第49話 いい体作りは、いい人生作り!





「体作りは、人生作り! いい肉体を持つと言う事はいい人生を歩む事だよ!」


「はい! ゴホゴホッ!」生き生きとユージンが腹筋をしている。

 

「まじ何言ってるアル……、ちょっと何言ってるかわからなかったアル」

 

 目を細めて軽蔑の目を俺に向けるメイメイ。

 そしてドカンっと強風により壁に穴が空いた。サンドストームが来たのである。外は何も見えない程の砂漠の砂が舞っていて呼吸すら困難だ。


「うおッ! ダッチ、今度はこっちの壁が壊れたぞ!」


「なぁにぃ〜!? クソォったれがぁッ!!」

 

 サイモンがねじり鉢巻を頭に巻いてダッチと共に壊れていく壁を次から次へ修理に追われている。


「……騒がしいわね」ゲイ将軍は方や筋トレ、方や宿屋の工事のど真ん中で悠然と貧乏宿屋のただのお湯を飲んでいる。

 

 ユージンが、熱を出したその晩にサンドストームは、襲来した。正直想像以上のハリケーンだ。これでは外になんか出る事は不可能だろう。しかしそれよりも次の朝、ユージンが筋トレに復帰した事には驚いた。今からこの宿屋を立つまで教えられる事はしっかり教えて行こうと思う。


「それにしても、ユージンくんがまたやる気になってくれて嬉しいよ。でも、どうしてまたやる気になったんだい?」


「えへへッ、あの後ずっと考えていたんです。そしてエレインさんが持ってきたダンベル? を眺めてていて──」


「ん? これかい?」俺はシエーナからずっと持ち歩いている25キロのブロンズダンベルをユージンの前に置いた。


「はい! 触ってもいいですか?」


「いいよ。重いから怪我しないようにね」


「ふん、んんん────ッ」床に置いたダンベルを必死に持ち上げようとユージンは両手で力一杯踏ん張っているがビクリともしない。かつてのシャルロットを思い出す。


「ハァハァ──ゴホゴホッゴホゴホッ、やっぱり無理ですね」


「今わ……ね。でも、いつか必ず持てる様になるよ」


「本当ですか? こんな僕でも?」

 

「もちろんさ。でも、いいかい? これだけは覚えておいて欲しい」


「なんでしょうか?」


「筋トレは君を間違いなく今より強くしてくれる。でも、それは筋トレが、してくれ訳じゃない。筋トレをするユージンくん……君自身が君を強くしてくれる──。自分の限界を絶対に認めない心こそが君の未来を作って行くんだ」


「僕の未来を……作る……」

 

「へぇー、エレインくん、いい事言うじゃないか」ジンが頷く。

 

「──響きました! ありがとうございます! 僕はあの後、ずっと考えていたんです。沢山言い訳を頭に並べて来ました。だけど──」


「?」


「どんなに言い訳を並べても、このダンベルは持ち上がる事はないし、十字軍になる事もないって気付いたんです」


「はは──その通りだ。さぁ、続きだ! サンドストームが止まない以上、ここは監獄なようなものさ!」


「さっきから蜂の巣のように穴だらけで隙間風だらけアルけどな」メイメイは空気を読まずにツッコむ。


「筋トレは無限大だ。プリズナートレーニングを実施する!」


「プリズナートレーニング?」


 ──プリズナー・トレーニング


 著者ポール・ウェイドによる監獄獄中トレーニング。囚人達が獄中で編み出した自重トレーニング方法が、記載された革新的なトレーニング本だ。


 ユージンは極端に筋力量が少ない。普通の腕立て伏せですら困難だ。もちろんダンベルトレーニングなんて無理だ。すなわち追い込めるメニューが少ない。そこで──


「ウォール・プッシュアップだ!」


「初めて聞くメニューだね」シャルロットが、興味深々に言った。


 ──ウォール・プッシュアップ


 プッシュアップは、本来床に手足をつけて体を持ち上げるトレーニングだが、このトレーニング方法は文字通り壁に手をつけて行う。

 やり方は、肩幅に両足、両手を開き壁に向かい腕を真っ直ぐに伸ばす。

 頭をやや前に傾けやや前回姿勢にする。(スタートポジション)

 腕をゆっくりと曲げていきおでこが壁に優しく触れるくらいで停止する(ボトムポジション)

スタートポジションに戻る。これを10回3セット繰り返す。


 こうしてサンドストーム2日目の夜を超えた。


 サンドストーム3日目。ユージンの腕は筋肉痛だ。なので背筋を鍛える事にした。淡々とユージンは背中のメニューをこなして行く。

 そんな俺たちを尻目に宿屋はどんどん破壊されていく。


「お、おい! ダッチ、こっちもだ!」


「おうよ!!」

  

