第58話 ブラッド・レイン


 私達は誰よりも強いと思っていた。

 私達なら魔王討伐は成し遂げられると思っていた。

 そんな思い上がりも最愛の人の死によって思い知らされたのだ。

 自らの手で最愛の人間を殺める……。

 そんな地獄の様な戦慄で私達の旅は終わった。

 

 あれは、500年前。

 私は初代勇者レイシスと聖女マリアそして戦士ターレスと魔王討伐の旅出た。

 私達の旅は順調であった。


 当時の魔王四天王はラプラス、キュクロプス、サタナス、メドゥーサの4体であった。

 私達は2年の旅を経て、メドゥーサ、サタナス、キュクロプスをそれぞれ撃破し、最後の四天王ラプラスの討伐に向かっていた。

 ラプラスは強力な魔道士という噂があった。

 白い仮面を付けていてその素顔は美しいダークエルフという噂があった。

 倒しても100年後に生き返るユニークスキル【輪廻転生】を持つ。

 死んでも生まれ変わると言う厄介な性質を持っていた。

 何度も輪廻転生を繰り返す事により実力を身につけ四天王にまでの仕上がった魔族だった。

 私達は、準備を万端にしラプラスのいる城にまで赴いた。


「ラプラスッ!」

 レイシスが魔剣ネクロムを抜く。

「アハッ! 来たわね勇者一行」

 ラプラスが待ち構えていた。

 噂通り白い仮面で素顔を隠し、全身を煌びやかな宝石で固めていた。

「お前をこの場で葬る」

「いやん、もう〜怖い顔を・し・な・い・の!」

「その余裕もどこまで続くかな?」

 私はレイシスの横に立ち剣を構えた。

「あら? 剣王のエルフちゃんもまだ健在?」

「当たり前だろ」

「もう〜、困っちゃうわね。ターレス話が違うわよ?」

 ターレスだと?

「キャァァァ──ッ!」

 マリアの悲鳴!?

「マリアッ!」

 振り向くと戦士ターレスが聖女マリアを刺し殺していた。

「な、何をしたターレスッ!」

「はぁ? 見りゃわかんだろ?」

 意味がわからない……、何故お前が?

「ターレスッ! き、き、きさまぁぁぁぁッ!」

 レイシスが怒りを露わにする。

 ネクロムの浸食が早まる。

「いかんッレイシス、飲みこまれぞ! 冷静になれッ!」

 怒りで我を忘れている。

 このままでは飲みこまれる。

「ターレス、貴様どう言う事だ!」

「俺は、ハナからラプラス様の配下だったんだよ」

「なんだとッ」

「アハ、アハッ、アハハハハッ、そう言う事なのよん」

「貴様らぁぁぁぁぁぁッ!」

 レイシスが蝕まれていく。

「レイシス落ち着けッ! 飲まれるぞ!」

 レイシスには荷が重い。

 ここは私がターレスを始末しよう。

「こいよ、レイチェル。お前と俺どちらが上か白黒付けてやる」

「戯言を……」

 私とターレスは激しく斬り合う。

「ターレスは任せろ。お前はラプラスを!」

 決め手が見つからずか……。

 奴は腐っていても選ばれ者の1人。

 

 ラプラスを相手取るレイシスが狂人のような声をあげる。

 暴走ッ!?

「ぐぎぐぎぎぃぃらぶらぁずぅぅ」

 怒りで我を忘れている!?

「レイシス! しっかりしろ!」

「隙あり!」

 私は一瞬の動揺を突かれた。

「ぐはッ……」

 視線を痛みの矛先へ移す。

 私の腹にはターレスの剣が突き刺ささっていた。

 

 私とした事が……。

「あ……ッ、あ……、うぐッ」

 立つ事がままらず、そのまま倒れ込む。

「はぁ──はぁ──」

 呼吸が……苦しい。

「ハハハッ無様だなぁー剣王ッ!」

 ターレスは下ズリをして私を見下した。

 私の顔を踏みつけた。

「レイシスを始末したら、てめぇを犯してやる。たっぷりとな……、可愛がってやるよ」

「げ、外道め……」

 その光景を見たレイシスは更に我を忘れて発狂する。

 すでに魔剣ネクロムに身体の首から下を浸食され、全身が真っ黒に覆われ、目玉だらけの醜い姿に変わっていた。

『グギヤァァァァァァァ──ダダダダッーレズゥゥゥ』

「が……だ、ダメだ、レイシス……」

 あぁ──レイシス、ダメだ……そんな……。

 それ以上蝕まれたらお前はネクロムそのモノになってしまう。

 もう声も出ない……。

 手先が冷たくなってきた。

 私は死ぬのだろうか?

