第50話 形よりも大切なもの



「危ないシャルロット ──!!」

 

「キャ────!!」


 私は、飛んできた残骸からワンちゃんを守るために抱きしめながら目を伏せました。そのままドンッ! と強い衝撃に体が衝突するか思っていました。しかし、あれ? 衝撃はありません。恐る恐る片目をゆっくりと空けると……。


「──!?」

 

「ふーんッ!! 大丈夫かい? シャルロットくんッ」と踏ん張っているジンちゃんの姿が目の前にありました。


「ジンちゃん!!」


「マナを振り絞って衝撃を抑えてるのが……く……やっとだ……」振り絞った魔力の残りで辛うじて飛んできた残骸を受け止め私を守ってくれていました。精霊さんには光合成が必要な様でもう5日も日差しを浴びていません。魔量はきっと枯渇しているのでしょう。


「あ〜ん、もうダメぇ〜」


 次の瞬間ジンちゃんはヘナ〜ってなってしまい私にそのままジンちゃん諸共、残骸がのしかかってきました。私はすかさずワンちゃんを膝下に置き両手で残骸に潰されないように堪えました。


「はぅッ──お、重いぃッ」

 

「ご、ごめんよシャルロットくん、僕も微力ながら支援するよ…………あぁ、僕も筋トレすべきだったかな……なんて」


 足元には弱り切り怯えてしまったワンちゃん。私とジンちゃんの2人でなんとか残骸を支えています。私だって筋トレしてきたのですから、これくらいッへっちゃらですッ!──────ですッ! ご、ごめんなさい、う〜すごく重いです。もうダメかも──。


「頑張ってシャルロットくん! きっとすぐにエレインくんが来てくれる!」

  

「う、うん!」


 強がっては見たものの本当は今にも押し潰れそうです。ジンちゃんは精霊さんなので大丈夫でしょうが、せめてこのワンちゃんだけでも助けてあげないと…………、サンドストームの強風で呼吸も苦しいです。あぁ、本当にもうダメかも…………エレイン…………。う、もう腕も肩も背中もパンパンです、限界です。


「良かった! 間に合った!」


 声が聞こえます。助けに駆けつけてくれたようです。きっとエレインでしょうか? 良かった。安心です。


「今、助けますからね! ふん!」

 

 もうダメかもと思いました。手が見えます。あれ? 足も手も少し小さい気がします。残骸を持ち上げてくれるているようです。少し残骸が軽くなりました。


「ふーん!! はぁはぁはぁ……」


 エレインならこれくらいすぐなハズなんですが、どうやら駆けつけてくれた方はエレインではないようです。


「よいっしょっと! うぁぁぁぁ──!」掛け声と共に私も全力で持ち上げました。残骸が持ち上がり私の体から離れました。「はぁ〜、ありがとう」と言って顔を見るとそこにいたのは、エレインではなく──。


「ユージンさん!?」助けてくれたのは、ユージンさんでした!


「はぁはぁはぁ……よかった。シャルロットさん、間に合って──ゴホゴホッ!」


 宿屋の方を見るとエレインもメイちゃんも必死に宿屋が飛ばされないように押しとどめていました。そして私はエレインに視線を送るとこっちを向いて親指を立てグーサインを出していました。




 ◇◇◇◇




「良かった。シャルロットは大丈夫なようだ。これでこっちに集中できるぞ」

 

 吹き荒ぶサンドストーム。険しい砂嵐。目に入ると痛い。呼吸も浅く、それでいて全力を出さなきゃいけない。全身の力を少しでも抜いたらこの宿屋は今にも木端微塵になりそうだ。メイメイも涼しい顔をしているけど、実際かなり辛いはずだ。メイメイのタンパク質50万越えの力でなければとっくに終わっている…………。


