隣の席の高峯さんはどうやらちょくちょく異世界に行ってる
シラサキケージロウ
第1話 高峯さんとドラゴンボール
隣の席の高峯さんは、どうやらちょくちょく異世界に行ってる。
この前はなんかしらの激戦の後だったのか全身に包帯を巻いた満身創痍の状態で学校に来たし、さらにその前は制服に着替える時間がなかったのか薄手の鎧にローブを合わせた魔術師的格好で学校に来たし、さらにその前なんかは式典を途中で抜けてきたのか派手なドレスで学校へ来ていた。
驚くのが、僕以外のクラスメイト並びに教師がそんな高峯さんと何事もないように接することだ。彼女がどんな格好をしていても、彼女がどれだけ傷ついていても、彼女がフワフワした白い毛を持つ小さめの竜みたいな生き物(彼女は「ふーちゃん」と呼んでいた)と「蘇った魔王軍がまた侵攻をはじめた」といった深刻な会話をしていても、眉をひそめることすらしない。
僕が彼女の見た目や行動のおかしさについて熱心に話したところで、クラスメイトたちは「お前には高峯さんが何に見えてるんだよ」と鼻で笑うばかりである。
容姿端麗、成績抜群の彼女は、いつでもクラスの人気者。それ以上でもそれ以下でもない。
僕はこういった現象について、高峯さんが認識改変の魔術的な何かを使っている結果なのだろうと推測している。
それならそれでどうして僕だけがその術に掛かっていないのかという疑問が生まれるが、この点については無視せざるを得ない。体質的に掛かりにくいとかあるんだろう、よくわからないけど、きっと。
僕が高峯さんと席が隣になって二週間。今までずっと我慢していたが、もうそろそろ限界だ。直接本人に問いただそう。「高峯さんって、異世界とか行ってない?」、と。もしそれで僕の頭がおかしいんだと証明されても、それならそれで構わない。早退して病院へ直行する覚悟である。
7月も始まったばかりの暑いその日。時刻は朝の9時過ぎ。もうとっくに一時限目の授業が始まっているが、高峯さんはまだ来ていない。今日に限って遅刻だ。
早く来い、こっちはとっくに覚悟を決めてるんだ。などと思ったせいでついシャーペンを握る手に力が入り、芯がぽっきりと折れたその時、「遅れてすいませーん!」という明るい声と共に教室の扉が開かれた。
ようやく来たな、高峯さん。どうせまた異世界にでも行ってたんだろうーーと、彼女に視線を移した僕は唖然とした。
彼女の左腕が無くなっていたからだ。
「高峯、授業とっくに始まってんぞ」と数学教師の田嶋先生がため息をつく。「すいませーん、寝坊しちゃって」と照れたように笑った高峯さんは何事もないように自分の席に座り、「怒られちゃった」と僕に向かってウインクした。
やっぱりおかしいよ。何で左腕が無い人を総スルーしてるんだ。昨日まで五体満足だった人が急に孫悟飯(未来編)みたいになってるんだぞ。というか、何と戦ったら左腕が無くなるんだよ、高峯さん。もしかして人造人間的なアレとやりあった?
などと困惑する僕の横で、高峯さんは「ぅんっ」と少し官能的な声を上げたと思ったら、ちぎれた左腕を急速に再生させた。
孫悟飯(未来編)だと思ったらピッコロ大魔王だったんだね、高峯さん。というか、腕が生える光景ってリアルで見るとちょっとグロテスクだね。あと、再生した箇所ってなんかしらのズルズルした液体に覆われるんだね。初めて知ったよ、知りたくなかったけど。
「おーい、高峯。遅刻してきたのにズルズルの腕再生させんのやめろー」
ズルズルした腕が生えてきてるのは見えてるんですね、田嶋先生。だったら、腕が無くなっていたことに言及するべきだと思うんですが。
「す、すいませーん。わたし、左利きで」
「まったく……次は学校来るまでに生やしてこいよ」
そういう問題ではないのでは?
教え子の腕が取れてるんですよ?
僕の心の声は当然ながら届かない。先生は方程式を黒板に書き始めているし、クラスメイトはそれを熱心にノートへ写しているし、高峯(ピッコロ)さんはズルズルの左腕を学生鞄に突っ込んでノートと筆箱を机の上に出している。あの液体、乾くとパリパリしそうだな。
――と、高峯さんが「いっけない」と小声で言って自分の額をぺちんと叩いた。彼女にはわりとアメリカンなところがある。
隣席に座る者の義務として、僕は「どうしたの?」と彼女へ訊ねた。
「ちょっと数学の教科書と間違ってヘンなの持ってきちゃって。堀くん、よかったら見せてもらえない?」
存外、高峯さんにも人間らしいところはある。腕は生えるが。
僕は好奇心半分で、「なにと間違えたの?」と彼女へ訊ねた。
「ああ、たいしたものじゃないんだけどね。神霊術特化型魔導書(グリモワール)」
「神霊術特化型魔導書(グリモワール)?! そんな間違え方ある?!」
「し、仕方ないじゃない! 寝ぼけてたんだから!」
頬を赤らめた高峯さんは鞄から広辞苑くらいの厚さがある本を取り出し、恥ずかしそうに机に置いた。得体の知れない古代文字で埋められた表紙は禍々しい光に満ちている。見ているだけで呪われそうだ。
なんだこの人。というか、前々から思ってたけど色々と隠す気ないぞ。よっぽど自分の認識改変魔術的なアレに自信があるのか。その割には正気の人間が一人ここにいるけど。
こうなればもう思い切って聞いてしまおう。じゃなきゃ、こっちの精神がもたない。
高峯さんの机と僕の机をくっつけて、数学の教科書を彼女の方へ寄せながら、僕は「あのさ」と口を開いた。
「高峯さん、聞きたいことがあるんだけど」
「ん。なぁに、堀くん」
「あの……高峯さんってもしかして、なんか、大きな隠し事があったりしない?」
僕はチキンだ。曖昧な聞き方しか出来なかった。でも、仕方ないと思って欲しい。相手の正体が大魔王(仮)なんだから。
一瞬の沈黙。僕は首を飛ばされるのかなと本気で死の覚悟をしたが、存外そういうこともなく、高峯さんは観念したようにフッと息をついて笑った。
「……やっぱり、わかる人にはわかっちゃうんだね」
「まあ、見ればわかるというか、むしろわからない方がおかしいというか……」
「そうかな? なかなか目ざといと思うよ、堀くんは」
僕が目ざといんじゃなくて、みんなの目がクレーターみたいに節穴なだけだと思う。
それはさておきアッサリ認めたな。もしかしたら、高峯さんは自分が特別な人間であることを誰かに知って欲しかったのかもしれない。そして、自分と同じ力を持つ人と友達になりたかったのかもしれない。そうなると、僕も彼女と同じようになんかしら不思議な力を使えるのかもしれない。
などと希望的観測を重ねるうち、僕の耳にそっと唇を寄せた彼女は、「恥ずかしいから、みんなにはナイショだからね」などと囁いて、ワイシャツのボタンを上から外しーー。
「今日の体育プールだと思って、家から水着着てきちゃった。やっぱ、わかっちゃう?」
と、制服の下に学校指定水着を着ているところを僕に見せつけた。
僕はただ「やっぱりね」と呟いて、諦めの薄い笑みを浮かべた。
高峯さんの正体は、しばらくわかりそうにない。
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