 

「アハッアハッアハハハハハッ!」

 ラプラスの笑い声が轟く。

「ほらほらん、勇者ちゃんの相手はあたしじゃなくてあっちよん」

 とことんゲスめ……。

「ダダダダッーレズゥ」

 レイシスがターレスに斬りかかる。

「チッ、完全に我をなくしてやがる」

『ウダダダダダダダ──』

 あぁ、レイシス……そんな姿になってしまって……。

「うぁぁぁぁぁぁ──」

 ターレスの悲鳴が響き渡った。

「いてぇ──いてぇーよぉぉ」

 右腕がレイシスに押し潰された。

「ぐぁぁぁぁぁ──」

 悲鳴がこだまする。

「くそぉぉー、ラプラスさま!」

 ターレスがラプラスに救い求める。

「なぁにぃ?」

「た、助けて下さい。俺にはレイシスは荷が重い」

「やぁだよん。ね? 今、逃げないとホラ、私大変じゃない?」

「ら、ラプラス様ッ!?」

「ねぇ? だから、仲良く殺しあってちょーだい」

「ラプラスてめぇ──ッ!」

 ターレスの怒りの叫びが響く。

「アハッアハハハハハッアハハハハハ!」

 

「た、助けてくれ。れ、レイシス。お、俺が悪かった……く、くるなッ!」

 ターレスはレイシスだったモノに命乞いを始めた。

「ダダダダッギョォォ」

 もはや自我がない。

「うわぁぁぁぁぁぁ──来るなぁ──ぐぼっ」

 見るも無惨に肉塊と成り果てた。

「アハハハハハー、あーオモロ。じゃねん」

 ラプラスは消えた。

 もう意識が──。

 これまでか……。

 私の意識が遠のいて行く。

 

 レイシスだった者が私に近づいてくる。

 お前に殺されるのなら、それもよかろう。

 せめて愛したモノの手によって葬られるならそれも1つの幸せだ。

 

「ビィビィ……ヒールゥ」

 

 レイシスだったモノが私に回復魔法をかけた。

「レイシス!? お前まだ意識が!」

「お、お、お、……れを、ごろじでぐれ」

 どこに視点があっているかもわからない程、人とは言えない姿になっていた。

「だだだだのむ」

 無理だ……。

 私にお前は殺せない……。

 涙が溢れ出す。

「私がお前を殺せるわけがないだろッ!」

「びゃびゃぁく」

「無理だ! 私には無理なんだ──」

「だ……む……」

「あぁ──嫌だ……、嫌だ──」

 

 助けてくれ。誰かレイシスを助けて──。

 お願いだ──、誰でもいいから──。

 涙が止まらない。

 これが私達の旅の果てなのか?

 こんな地獄が私達の旅の果てだったのか?

 

「ぎぁぁああ──ダダダダッ」

 再び自我を無くして発狂する。

 

 やめてくれ、そんな声を出さないでくれ。

 そんな悲痛な声をあげないで!

 お願い、お願いだから……。

 あぁ──、そんな苦しそうな顔をしないで……。

 

 レイシスが私に斬りかかる。

「どうして……、なんで……、こんな……」

 こんな残酷な事があろうか?

 嫌だ、助けて、レイシスを助けてッ!

 

 今のレイシスの剣など私にとってどうともなる。

 しかし……、心が……心が痛いのだ。

 お前の剣を受ければ受ける程。

 お前の顔を見れば見る程。

 お前の声を聞けば聞く程に。

 心が引き裂かれる──痛い、辛い、苦しいよ。

「やめてぇぇ──レイッ! やめてぇぇ──」

 あぁ──、ここは地獄か?

「嫌だぁ……あぁ……」

 涙が溢れ、手が震える。

「嫌だァァァ──誰かッ──! 助けてぇぇぇ」

 私は柄にもなく泣き叫び助けを求めた。

 でも、誰も来ない。

 そんな事は知っている。

 あぁ──神様……お願いですから……お願いですから……。

「グギアギァァァ」

「嫌だぁ……やめて──やめてくれ……レイシス」

 私にお前を殺す事なんてできない。

「うぅあああああ──、お願い、助けてぇぇぇ」

 ただただレイシスの剣を受けながら泣きじゃくる。

 レイシスは自らの方足を切り落とした。

「レ、レイチェル、はぁ、ぐぅ」

「レイシス! お前、自我が!」

「もう……俺はダメだ、た、頼む、せめてお前の手で」

 レイシスの目から涙が溢れる。

「嫌だぁ……。嫌じゃぁ──私にお前を殺せない」

「もう俺はダメなんだ……」

 そんな事を言うな。

「嫌だぁ──嫌じゃァァァ──ァァァ聞きとうない! 聞きとうない! あぁ……あぁ……」

 

 泣きじゃくる私の頬をレイシスは、優しく触る。

 額と額を合わせる。

 私は目を閉じた。

 この瞬間、終わりを悟った。

 私の愛した男の未来はもうないと……。


 あぁ……、愛しき人よ。

 願わくばお前の側で添い遂げたかった。

 私の全てをかけてでもお前を守りたかった。

 

 目を開き、レイシスを見る。

 涙で視界がボヤける。

「俺は立派な勇者になれなかった……」

 お前は立派な勇者であった。

「最後にお前にわがままを言ってしまう」

 誰よりも自己犠牲に生きた男だった。

「悲しませてばかりだった……」

 誰よりも私に愛を教えてくれた。

「もう時間がない──今までありがとう」

 こちらのセリフだ。

 あぁ──、言い返してやりたいのに言葉を出せない。

『うあぁぁぁぁぁぁ──ッ!』

 私はそうして〝初代勇者殺し〟となった。

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