 しかし、この俺の二等筋、三等筋、大腿四頭筋、大胸筋、広背筋、ヒラメ筋、つま先に至る隅々まで乳酸がパンパンに溜まっている。腕も足も踏ん張りが効かない…………例えるなら、最大重量を上げ切った最後の補助付きのラスト1回をやった後のもう1回! ────この体の筋肉が限界を警報をガンガンに鳴らして生命の危機を知らせるかのような呼応、そして緊張感と全身の疲労から噴き出てくる汗。いつ潰れてもおかしくない程の超高負荷…………。


「あぁ…………いい! すごくいい!! キイテルキイテルよぉぉぉ!」


「うっさいアル! 何がいいアルカ! エレちゃん集中しろアル!」


 俺の心からの喜びによる叫びに対してマジでブチ切れているメイメイ。彼女の余裕のなさが伝わる。 しかしそんな事より俺は、ユージンくんに酷く感激をしている。忘れていた筋トレをする事によって培われる大切さに気付かされた。


 そう──、それは、転生前の世界から当たり前であった数字。人は、社会は、お金、利益、資質、記録、指標、時間、評価、点数、スピード、目標、高度経済社会ではこんな風にありとあらゆる生活環境下で誰もが数字を意識して生きてきた。それはアスリートも然り、数字が結果であり数字王様だ。

 

 競技のタイムや点数や得点、人は何回上げたとか何キロ上げたとかそんな数字にばかり目がいってしまう。確かに数字も大切だ。だが、しかし、どうして数字が大切なのだろうか? それは……数字という物が明確でわかりやすく答えとするには物凄く安易な指標だからだ。

 

 それはとてもわかりやすく目標やプランとしてはもっとも効率的である。100キロ上げたから次は110キロ、10回できたから次は11回。陸上選出が11秒だったのなら次は10秒台を目指し、会社の利益が10パーセント向上したのなら15パーセントを目指す。20個売れたなら明日は25個売る。人を成長させる目標、プランにするには考える必要もなく、より明確でより効率的な指標となり勝手に階段を作成し、目標値まで道が明確に鮮明に見える。まるで数字だけが大切かのように……。

 

 しかし──、見えるだけなのだ。100キロが110キロになる事は確か凄い事だし、間違いなく成長をしている。でも、それだけじゃなかった…………。


 110キロを上げた事だけでなく、むしろ、110キロに挑戦した事にフォーカスするべきなんだ!

 できなかった事を出来るようにする事はもちろん素晴らしい。しかし、できない事にポジティブに挑戦した事はもっと素晴らしい事だった!

 ユージンくん、俺は改めて君のその姿勢に気付かされたよ。それを伝える筋トレ伝導者になる……。


「ありがとう、ユージンくん。何かまた1つ僕は得た気がするよ」


「ああぁぁぁぁ──!! 俺の店がぁぁぁ──!」


「やっと、ポンコツ2人が目を覚ましたアル」


「うぉッ、ゴホゴホッ! うぉッ目が、痛ッ、待たせてわるかった兄弟、そしてメイメイちゃん」


「無理もないですよ、2人とも不眠不休で補修に明け暮れていたのですから」


 サイモン将軍とダッチさんが、目を覚まして一緒に宿屋を抑える。


「はッ! ユージンは!?」


「僕ならここにいるよ! 父ちゃん! 僕も手伝うよゴホゴホッ──」


「ゆ、ユージン!? お前!」


 ユージンくんとシャルロットもこちら側に来た。 ユージンくんのその目には今までの弱々しさがなく、人を救ったという成功体験を重ね自信がみなぎっていた。足元には先程2人が助けた子犬が「くぅ〜ん」とシャルロットに擦り寄る。


「さぁ、父さん、ゴホゴホッ、みんなで僕達の宿屋のピンチを切り抜けよう」


「お、お前……ぐすん……」ダッチさんが鼻水と涙を流している。


「少し寝てるうちにずいぶん逞しくなったようじゃないかユージン。ダッチ、お前さんの息子はもうか弱い坊やなんかじゃない」


「父さん、僕新しい夢ができたんだ!」


「夢?」


「僕は十字軍じゃなくて、エレインさんみたいになるよ。筋トレを極めてみたいんだ」


「はははッ、じゃあまずはみんなでここを切り抜けなくちゃね!」


「「「「おう!(うん!)」」」」




 ──そうしてサンドストームが夜が明けた。


「いやークタクタだぜぇー」ダッチが路面に座り込む。


「守り抜いたね」


「守ったって言えるのかな……これ……」ジンが首を傾げる。


 視界がようやく晴れて俺達が守り抜いた宿屋の屋根と抑えていた反対側の壁は跡形もなく吹き飛んでいた。外から丸見えの状態であった。中ではゲイ将軍が椅子に座り眠っていた。

