第26話 カンフー少女


 デュラハンをディズルの森に置いて、俺達は港町リューゼンにたどり着いた。


「ねぇ、見てエレイン! 海だよぉー!」

 大海原を指差し、大はしゃぎのシャルロット。

「潮の香りがする、海だぁ──!」

 俺は両手いっぱい広げ潮の香り吸い込む。


 思えばこっちの世界に来てから海を見るの始めてだ。自慢の肉体を見せびらかす絶好の好機!


「な、何してるの?」

 引き攣った顔でシャルロットが俺を見る。

「いや、せっかく海なんだし……」

 とりあえず半裸になった。

 

 街全体に潮の香りが漂う。貿易の船員達が、忙しそうに動き回っている。

 

「「俺達〜海の男〜、海に生まれて酒に死ぬ〜」」

 

 船乗りや海賊達は、酒に酔っ払い大騒ぎ。大きな声で歌を歌ったり、そっちでは、殴り合いの喧嘩をしていたり、あっちでは、全裸で大騒ぎしている。

 

 あっちこっちで道端に落ちた魚が、ピチピチ飛んだり、跳ねたりしていて、その魚を素早く猫達が咥え去る。絵に描いたようなファンタジーな港。


「や、やだ……、あの人、下まで……」


 シャルロットは、全裸で騒いでる海賊達に気付いて目を伏せた。

 どこに行ってもどんちゃん騒ぎ、どいつもこいつも楽しそうな街だ。

 海と言えば魚だ……、魚と言ったら良質なタンパク質だ。

 ここでは、どんな料理が、食べられるのだろう?

 世界中のタンパク質料理を食べるのは、旅の醍醐味である。──楽しみだ!


「いらっしゃいー! 新鮮な海の幸だよー!」

「この刺身、うめぇ〜な! おやじ、これ1つくれ!」

「──おい! 酒は、まだかよッ!」

「バカやろ──ッ! 樽ごともってこいやぁ!」

「なんだぁ〜やんのかてめぇ〜!」

「おいッ! あっちで喧嘩だぞ!」

「やれ、やれぇ〜!」

「おっしゃー、俺あっちの海賊に賭けるぜ」

 道端にびっしりと並ぶ屋台では、船乗り達が酒に溺れている。


「おい、聞いたか? スパロウ海賊団がこの街にいるらしいぞ」

「まじかよ!?」

「あっ、てめぇ──、また盗もうとしやがったなぁ!!」

「やっべ、逃げろ──!!」

「うぉー、これ探してたんだよ! おばさんこれ1つ」


 うわー、凄い光景だ。酒、盗み、喧嘩、博打、なんでもありだ。とにかく街は、大賑わい。港の市場を歩くだけでも遊園地にいるみたいに楽しい。


「新鮮なライオン鮭は、いかがー?」

〝鮭〟と掲げた看板の店ある。

 ライオン鮭? 気になるな……

「シャルロット、ライオン鮭って知ってる?」

 俺はシャルロットに聞いてみた。

「うん、食べた事はないけど、獅子の顔して立髪のあるお魚だよ。ちょっと見た目は、怖い……」

「ふむ」

 ライオンに鮭……、タンパク質高そうだな。

「ちょっと、寄っていこうよ」

「──うん!」

 シャルロットの了承を得て、その店に腰を下ろした。


 ライオン鮭……、どれどれ?

 ぴちぴち跳ねている魚を覗き込む。

 

 あっ、本当にキモい……。

 マジで顔ライオンじゃん……。

 シーマンのが、まだマシなんじゃないの? どうなってんのこれ?


