰いだ。

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