 村の中は、辺り一面砂まみれで膝下ぐらいまで砂が積もっていて街というより砂漠の中に壊滅した古代都市のようになっていた。おそるべしサンドストーム。


「今回のサンドストームは、恐ろしい規模だったぜ。なぁ……その……ダッチ。あまり気を揉むなよ……」サイモン将軍が、慰めながらダッチの肩を優しく叩いた。


「口の中砂まみれアル、腹減ったアル……」


「よしよし、怖かったねー」シャルロットが、子犬を宥めている。


「シャルちゃん、それ焼いて食べていいか?」メイメイは、シャルロットが抱いている子犬を指差して言った。


「絶対メッ──!」


「あははは──ゴホゴホッ──、はぁーなんだかスッキリしたよ。父ちゃん、また1から頑張ろう。今度は僕も頑張るよ。ゴホゴホッ」


「ユージン……。そうだな。お頭!」


「ん?」


「オラァ店なくしたけど、もっと大切なモンを手に入れたみてぇだ。ユージンもなッ! ガハハハ」


「みたいだな」サイモンはニコッと爽やかな笑みを浮かべた。


「エレインさん!」


「なんだい?」ユージンが、俺の元に歩いてくる。


「僕、筋トレを続けていつかきっとエレインさんの様になります! 筋トレ王になります!」


 筋トレ王ときたか……。きっとシャン◯スもこんな気持ちだったのか……。そうかなら、俺も応えなければなるまい。


「うん、頑張ってね!」俺はそう言いながらシエーナからずっと持ち歩いている25キロのブロンズダンベルをユージンの前に置いた。


「これが、何か?」


「いずれ筋トレが大ブームになり、この世界は大筋トレ時代が来る。これをユージンくん、君に預ける。大切なダンベルだ。いつか立派なマッチョになって返しに来い」


「エ、エレインさん……ぐすん、ぐすん……や、約束じまず。いづが必ず立派な筋トレ王になって返しにいぎまづぅ」


「サンドストームも過ぎて晴れたわ。私達も行きましょう。時間が惜しいわ。世話になったわね」ゲイ将軍が起きた。


「はぁー、やっと太陽が出てきてマナが、みなぎって来たよー。これで僕もめっちゃ元気!」ジンが、くるくる回ってそう言った。


「さぁ、お逝き」シャルロットは、子犬を離した。子犬は御礼をするように一度振り返って走り去っていった。


「それじゃあ、僕達は行くよ! きっとまた!」


「ダッチ、達者でな!」


「お頭もなぁ!」


「エレインさん!ありがとうございました!」


「バイバーイ!」俺達は歩き出した。


「ウフフッ」シャルロットがなんか嬉しそうに笑った。


「どうしたの?」


「ううん、ユージンくん。なんかすっごく逞しくなったなーって!」


「そうだね! きっといいマッチョになるよ」


「腹減ったアル〜」


「はぁー眠い……」


 街を出るとサンドストームで消えてしまった俺達の馬車のトリタウロスが俺達を待っていた。


「あら、待っていたのね。いい子よ」ゲイ将軍がトリタウロスをぎゅっと抱いた。


「さぁ、行きますかい!」サイモン将軍がトリタウロスに跨った。


 一難去ってまた一難。俺達の旅に終わりなど見えない。こんな寄り道もまた一興。いい筋肉日和。次は、魔王軍四天王ミノタウロスが構える迷宮城か──。

 さぁ──どんな物語が待ってるかな。


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