 名前の通り、身の毛もよだつ不気味な姿。

 ライオン鮭

【1,050/320】

 

 身が引き締まってそうだな。バランスの取れた栄養価だ。

 脂の乗った鮭は、ビタミンB群をすべて含むため、エネルギー産生栄養素を効率よく利用できる。

 筋トレ時に脂肪を抑えた高タンパク質メニューを摂り入れたい時には、ベストな食材だと言える。

 皮が苦手な人もいるけど、皮の下にコラーゲンを多く含むので、減量中にパサパサになったお肌にもいい。


「すいません。このライオン鮭料理を1つ」

 俺は屋台のおばちゃんに言った。

「ライオン鮭は鍋だけだよ。それでいいなら70ギルだ」

「シャルロット、食べない? 鍋だって」

「じゃあ、少し貰おうかな……」

「それじゃライオン鮭とホタテでお願いします」

「はいよ! 席に座って待ってな」

「はい」

 俺達は言われるがままに席に着いた。


 〝ホタテ〟は、あまり知られていないが美味しくて、低カロリー、低糖質、高タンパクの筋肉フード。ライオン鮭フューチャリングホタテで〝筋肉鍋のハーモニー〟うーん、たまらん。


「はい、お待ち」

 おばちゃんがグツグツ煮たった鍋をテーブルに置く。

「待ってました!」

「鍋70ギルとホタテで100ギルだよ」

「え、と100ギルと」

 俺はお金を支払った。

「毎度、後は適当にくつろいでって」

「はい!」

 おばちゃんは、カウンターに戻って行く。

「ふぁ〜うまそー!」

 ヨダレが口の中に溢れてくる。

「いい匂いだね〜」

 グツグツ躍る鍋の香りが鼻腔をくすぐる。

「いっただきま──」

 手を合わせて食べる挨拶をしようとしたその瞬間──。

「ぎぁぁぁ──」と言う悲鳴と共に、俺達のテーブルの前を人が飛んで行った。まるで流れ星のように、誰かにぶっ飛ばされたように……。

 

「こんのくそガキがぁぁぁ──!」

 どこからか怒鳴り声が聞こえる。


「ど、ど、ど、どうしたのかな!?」

 シャルロットが慌てふためく。

「はぁー」と俺は深いため息をつき、箸を置く。

 かんべんしてくれ……、揉め事か……。


「コラッ! 揉め事は他所でやっとくれ!」

 おばちゃんが、止めに入る。

 屋台のテーブルや椅子などがひっくり返されて、大混乱。


『こんのックソガキ──!! 食い逃げだ──!!』

『待てガキぃ──!』

『誰か!! そのガキ捕まえろ──!!』

 10人くらいの男達が、女の子を追いかけ回している。

 

 食い逃げ? 子供? 女の子!?


『うるさいネ! こんなゲロまずいもん食わせて食い逃げ言うアルか? ぶっ飛ばされないだけ、まだマシだと思うネ! 客をなんだと思ってるアル!』

 と、お団子頭の可愛らしい女の子が悪態をついている。手には、まずいと豪語する肉まんらしき物を2つ持っている。


『とっ捕まえろ──!!』

 男達が意気込む。

「お前らみたいな、悪徳料理人に捕まる私じゃないネ! なめんなカス!」走り回る少女。


 ずいぶん口悪いな……、そんな事を思いながら騒ぎを観察する。


「このクソが!」と罵声を浴びせながら男達が、女の子に次から次へと飛びかかる。

「ほいさ!」

 しかし、スルスルと男達の手を掻い潜り、なんなくかわし、網を投げられてもひらりと宙返りをして避ける。

 

 凄い身のこなしだ、と俺はつい見惚れしまった。

 

 男達は翻弄され、すっ転んでいたり、激突しあったり、手玉のようにクルクルと転がされる。失神している男もいる。


「あの女の子、まだ小さいよね? 凄い動きだよ!」

 シャルロットも驚きのあまり見惚れていた。

「10歳くらいかな? しかし食い逃げして、めちゃくちゃ口悪いね……ははは……」と俺は苦笑いをする。


『ヘナチョコゲロまず料理人、これに懲りたらもっと美味い肉まんを今すぐもってこいアル。そしたら許してやってもいいアル!』

 少女が、失神してる男の上に胡座をかいて座り、肉まんを貪りながらそう叫んだ。

 とても10歳くらいの少女とは、思えないくらい口も態度も悪いし、でかい……。


「こんの……、クソガキッ! 逃げ回った上にまだ食うつもりか!? 金払え──!!」

 男達は顔を真っ赤にして喚き散らす。

「ハデにやってんね〜、見ない子だね。あの身なりは、秦帝国の人間かね?」

 と、鮭屋のおばちゃん言った。

 