 ユージンよりもサイモン将軍とダッチの方がげっそりして来ている……。


 サンドストーム4日目。ユージンは足を鍛えている。


「ハァハァ──」


「ん? ユージンくん、ちょっとごめんよ──」


 俺はユージンの額に手を当てた。やっぱりな……また熱を出したようだ。まだ体に負荷をかけるという事には慣れていないようだ。休ませないとな。


「熱がある。今日のトレーニングはお休みしよう」


「くッ、クソぉ、クソぉ!」ユージンは頭を床に何度もぶつけながら言った。


「やめるんだ!」


「悔しいです! せっかく頑張っているのに! どうしてすぐ体を壊すんだ! 僕ってやつが許せない!」


「ユージンくん……」俺は彼の肩に手を優しくかけて続けた。


「怒ってはダメだ。怒りというネガティブなエネルギーは筋トレには不用だ。怒りからは君の肉体にいい効果なんかない」


「──だって!」


「聞くんだ! これは命とりだユージンくん!」


「──でもッ!」


「怒る事により、コルチゾールが分泌されて筋肉が減ってしまう! トレイニーにとっては命取りで無意味な行為だ!」


「そ……そんな……」


「落ち着きなさい」


「はい……」


(((──だからエレインって今まで怒ったりしなかったんだ…………)))一同の心の声。


 ──コルチゾール


 コルチゾールホルモンは、血糖値をコントロールする働きがある。 このコルチゾールには、エネルギー源である糖を生み出すために、筋肉の分解を促進させてしまう作用がある。 筋肉の分解は筋肉量の低下に繋がり、カラダづくりにとって悪影響を及ぼすのである。


 サンドストーム5日。

「今日が山場ね。今日を無事に過ごせば無事に出立できるわ」


 ゲイが予想を口にする横でほぼ寝ずに修理に明け暮れたサイモン将軍とダッチが朽ち果てていた。

 今日はユージンの熱もまだ下がらずトレーニングはお休みだ。

 ヒューヒュー、ビュービューと鳴り止まぬ風の体当たりに宿屋の激しい軋みがガタガタと破滅のハーモニーを醸し出す。


「これ、本当に持つアルか? 今にも吹っ飛びそうアルヨ」


「勘弁してくれよ。僕もも5日も根源であるマナを補給していない。今何かあっても魔力は0さ」


「つかえねー精霊あるな」


「ズズズ──、まぁ後は祈るだけね」


 ゲイ将軍がお湯を飲んでいたその瞬間──、まるで何かが爆発したかのような破壊音が轟いた。


「な、なにかな!?」シャルロットが怯える。


 何かが、風にのって宿屋に衝突する音が聞こえるや否や壁に大きな風穴があく。激しい突風と砂が宿屋に流れ込み視界は愚か呼吸もろくにできなくなる。


「サイモンちゃん! ダッチ!」ゲイ将軍の呼びかけに反応せず2人は横たわっている。

  

「だめだ! 気絶している!」


「キャ────」


「ほいさ」風に飛ばされそうになったシャルロット をメイメイが捕まえた。


「地震?」


 最悪だ──。地震じゃない……、この振動は………。


「宿が傾いている!?」


「ヤバイアル!!」


「最悪ね。魔力を私が張りバラバラになるのを抑えるわ!」ゲイ将軍が魔力を込める。


「メイメイはシャルロットを頼む!」


 俺は宿屋を飛び出し宿が飛ばされないようにフルパワーで宿を押さえた。

 くっ──視界が──、目が痛い……ゴホッゴホゴホ、呼吸もやばい。フルパワーを出したくても息を思いっきり吸い込めばサンドストームが肺を埋め尽くす。有酸素運動は命取り…………。


「パワ──ヤァ──!!」


「これはまずいアルナ、だからメイメイはこんなボロ宿嫌だったアル…………」ゴーグルを付けたメイメイとシャルロットが助けにきた。3人で宿屋を抑え込む。


「魔力使えなくてごめん。せめて残りカスマナでゴーグルとマスクを生産した。少しはマシになるだろう」そう言ってジンは俺にマスクとゴーグルを付けた。


「ありがとう! だいぶ助かったよ!」


 これでフルパワーが、出せる。


「パワ────!! ヤァ────!!」


「あんなところにワンちゃんが!!」シャルロット の視線の先に建物の間で子犬が飛ばされうになっている。


「ほっておけない!」シャルロットが子犬を助けに走りだす。


「ダメだ! シャルロット! もどって!」引き止めるもシャルロットはそのまま助けてに駆け出す。


「メイメイが行くネ!」メイメイが、手を離すと俺1人では耐えられず建物がこちらに向かって倒れてくる。


「こっちも手が離せないアルナ!」再びメイメイは壁を押さえる。


「くっ──どうする──」


 スタミナもジリ貧だ。

 子犬を抱きしめたシャルロットの姿が見えた。なんとか子犬の元に辿り着けたようだ。とその瞬間──。


「危ないシャルロットッ──!!」


 シャルロットの元に重さ40キロはあるであろう建物の残骸が突風と共に襲い掛かった!!

 

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