第66話 不死鳥


 目指すは、第6エリア。

 再び、200メートルの長い廊下が広がる。

 こう何度もあらわれると、認識も変わる。

 これもまた、試練の1つなのだと……。

 

 ここまで、どれだけ走っただろうか?

 たった1キロにも満たないが、暑さ、死へのプレッシャー、度重なる地獄の試練、そして、先程のミノタウロスの妨害。

 

 疲労は言わずものが、ダメージも、精神力も、思考が働くなるレベルで、ピークに達している。

 なんとか、ミノタウロスとのバーの奪い合いには勝利した。

 しかし、この200メートルを全力のようで全力が、出し切れていないような、何とも言えない感覚に襲われている。

 どの競技にも圧倒的不利を及ぼすのが──

 スタミナ切れ……。


 50メートルを超えた辺りで、ミノタウロスの動向をチラリと目で探った。

 バーが戻って来たようで、助走をつけるためにその身を後退しているところだった。


 なんとか……、少しでも多くリードしないと……。


 焦り、疲労、過呼吸、パンパンに膨らんで力が、入らない全身。

 爪先までパンプアップ。

 どうしようない憤りが、頭の中で、叫び声を上げている。

 

 今、この前代未聞のゴールデンタイムになんの栄養補給も出来ない事が、悔やんでも、悔やみきれないのだ。

 俺は、涙を流しながら走った。

 おもちゃを買ってもらえなかった子供の様に……。


 100──、150──メートルを独走。

 眼前に次のエリアが見えてきた。

 魔物? 大きな岩の魔物が、座っている。

 否──、と、言うより手足をきっちり、畳んでいる。

 ただの四角い岩の様に、そこにじっと座り、縦一列に並ぶ。

 そのレーンが、右左2つに分かれている。


 岩石の巨兵

【0/0】

 立ち上がると、3メートル程の巨体。

 見た目は全身岩石の固まりで、そのフォルムは鎧の形をした魔物。

 オディナ大陸には存在しない。


 座っていると、ただのデカい岩だ。

 200メートルを走り切り、右側のレーンに付いた。数えると両側ともに10体。


 右も左もレーンによる差はないな……。

 選ぶ必要性も感じないので、直感で右側を選んだ。

 

 その巨体を良く見ると、胸元に100キロと書かれてある。

 10体で1000キロ……、これはもしかして──。

 SASUKEで言う〝タックル〟

  

 理解が、できた。

 あの〝岩石の巨兵〟をラグビーのタックルのようにして、奥の穴に10体押し込み、最後の巨兵を踏み台にし、壁を超えるのか。

 

 という事は、あの壁の向こうには〝あれ〟が待っているのか……、いや、それよりも今は、目の前に集中しよう。


「うおおおお──!」

 俺は、全力で岩石に突進した。

 1体、2体、3体と次々と押し付け、進む。


 しかし、形の悪い岩石の下部は、滑りが悪い。

 コツコツとした、少しのつまづきが、重さを増大させて行く。


 4体、5体、6体、徐々に前進する速度が落ちて行く。

 

 な、なんて重いんだぁぁぁ──!

 

 足がシンドイなんてもんじゃない。

 ここまでの疲労はもとより、更に、この重量を押し込むと言う、ありとあらゆる角度からの徹底的な脚へのイジメ。


 ふくらはぎも、太ももの筋肉も、今にも血管が、爆発しそうだ。

 岩石に顔を押し当て、全身で押し込んで行く。


 7体、8体、9体──。

 ここへ来て、重さが、単純な物量だけではない事に気付く。


 長く連なった岩石の、長蛇の列の〝質量〟これがまた重さの上に、負荷をかけている。


「あぁぁぁぁ──」

 あと1つ──、


 ここで休もうもんなら、もう2度と動かせないだろう。

 絶対に押し切らねば終わる。

 

「あああぁぁ──ッ!」

 奇声を上げながら、必死に足を動かす。

 何度もムーン・ウォークのようにその場から進まない歩幅を繰り返す。

 ドスンと音が、10体目の接触を告げる。

 

 進んでいるのか?

 動いていないのか?

 

 認識できないレベルでしか、前進ができない。

 力み過ぎて、頭の血管まで、はち切れそうだ。

 呻き、唸り、叫び、ひたすらタックルに奮闘する。


「ぐぁぁぁ──」

 と、言う俺の叫びと共にゴツンと音が鳴り、ゴールを知らせる。


 その場に座り込もうとしたが、ミノタウロスは、すぐ後ろまで来ていた。

 

 追いつかれる訳には、いかない──。

 

 フラフラしながら進む。

 岩石をよじ登り、壁を乗り越えた。

 しかし、その先に広がっていた光景は──


 思った通りだ。


 15メートル級のそそり立つゴーレム。

 走り抜いて、登るSASUKEの〝そそり立つ壁〟と違い、よじ登るってところは、唯一の救いだ。


 でけぇ──。


 俺は足元で見上げ、新ためて高さに絶句した。

 ビル5階建て相当のそそり立つ巨人──


 だが、問題ない。

 疲労は、あるものの俺にはこの──

〝立体筋肉装置ハムストリングス〟がある!