 秦帝国。3大王国の1つ。

 3大王国の内、1つは、このオディナ大陸に君臨する英雄アーサー王が、統治するワシのマークの〝ミッドガル王国〟。この大陸からは、剣聖や勇者達が産まれる事が多い言われる。

 

 2つ目は、これから俺たちが向かおうとしているアルスター大陸。その全体を統治している智慧の化身と呼ばれる謎多きソロモン王が治める〝アルスター王国〟

 この大陸では、賢者や聖女が、産まれ事が多いと言われる。


 そして──、3つ目は、ラージャ大陸を治める武闘派で知られる武の国〝秦帝国〟

 この国では、拳帝や武神、拳聖が産まれる。

 それぞれ名声、知恵、武力の象徴とされている3大王国。

 

 あのどことなく、クンフーを思わされる憲法着を見る限り、武の国から来た事を匂わせる。

 10歳くらいの少女が、たった1人で大陸を渡ってきたのか? どこかに保護者はいないのか?


「なんか、凄い事になってるよ……」

 シャルロットが心配そうに言った。

「大事になる前に、介入しようか」

 俺は席を立ち、騒ぎの方へ向かった。

「その子の代金は、僕が変わりに払いますよ」

 踏み台にされた男の1人にそう言った。

「あぁん? お前、このクソガキの保護者か?」

「いえ、違うんですけどお困りの様なので……」

 

「「「はぁ?」」」

 男達は怪訝そうな顔をする。


「まぁ、払ってくれんなら誰でもいいや。肉まん50個で500ギルだ。きっちり払ってくれよ」


 い、今なんて言ったッ!?


「ご……、50個!?」

「そうだよ、しっかり、きっちり頼むよ兄ちゃん」

 ややドスを効かした声でそう凄んだ。


 冗談だろ……、あの子、そんなに食ってマズいとか言ってんのかよ。

 500ギルか……でかいな……と俺は、少し後悔をしながら代金をきっちり払った。


「おい、嬢ちゃん! この兄ちゃんに感謝しろよな!」

「これに懲りたら、もっと美味い飯を作るアルネ! 客をなめんじゃね──!」

「なんだとー!」

「わ、わ、わ、わ」

 俺は慌てて少女の口を塞いだ。

「フガフガ……」

 口悪すぎる……、俺は深くため息をつく。

 舌打ちをして男達は、去っていた。

 

 気付いたら手元にいたはずのカンフー少女はいなくなっていた。

「あ、あれ!?」

 辺りをキョロキョロと探す。

「エレイン!」と声のする方を向くとシャルロットの隣に座っていた。

 堂々と俺達の筋肉鍋にがっついている。


 はやっ!

 そして可愛い顔に似合わず、めちゃくちゃ図々しい……、ここまであからさまだと逆に愉快だ、とそんな事を思いながら席に戻る。


「さっきは、どうもなー、エレちゃん! これ美味いネ」

 口いっぱいに頬張りながら少女は言った。


 エレちゃん? 早くもそう呼ぶか……。

「え? うん、それにしても君すごい身体能力だね」

「私はメイメイって言うネ。見ての通り10歳の美少女アル」

「メイちゃん1人で旅してるんですって!」

 とシャルロットが言う。

「1人で!? どうやって1人でこんな所まで──」


 ん? ──あれ……、よく見たらこの子の数値……、イチ、ジュウ…、ヒャク、セン……!?

 え!? ──ッ!?


 俺は何度も目を擦り、目をパチクリする。

 自分の目が、信じられない数字を映している。

 

 メイメイ

【2,300,000/640,000】


「なに人の事エロい目でジロジロ見てるアル、代金立て替えたくらいで抱けるとでも思ったアルか?」


 ──タンパク質量、64万!?

 嘘だろ!?

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