「うおおお──ッ!」ドスン! ドスン! ドスン!

 下から、ミノタウロスの叫びと岩石が、接触する音が聞こえる。

 すでに、すぐそこまで来ている。

 

 急がないと!


 俺は、すぐにそそり立つゴーレムをよじ登り始めた。

 窪みが至る所にあり、思っていたより登りやすかった。

 さっきの〝タックル〟で全身の疲労感は半端じゃないものの、これまでの中ではまだ楽の方かも知れない。

 そんな事を思った矢先──、ゴゴゴゴゴッと音がする。


 そんなわけないよな……、何がくるか?


 よじ登っている〝そそり立つゴーレム〟の足に違和感を感じる。

 ん? 傾いている?

 ──、いや。


「動くんかいッ!?」

 何を言っているかわからないと思うが、ゴーレムは、ゴーレムだったのだ!


 大きな手の形をしている岩の塊が、俺を払おうとする。

 

 か、かゆいのか!?

 

 すかさず、潰されないようにボルダリングの選手の如く、筋肉にモノをいわせて飛び這う。

 ゴーレムも痒みを感じる部分を引っ掻こうと必死に追いかけてくる。


 なんだ? キツイぞ……。

 おかしい、力は圧倒的にあるはずだ。

 今までの疲労で筋肉に力が入っていない?

 いや、違う……。

 これはなんだ?


 何を隠そう、このマッスル中村。

 ネットで調べれば、すぐに出てくる東大生だったという事実がある。

 一時とはいえ、東大医学部に在学していたIQをフルに活用する。

 タンパク質量、IQ、それぞれ53万(自称)をフル稼働させる。


 そして導き出し答えは──

 

 体がデカいとフリ。

 

 体重、体格のせいでムーブが、制限されている。

 ※ムーブとは、クライミング時の体の動かし方を言う。

 

 ここにきてはじめて筋肉が足枷になった。

 まずは、ホールドを横から引っ張るように掴む〝レイバック〟だが壁に体を寄せたいのに肩幅が、邪魔で壁から離れてしまう。


 そして腕をクロスしてホールドを取りに行く〝クロスムーブ〟胸筋が邪魔をしてクロスしても全然届かない。


 小さなホールドに〝トゥー〟(つま先)で立ちたいのに足の指が体重を支えきれない。


 計算した結果、ボルダリングという行為そのものが俺にはフリと言うネガティブな答えしか導かせなかった……。


 なら、諦めるか? 筋肉を責めるか?

 

 そんなわけねぇーだろ。

 沢山ある山場で、たった1度ふりになったくらいで、信じてきたものを疑うワケねぇーだろ。


 積み上げてきた物が、たった1度のネガティブで崩れ去る事なんていくらでもある。

 だが、そんなことは外側の話しでしかない。

 崩れているのは外側だけで、内側は自分が崩してるだけ……。


 人間なんて信じたいものしか信じられない。

 都合のいい時だけ、都合のいい事を信じる。


 それを繰り返して行くと、信じる事を信じられなくなる。

 

 どうせまたいつか無駄になる。

 どうせまたなくなっていく。

 どうせまた……。

 ほら、今、思っただろ?

 俺──。


 でも、本当は知ってんだろ?

 全てが無駄なんて本当は思ってない。

 

 崩れさったその瓦礫の残骸の中に、燃え尽きたその炭の中に、実態はなくなってしまっても、その心の中に。


 俺が、俺を信じてきた意味や勇気は、破壊されて何度も、その形を変えて不死鳥のように復活する。


 詭弁だ、俺は、私は裏切られた!

 そう思っている人はごまんといる。


 勘違いしちゃいけない。

 信じた物が、裏切ったんじゃねぇ──、諦めてきた俺が裏切っただけなんだぁぁぁぁ──!


 だから俺は、俺の信じたものを2度と裏切らないと決めた!


「うおおおおお──ッ!」

 筋肉が、フリなら俺が筋肉をカバーしてやる!

 気合いで! 精神で!

「気合いだぁぁぁ──!」

 心の中で闘志がみなぎってるのがわかる。

 あぁ、信じるって楽しい──。


 爪が、剥がれる。

 指先から血が出る。

 時には、握れなくなった握力。

 口で噛みつき、支え、無我夢中で這い上がった。


「しゃぁぁぁぁ──!」

 右手を高々と上げる!

 15メートルの向こう側。

 

 残りのエリア──、あと2つ!

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